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倭鏡伝  作者: あずさ
15話「神様のいうとおり?」
147/153

3封目 神懸かり

 倭鏡の、そして父のいる病院に向かうとすでに先約がいた。


「空兄? 東雲さんまで」


 迎え入れてくれた出雲空に目を丸くし、その奥にいた東雲に春樹は何度か瞬いてしまう。

 出雲空は葉の友人だ。

 葉が王になる前からの付き合いである彼は、春樹たちとも気さくに遊んでくれる。

 マイペースにニコニコと笑みを浮かべている印象が強く、実際、「いいお兄ちゃん」なのであった。


 「まあまあ」とやはりマイペースに笑った彼が春樹を中に招き入れる。

 用意された席に座らされ、春樹は改めて病室を見渡した。

 ベッドの上には父の梢が、その近くの席には春樹たちのひいひいじいさんに当たる東雲がそれぞれ存在感を放っていた。

 東雲に限ってはいかにも年寄りくさくアゴヒゲをなぞっている。

 その足元には仕込み杖。何かと油断ならない老人だ。


「春樹。汐帆さんがいたって?」


 梢に問われ、春樹は一拍遅れてうなずいた。

 恐らく葉、もしくは百合から連絡がいったのだろう。


「ああ……うん。ずっと日本にいたんだって」

「今はどうしてる?」

「離れの方に母さんたちといるよ」


 何も知らないであろうとはいえ、汐帆は歌月家のれっきとした一員である。

 ただ「はいそうですか」と帰すわけにもいかなかった。

 それで彼女まで行方が分からなくなっては困ってしまう。

 そのため一応のところ、「重要参考人」のような立ち位置で城の離れにいてもらうことになったのだ。

 見張りと、心配だからと付きそうことにした百合を連れて。


「そうか……」

「空兄たちは何でここに?」

「俺は葉に頼まれてねー。葉が今こっちに来るのは難しいじゃん? そんでまあ、俺が代理に」

「わしゃぁ、定期検診じゃー」

「……」


 定期検診。

 確かに東雲はかなりの高齢だ。

 春樹たちは厳密な年齢を知らされていないが、日本にいればあっさりと記録を塗り変えてしまいそうな年齢には達しているはずである。

 そのような彼が検診を受けるのは安心のためにもいいことだ。

 いいことだが、今、この瞬間に「定期検診」って。何となく気が抜ける。


「ちなみにお肌年齢は二十歳じゃったぞー」


 何だこの化け物。


「ハー坊、いちいち動揺しとったら身がもたんぞ?」

「……精進します」


 ため息と共に苦笑し、気持ちを改める。

 どこか釈然としないが、東雲の言うことももっともだった。


 と――。


「ん? 何だ?」


 ふいに空が振り返り、壁に備え付けられていた鏡を見やる。

 何てことのない、洗面等に使われている長方形の鏡。

 一体何が「何だ」なのかと春樹は怪訝に思い、


『…………一つに、なろうぞ……』


 鏡から声が聞こえ、画面がぼやけた瞬間、思わず立ち上がっていた。




***




 時は少しさかのぼる。


"しりこだま、なの"

"マザコン野郎、なのー"

「"う……う、うさぎ!"」

"ギロチンの刑、なの"

"石頭野郎、なのー"

「"また『う』!? ていうか野郎多すぎだろお前! う、うぅー……うぐいす!"」

"水素爆発、なの"

"ツンデレ野郎、なのー"

「"また『う』ぅー!?"」


 しかもさっきからえげつない。悪意に満ちすぎだろう。


「"う……う……あ! うどん!"」

"負けなの"

"弱いの"

"バカなの?"

「"う、うううう!?"」


 言い返すこともできずに唸りまくる。

 奇妙な人形にガンガンと話しかけられ、大樹は流されるままその会話に付き合っていた。

 正直なところ、なぜこんなことになったのか分からない。

 しかし無邪気に笑顔を向けられれば、単純な大樹としてはどうしても無碍にできないのだ。

 それにしたってしりとりって。


「"だぁ! もー、疲れた! しりとり終わり! 違うことしようぜ!"」


 言ってからハタと気づく。

 今の発言ではまるで遊ぶ気満々だ。

 そんなことをしている場合ではないというのに。


「"うぁ、ちがう、てゆーかもう何もしないっていうか!"」


 慌てて言い繕う。

 すると人形は真っ直ぐにこちらを見ていた。それはギクリとするほど無機質で。


"何もしない……? 嘘なの"

"してるの"

「"え?"」


""大樹たちは、封印してるの""


 大樹は瞬いた。

 人形たちが何を言っているのか、すぐには理解できなかった。

 それでも人形は続ける。


"ねえねえ、大樹? あのねなの"

「"お、おう……?"」

"聞きたいの"

"知りたいの"

「"何だよ?"」

"何でわたしたちを封印するの?"

