表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭鏡伝  作者: あずさ
15話「神様のいうとおり?」
149/153

5封目 歌月渚

 二階に駆け上がった春樹とセーガを迎えたのは、一人の少年だった。

 あまり驚きはなかった。

 むしろどこかで納得する。

 だからぽつりと、春樹は彼の名を呼んだ。


「歌月くん……」


 呼ばれた少年、歌月渚は顔をしかめる。

 こんな場合だというのに春樹は少しばかり苦笑してしまった。

 自分はいつも、彼のふてくされたような表情しか見ていない気がする。


「歌月くん。どいてくれるかな」

「指図すんな」

「どいてください」

「お願いしろとも言ってねぇよ!」


 打てば響くようにキレられ、やはりそんな場合ではないと思うのだが感心してしまう。

 しかしその反応も彼の神経を逆撫でるだけのようだった。

 その証拠にイライラとした舌打ちをプレゼントされる。


「お前、本当に真面目そうなくせにふざけやがって……しかも何だ、どいてくださいって! プライドはないのか」

「ないよ」

「……なに?」

「歌月くん。僕はね、今、急いでるんだよ」


 淡々と答え、一歩前へ。

 こうしている間にも大樹に何が起きているのか分からない。一刻を争う。

 なりふり構っている余裕などありはしないのだ。

 だから。


「プライド? 大したものじゃないよ。今の僕には邪魔なだけ。――だからね歌月くん。『どいてくれるかな』」

「……誰がどくかよ!」

「……そう」


 交渉決裂。

 それがはっきりするやいなやセーガが勢いよく飛び出した。

 渚は一歩退き、力任せに笛を吹く。

 渚の背後から躍り出る渡威たち。


"……ご主人”

「わかってる」


 長引かせるつもりは――ない。


翡磅ひひょう!」


 春樹の声に呼応し、セーガの翼が翡翠色を帯び始める。

 それはみるみると硬化した。

 艶やかで艶やかな、見る者を魅了させる色。

 それらが一面に降り注ぐ!


「させるかよ!」


 鋭いソレを笛の音がかき消すかのようだった。

 一体の渡威が壁になり被害を抑える。

 それでも何体かの渡威は床に伏し、――しかしそれ以上の数が立ち上がる。


 渚が飛び出した。

 槍――封御ではないようだ――を春樹に向けて振り上げる。

 対し、春樹はとっさに封御で受け止める。

 響く鈍い音。

 押すが、それ以上の力で押し返される。


「……前にも言ったよね。こんなこと意味ないよ。僕も歌月くんも、争う理由なんてないよね?」

「うるせえ!」

「歌月くん……」

「理由なんて知るか! くそくらえだ!」

「理由も知らないで無駄に争うなんて虚しくないの?」

「黙れっ!」


 弾かれる。体勢を崩される。

 その流れに逆らわず身を退いた。

 向こうからの追撃。


「セーガ!」

"御意”


 セーガが割り込み、その体で渚ごと薙ぎ払う。


緋焔ひえん……わ!?」

"ご主人!”


 渡威が目の前に飛んできた。

 慌てて横へ飛び退く。

 それにしたって――キリがない!


 本気、なのだろう。

 ルナのときもすごい数の渡威がいた。

 そして今もこの数。

 今回、あちらは総勢力をぶつけてくるつもりなのだ。


「歌月くん! これから何が起こるかわかってるの!?」

「知るか!」

「だったら――」

「親父が話さないんだ! ……だからいいんだ、知る必要なんてないことなんだ!」

「そんなの……!」

「いや、違う……知るためにもお前らを排除する!」


 渚が笛を吹く。

 甲高いソレに興奮したように渡威が押し寄せた。


「だってそうだろ? 認めてもらえりゃいいんだ……そうするしか、ないだろ?」

「……」


 春樹は眉を寄せた。

 彼の考えは分からない。

 何が彼をここまで駆り立てるのか。


"……踏ん張れるか?”


 隣へ控えるセーガに、春樹は小さくうなずいてみせる。

 ――いずれにせよ、譲れないのはこちらも同じだ。

 封御を床に突き立て、向かってくる渡威を睨み据える。

 集中。

 神経をギリギリまで研ぎ澄まし――。


紫靄しあい


 短く凜とした呟きに、警戒した渚が笛を吹いた。

 渡威の動きがぴたりと止まる。

 しかしもう、こちらは止まらない。


 セーガの翼が高貴な紫へと変化する。

 その色に変化するなりソレは霧状となってその場を覆い始めた。

 みるみると、次々と一面を彼のフィールドへと変貌させていく。




「何だ……!?」


 初めて見る光景に渚は混乱した。

 紫の靄は急速に広がり続け、視界が奪われていく。

 春樹の姿はもちろん、近くにいた渡威の存在さえ感じることができない。


 しかし靄自体によって何かが起こる気配はなかった。

 毒ガスのようなものだったら冗談じゃないと肝を冷やしたが、よく考えてみれば春樹だってこの中にいるはずなのだ。

 彼自身にも危害が及ぶような真似をあの獣がするとは思えない。

 しかし、それなら何故。


(目くらまし……か……?)


 触れようとしてみても、靄は靄。

 つかみ所もなく、また、払いのけようにも効果はない。

 方向性もつかめず、感覚が麻痺してしまいそうな違和感だらけのフィールド。


(……ふん)


 胸くそ悪い。

 そう毒づきながら渚は目を閉じた。

 視界が駄目なら、他の器官に頼ればいい。

 渚の能力は猫に変身することであり、その影響だろうか――意識的に"力”を流し込めば、ある程度、ヒトより聴力が優れる。


 リン……


(!)


 気を抜けば聞き落としてしまいそうなほど、微弱な鈴の音。

 しかし、渚は知っている。気づいている。

 先ほどの戦闘中も、この鈴が鳴っていたことを!


