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倭鏡伝  作者: あずさ
15話「神様のいうとおり?」
148/153

4封目 月の獣姫

 月姫ルナ

 それはかつて、倭鏡の狂人が生み出した「獣人」の子孫であった。

 獣であり人であり、「兵器」として恐れられたなれの果て。


「ルナさん……どうして」


 彼女は獣人としての業を断ち切るため、実験体として収容されていたはずだった。

 こんなところにいるはずが――。


「お久しぶりです」


 春樹の動揺を当たり前のものと受け取ったのだろう、ルナは小さく微笑んだ。

 痩せたな。とっさの印象でそう思う。

 前から小柄だった身が、一層か細くなっている。


「私も大樹の捜索、願い出たんです。じっとなんかしてられなくて……」

「……何で知ってるんですか……?」

「大樹、定期的に私のところに顔を出してくれてたんです。一応秘密で、って忍び込んできてたみたいですけど……本当はバレていて、黙認されていたみたいですね」


 どこか楽しげなルナの告白に春樹は黙り込む。

 あのバカ、と思わないでもないが、確かに大樹らしかった。


「だけどしばらく来なかったからどうしたのかと思って……そうしたら王が教えてくれました。大樹が行方不明だって。それで王に願い出たんです。私を使ってほしいと」


 春樹は葉の言葉を思い出す。


『近いところを捜していた奴が相当優秀な足でよ。ついでに鼻もいいときた』


 ――それは、そうだろう。

 何せ獣の脚力に嗅覚だ。ヒトのそれよりずっと優れているに違いない。


 春樹は小さくため息をつく。

 使えるものは使う、それは確かに葉らしい。

 とんでもない発想ではあるが上手く使えば効率的だ。

 しかしよく周りもそれを許したものだ。


 その顔色を読んだルナが苦笑した。

 ごつごつとした機械仕立ての首輪に触れる。


首輪コレ、監視になっていますし、万一理性が働かなくなったときの抑制力として働くんです。だから許しが出ました。やはり渋々許したヒトも多かったみたいですけど……」

「……すみません」

「春樹さんが謝ることじゃないですよ」


 緩やかに微笑んだルナが――ギラリと金色の瞳を険しくする。


「それより……急ぎましょう。大樹が心配です」

「……はい」


 気持ちを切り替え、力強く首肯する。

 そうだ。自分たちは、今、そのためにここにいる。


「ルナさん……ありがとうございます」


 それでも感謝の念だけは伝えたくて言葉にすると、ルナはクスリと笑みをこぼした。


「当然です」


 キラキラと、月のように美しい輝きで。


「大樹は、私の太陽ですから」



***



『ふん……まあまあだな』


 そう呟くなり、大樹――いや、大樹の姿をした者は軽く身じろいだ。

 身動きできないことに鬱陶しそうに眉を寄せ、次の瞬間には強風が巻き起こる。

 弾け飛ぶ縄。悲鳴を上げて吹き飛ばされる二対の人形。


 ――風が治まる頃には、彼は静かにその場に立っていた。


 もっちーは息を呑んだ。

 "コレ"を呼び出したのは自分だ。

 大樹に眠る"力"を無防備にさせ、そこに神を憑かせた。

 しかし――これが?

 こんなにも凶々しい空気を纏ったものが――。


「……あなたが神、ですか?」


 慎重に問えば、振り向いた彼はにたりと笑う。


『いかにも』

「では……」

『そう言うとでも思うたか?』

「!?」


 彼が勢いよく飛び込んでくる。

 身を引くが襟元を掴まれ、そのまま思い切り放り投げられた。

 とっさに受け身を取るが、そのまま床に叩きつけられる。

 衝撃。それは身体的なものからか、精神的なものからか。


「がっ……!?」

『確かに我を神と言う者もいるな』

「っ、それなら!」

『お主。神を何だと思うている』


 愉快そうに、くらりくらりと不思議な感覚で彼は目を細める。


『神とて、こうなれば所詮所有するのは一つの人格。お主らとそう変わるものでもあるまい。違いを述べるならば、認知できる者とできない者がいるということと――お主らよりも高次元な存在ゆえに、絶対的な力があるということか』