「――え……」


 突きつけられた疑問に目を見開き――その刹那、激しい目眩に襲われた。呻く。


(や、ば)


 "力"の使いすぎだ。

 この人形たちにつられ、思いがけず長く話し続けてしまった。

 予想を遙かに上回る速さで"力"が消費されている。

 しかし人形は止まらない。無感情で無機質な瞳をこちらに向けてくる。


"ねえ、何でなの"

"どうしてなの"

「"なにがだよ……"」


 答えている間にも意識が遠のきそうになる。

 しかし人形の瞳はそれを許さない。


 次第に力が入らなくなり、思考がおぼつかなくなる。

 それでもここで意識を失うわけにはいかないと必死に抵抗していると、微かな物音が耳に届いた。

 コツコツと落ち着いた足音。

 それが目前で止まった気配がするが、顔を上げる気力はない。


「"やあ"」

(――!?)


 大樹は耳を疑った。

 ――何だ? 何だ今の違和感は?


「"日向大樹くん、だね"」

「……だれだ、おまえ」

「"一応は歌月と名乗っておこうか"」

「……かげつ……!」


 反射的に力を振り絞り顔を上げる。

 しかし目が合ったとたん、大樹の思考は止まった。止まってしまった。

 理不尽に突きつけられた状況と、"力"の消費、そして不可解な光景に何も考えられなかった。

 どれくらいそうして呆然としていたのか。


「何、だよそれ……? お前、え、だって」

「"待ちわびたよ"」

「聞けよ!」

「"本当に待ちわびた"」

「……!」


 大樹は無意識に口を開いていた。

 駄目だと分かっていても、どうしても、"力"を使わずにはいられなかった。


「"おまえ、もしかして……"」


 しかし、それはやはり無謀な行為で。

 全てを言い終える前に"力"を使い果たし、大樹はそのまま意識を閉ざした。

 何も分からなくなる、その刹那。


"我らと、一つになろうぞ……"


 そんな声が、聞こえた気がした。




***



「なに……これ……」


 春樹は呆然と鏡に見入った。

 そこに映し出される映像。聞こえてくる声。

 暗くて分かりにくいが、しかし確かに人が存在しているのが見える。


「おいおいおい、他の鏡もだ。どうなってんだ?」

「……渡威、ですかね。東雲さん」

「じゃろうな」


 動揺する二人に対し、難しい顔をした梢と東雲が答えてみせる。

 春樹と空は顔を見合わせ、改めて鏡を注視した。

 突拍子もないといえばまさに突拍子もない。テレビジャックならぬ鏡ジャックとは。

 しかし、一方で納得する。

 春樹が渚に捕まったときも似たようなことがあった。

 あのときは鏡に憑いた渡威が大樹らの映像を映し出していたが、その応用のようなものだろうか。


「んー……一人じゃ、ないな。何人かいる。顔まではよく見えないけど」

「ちょっと待って……もしかしてあれ、大樹じゃ……」


 鏡の中の影が揺らめく。

 春樹は息を飲んだ。

 鏡の中の映像はぼやけて見え、それはまるで電波が悪いかのような錯覚に陥ったが――違う。

 あれは、"力"だ。

 大樹の普段使っている"力"が底を尽き、奥に眠っていたはずの"白い力"が外に溢れ始めている!


 シャン シャン

 鏡の向こうで微かな鈴の音が空気を震わせる。


『これから始まるのは儀式です』


 淡々とした調子で呟いたのは、もっちーだった。


『神懸かりという言葉をご存じですか?』


 誰に語りかけているというのか。

 神懸かり。それは以前、東雲が語ったものだ。


『大樹サン。大樹サン』


 傍に屈み込んだもっちーが耳元で囁く。


 無理だと思った。

 大樹の"力"はほとんど尽きている。

 しばらく、もしかすると数日は起きることもままならないかもしれない。

 だと、いうのに。


『……何だ……?』


 低い、感情のこもらない声。

 それは紛れもなく大樹から飛び出したもので。


「まずい……」


 何がまずいのかは分からない。

 それでも肌で感じるものがあった。

 止めないと。助けに行かないと!


「セーガ!」


 鋭く声を上げると同時に現れる影。

 それは瞬く間に犬と酷似した形を纏い、春樹と静かに向き合った。

 瞳が語っている。彼もまた同じ気持ちだ。

 窓を開け、飛び出そうと――。


「ちょっと待て春樹!」

「空兄!?」


 思い切り腕を引き戻される。

 バランスを崩し、春樹は思わずたたらを踏んだ。

 もどかしい。こうしている時間も惜しいというのに。


「どこ行く気だ!?」

「大樹を探しに行く!」

「探しにって……むやみに飛び出してもどうしようもないだろ?」

「いくつか見当はついてる!」


 鋭く返すと、空が目を丸くした。

 春樹は少しだけ頭が冷える。彼に当たっても仕方ない。

 息を整え、視線を鏡へ。


「多分学校……こっちでの学び屋だよ。それも今は使われていない」

「学び屋?」

「奥に見えるのは黒板だよね。もっちーが腰掛けてるのは多分教壇。でも全体的に古そうだし……今も使われている学び屋なら誰か当番の人が中にいるだろうし、周辺に住んでいる人も多い」