 おそらく春樹がどこかに忍ばせていたのだろう。

 そのため彼が動くたびに微かな音を立てていたのだ。

 渚は振りかぶる。

 思い切り音のする方へ武器を振り下ろした。


「そこだっ!」


 当たったのだろうか、激しく鈴が震える音。

 しかし――手応えはそれだけだった。

 視界が、晴れる。


「鈴だけ……!?」


 真っ先に映ったのは、窓際に吊された鈴。

 吹いてくるすきま風で鈴が震える。

 先ほども耳にした、微弱な音。


「っ!?」


 わずかな痛みと共に笛が手から弾け飛んだ。

 否、弾き飛ばされた。

 振り向こうとした瞬間に顔面へ封御を突きつけられる。

 思わず身を引いて固まった。

 そろりと移した視線の先には、春樹の隣で油断なく構える獣の姿。


「……て、めぇ」

「一本あり、かな」

「俺は渡威じゃねぇぞ。封御を突きつけたくらいで……」

「助かったよ、歌月くんの耳が良くて」

「聞けよ! ていうかむかつく発言してんじゃねぇよ!」


 カッと頭に血がのぼる。

 そんな渚に困ったように小さな笑みを浮かべた春樹は、そっと封御を引いた。

 怪しんだ自分を、彼は真っ直ぐに見つめてくる。


「歌月くん。お母さんが戻ってきてるよ」

「……なに?」

「歌月くんのお母さん。汐帆さん、でしょ?」

「……」


 とっさに意味がわからず、渚は黙り込んだ。

 母が? 戻ってきている?


 理解すると同時に疲労が襲い、思わずその場に座り込む。もうヤケに近かった。


「お母さん、驚いてたよ。それに困ってる」

「うるせえよ」

「いい人そうだった」

「何も知らないくせに勝手なこと言うな!」


 叫ぶと、春樹が目を丸くした。

 憎たらしい。

 積もりに積もっていた苛立ちがせり上がってくる。


「そりゃあオフクロは自由気ままでよ、さばさばしてるし、周りから見りゃそうかもしれねぇよ。いいお母さんですね、面白いお母さんだね、って何度も言われたよ」

「歌月くん……?」

「自由すぎんだよ」


 吐き捨てる。

 こんなことを言う自分が、なぜだかとても――惨めに思えた。


「色んなとこ、ほっつき歩いて。何かありゃすぐ飛び出して、そんでこの前は……親父と大喧嘩して、どっか行っちまった。俺のことなんてお構いなしだ。あのくそばばあ、自分が世界の中心だと思ってやがる」




 春樹は黙って聞いていた。

 ぽつぽつと呟く渚は、小さな子供のように不安定に見えた。


「オフクロの中に俺なんて映ってやしないんだ」

「そんなこと……」

「それで親父にまで見捨てられたら、どうすりゃいい?」

「……」


 だから、なのかもしれなかった。

 もしかすると渚自身、分かっていなかったかもしれない。

 理由など意識していなかったかもしれない。

 それでも彼がここまで父親に執着していたのは、母親から感じる疎外感と、見放される恐怖が影響していたのかもしれなかった。


『春樹』

「……葉兄?」

『これ、そいつに渡せ』

「……わかった」


 ずっと黙っていながら実は聞いていたのかと驚いたが、葉の性格を考えれば不思議なことでもない。

 驚きもそこそこにして、春樹はイヤホンを取り外した。




「歌月くん、……これ」

「……何だよ」


 尋ねるが、春樹は答えない。

 敗者には拒否権もないのかと憎々しげに舌打ちし、渚は渋々受け取った。

 乱暴に耳に当てる。

 その乱暴さに反応するかのように荒々しいノイズ。

 そして。


『……渚』

「オフクロ……!?」


 聞き間違えるはずなどなかった。

 しばらく聞いていなかったが、嫌気が差すほど明瞭で芯のある声は、紛れもなく自分の母のものだった。

 戻ってきたと春樹に知らされていたとはいえ、いざこうして実感すると、やはり動揺して仕方ない。視線が情けなくうろたえる。

 そんな渚を知ってか知らずか。彼女はいつも通りの口調。


『私は細かいことを気にすんのは苦手だし、確かに好き勝手にやってたね。』

「オ、フクロ……」

『あんた、バカのくせに結構聞き分けは良かったしねえ。あの人はあの人で、そんな私によくもまあ愛想を尽かさないで……わたしゃそんなあんたたちに甘えてたのかもしれないよ』


 だけど、と彼女は続ける。

 朗らかに、にこやかに。

 顔なんて見えやしないのに、今にも脳裏に浮かびそうな調子で。


『あんたたちがどうでもいいとか、私の目に映ってないとか、全くバカだね。そう思わせた私が一番大馬鹿なんだろうけどさ。あんたらは立派な私の家族だよ? 大事じゃないなんてこと、あるもんかい』


 あんたたちは、私が安心して帰れる場所だよ。

 そう言う彼女に言葉が出ず、渚は口を開けては閉じてを繰り返した。

 まるで金魚だ。自分で自分が情けない。

 そしてようやく出てきた言葉は、ひどくひねくれていて。


「……あんたこそ、俺らの帰る場所になってくれよ。こっちばかり待ってるなんて不公平じゃねえか」


 機械の向こうから笑い声が聞こえた。

 言ってくれるじゃないかい、そんな母らしい声が聞こえてくる。


『……不安にさせて悪かったね、バカ息子』

「……うっせぇくそばばあ」

『そのくそばばあの股から生まれたバカはどいつだいくそ息子』

「……マジで最悪だ」


 げんなりと呟くが、なぜか、笑いが込み上げてくるのが止められなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