 もっちーは腕を伸ばした。そこから伸びる無数の枝。

 予定外だった。

 まさか、こんなものを呼び出してしまうだなんて。

 こちらに敵対的なのはまずい。

 ともかく動きだけでも止めて――。


『とはいえ、低次元ながらもこの身体も悪くはない。永らく感じていなかったものを得るにはなかなか勝手がいい』


 軽く上げられた彼の手を前にして、枝の動きが止まる。

 押し込もうとするがビクともしない。

 じわりと汗がにじんだ。


『呼び出してくれたお主には感謝しよう』

「……感謝ついでにこちらのお願いも聞いてはくれませんかねえ」

『ははっ』


 枝が弾け飛ぶように跳ね返る。

 もっちーは慌てて腕から枝を消失させた。

 自身で操っているはずの枝が勝手に動かされたことに言いようのない違和感を覚える。

 気持ち悪い感覚に顔が歪む。


『せっかくの感動に水を差すでない。しかし、まあ――そうだな。考えてやらぬこともない』


 クツクツと、彼は笑う。

 それは普段の大樹にはできないような笑い方で、今の彼は大樹ではないのだと知らしめているようであった。

 もっちーはそっと視線を配る。

 人形たちは起き上がらない。

 歌月は、いつの間にか部屋からいない。


(あんにゃろ……)


 らしくもない毒を胸中で呟き、もっちーは前を見据えた。


『我を楽しませてみよ』


 嫌な風と共に笑い声が響く。



***



「どうなってんだ……」


 空は呆然と鏡に見入るしかなかった。

 目の前で起きているのは、すぐには信じられない光景だ。

 あの大樹が、まるで別人のようだなんて。


「神懸かりじゃよ」


 特に動揺した様子もなく、東雲があごひげをしごく。

 空はちらりと彼を見やった。

 さすが日向家の親族というべきか。よく分からないがただ者ではないんだろうな、と感じさせられるものがある。


「じーちゃん、神懸かりって?」

「神託を聞くものじゃと言われている」

「神託?」

「要するに神様のありがたい言葉じゃて」


 飄々と答える彼の真意は見えない。

 分かりやすく首を捻っていると、やんわりと梢が補足してくれた。


「昔は政治なんかでもね、使われていたんだよ。重大な決断をしなければいけないとき、神様に命運をゆだねたんだ」

「はぁ……神様って、えーと、あれですよね。色んな奴。自然の象徴だったり、動物の象徴だったり」

「そうだね。そして一般的に、彼らは姿形を持たない」


 ぱちり、と空は瞬いた。

 しかしこちらが整理するより早く東雲が話を続けてくる。


「ター坊のあの"力"はあやつと一緒じゃ。ノリワラとの……」

「ちょ、さっきから何だよじーちゃん。ノリワラ? ノリワラくん? 誰それ有名人?」

「阿呆。ノリワラは名前じゃないわい」


 そう邪険に切り捨ててから、一呼吸。


「ノリワラ……乗童はその字のごとく、乗られる童じゃ」


 字のごとくと言われてもちっともピンと来ない。

 しかし、梢がわずかに表情に陰を落としたのだけはわかった。


「姿形を持たない神が、その拠り所として乗る子供……ですね。彼らはその子供の口を借り、様々なことを告げたと聞きます」

「そうじゃ」

「拠り所? ……あー、つまり、だから……あーと、今の大樹は神様に取り付かれてるって感じか?」

「そうなるの」


 壮大すぎてもはや感想も出てこなかった。

 空はもう一度鏡の中を見やる。

 そして一唸り。

 あれが大樹ではないと言われると、そのこと自体は納得せざるを得ない。

 その方が大樹がグレたと言われるよりもよほど信じられる。


「ただ……ありゃ、不完全じゃ。ター坊の奴、飲まれておる」


 不機嫌そうな東雲の声。

 空はちらりと視線をまた移動させる。

 東雲の手は何度もあごひげをさまよってる。


「そもそも儀式の仕方が間違っとる。まあ、あの状況じゃ仕方ないのかもしれんがのぅ」

「どういうのが正しいわけ?」

「多分……一人じゃ、ダメなんだ」


 答えたのは梢だった。


「神を喚ぶもの、そしてその神を見極める者が必要だと聞いています。違いますか? 東雲さん」

「ふん……お主も少しは勉強しとるようじゃな」


 偉そうに言う東雲に、梢は申し訳程度に頭を下げる。

 東雲は目元をきりりと引き締めた。呟く。


「ありゃ……神は神でも、邪神じゃ」



***



 春樹たちがいたのは一階の昇降口のようだった。

 大樹がどこにいるのかは分からない。

 パッと見た限りはどこかの教室に思えた。一つずつ教室を覗いていくしかない。

 ――が。


「一階ではないと思います」


 ルナがぽつりと答えた。

 表情からも神経を研ぎすませているのが分かる。


「ここはにおいがほとんどしません。物音も上から聞こえます」 

「わかりました。では上へ急ぎましょう」


 即座に返しながらも息をつく。

 ――全く、本当に役に立つ。味方でいる限り何と頼もしいのだろう。

 一方で思う。

 これがもし、敵であったら。

 自分の居場所もあっという間に知れてしまい、非常に脅威的だったに違いない。ヒトが恐れるはずである。


「! 止まってください」

「ルナさん?」

「……お出迎えです」


 ルナの声音に反応してか。

 ぞろりと、そこかしこの陰から渡威が出てきた。

 遅れてぼんやりと封御に光が灯る。封御の反応よりも早いとは恐れ入る。


 しかし感心している余裕もなかった。

 次から次へと集まってくる渡威に警戒心はいやがおうでも高まっていく。

 それに呼応したのか、緊張に腕がきしんだ。

 春樹は封御を強く握り直す。

 あまり時間があるとは思えない。

 ここで足止めを食らっている場合では――。


「春樹さん、行ってください」

「……え? ですが……」

「……ここは、私が引き受けます。春樹さんは早く大樹のところに。お願いします」

「……」


 春樹はしばし言葉に迷う。

 しかし――素直にありがたかった。

 だからたった一言。


「……ありがとうございます」


 それだけ端的に形にし、二階へ駆け上がった。



***



 ルナは春樹が行った階段の前に立ちふさがった。

 大きく腕を広げ前の渡威たちを睨み上げる。

 渡威は警戒しているのだろうか、すぐには近寄ってこない。

 緊張。均衡。

 しかしそれも長くは続かない。


 ルナはキャスケットを被り直した。

 腰にかけていた機械を取り出し、顔へ装着する。

 まるでサングラスのようなそれに触れると視界が赤く切り替わった。


 実験の結果というべきか、副作用的な効果というべきか。

 ヒトは獣人に対し一つのものを作り出した。

 理性を失わないギリギリの、血に近くて遠い、恐ろしく奇妙で不気味な、美しいアカ。


 身体が悲鳴を上げ始める。

 それはもしかしたら、歓喜の叫びなのかもしれない。

 身体が熱い。熱くあつくアツク――。


「……あはっ」


 無意識に笑っていた。

 首輪をそっと撫でる。

 ゴツゴツとした感触も、ヒヤリとした無機質な冷たさも、自分を見失わない道しるべだと思えば頼もしい。


 渡威がうなり声を上げた。一斉に飛びかかってくる。

 それらを冷静に分析しながら、ルナは獣としての血に身を委ねた。


 ああ――。


「すごいね、大樹。あんたはやっぱりすごいよ」


 まさか自分が、この血に感謝する日が来るなんて。


 この力が、とてつもなく大きいというのなら。

 向かってくるものを傷つけるだけでないと、大切な者を守れる糧になれると、いうのなら。

 ――喜んで、この命丸ごと全て、あなたを守る武器になろう。

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