 目に入った情報を整理する。

 どれも不確かで曖昧なものではあるけれど。


「使わずに放置された学び屋は周辺に人がいなくなったことが多くの原因だから、人目につかないことをするにはもってこいだよね。それに他の理由で使われなくなった学び屋は大抵他の施設なんかに再利用されているから、今も使われていないところはそう多くないはずだよ。だからそこを探して……」

「はー……なるほど」

「だからあとは虱潰しで」

「まあ待てってば」


 改めて飛び出そうとするが、やはり腕は離してくれない。

 焦りが苛立ちになって思わず空を睨む。

 急いでいるのだ。一刻も行きたいのだ。


 しかしそんな春樹に、空は余裕ありげにニヤリと笑うのだった。

 そして彼は耳に手を当てる。

 よく見ればその先にはコードが繋がっていた。

 そのコードは彼の上着のポケットの中へ。


「――ああ。聞いたか? うん……そうだな。わかった」

「空兄……?」

「ほれ、春樹にこれ貸すわ」

「これ……って、無線機?」

「みたいなもんだな」


 手渡され、怪訝に思いながら耳に当てる。

 しばしの雑音。そして。


『春樹か?』

「葉兄!?」

『あー、叫ぶな。うるせぇ』

「ご、ごめん。でも何やってるのさ」

『手っとり早く連絡取ろうと思ってな。まあ、そんなこたぁどうでもいい。それより朗報だ』


 ニヤリと、顔は見えないのに不敵に笑っていのが見えるようだった。

 春樹は耳に当てる手に力を込める。

 ――朗報?


『俺は手っとり早いってのが好きでな』

「……は?」

『チビ樹の居場所に行くのも手っとり早いのがいいと思わないか?』

「そりゃ……まあ」

『学び屋って言ったな』


 話の流れがよく分からず、春樹は言葉に窮した。

 しかしそれも読めているのだろう、葉は気にせず話を続ける。


『それはこっちでも早い内に気づいてよ。捜索させてたんだが、いよいよ見つけた』

「え……」


 息を飲む。

 いくら何でも早すぎだ。

 学び屋に焦点を絞れば効率は確かに上がるだろう。

 しかし、あの映像が始まってからそれほど時間も経っていない。


『運がかなり良かったとも言えるな。近いところを捜していた奴が相当優秀な足でよ。ついでに鼻もいいときた。不穏な空気をあっという間に捉えたってわけだ』

「……それで、どこ? 僕も行くよ。今から急げば間に合わない距離じゃないんでしょ?」

『まあ待て。言ったろ、俺は手っとり早いのが好きだって』


 その割には説明が回りくどい。

 とはいえ、そのまま文句を言ってさらに話が脇道に逸れるのもいただけない。

 そうして辛抱強く堪えていると、ふむ、と葉は低く呟いた。


『お前の犬より早くそこに行く方法があるといったら?』

「……え?」

『まあ、確実じゃねぇけど。試してみる価値はあるだろ』

「セーガより早く……?」


 春樹は訝しんだ。

 セーガは飛べる。それもかなりの速度で、だ。

 それを考慮してもなお、さらに速い手段があるというのだろうか。

 それは一体――。


『鏡を使う』

「……それって、倭鏡内で、ってこと?」

『さすが俺の弟、話が早い。好きだぜ? お前のそういうとこ』

「茶化さないでよ」


 自身に浮かぶのは仏頂面。しかしそれもすぐに消える。

 つまりは、こうだ。

 普段、鏡は倭鏡と日本を繋ぐ役割を果たしている。

 その応用というべきか、倭鏡の一部と別の倭鏡の一部を繋ぎ、移動するというのだ。


「……可能なの?」

『理屈としてはできないことはないだろうな。どうだ?』

「……わかった」


 確かにそれが可能なら移動はほぼ一瞬で済む。

 何よりも速い手段だ。


『いいか、光景は鏡に映ってるからしっかりと覚えてられるな』

「うん」

『相手も今、鏡の前に立っている。お前はチビ樹を取り戻すことに集中しろ。それがきっと、一番確実で手っとり早い"お前ら"の想いだ』

「あっちにいるのは、城の人?」

『似たようなもんだ』


 不敵な響きがあったが、春樹はそれ以上ツッコまなかった。

 一つ息をつく。

 後ろを見ると、黙って見守ってくれていた梢が小さく笑った。

 それから少し、困り顔へ。


「……私も行けたら、と思うよ」

「ダメだよ、父さんは無理しちゃ。大樹だって絶対そう言う」

「ああ……そうだな。けど春樹、気をつけなさい」

「うん、分かってる」

「ハー坊にはセイ坊がついとるから大丈夫じゃろ」


 ほっほ、と東雲がのん気に笑う。

 その言葉につられ、春樹はセーガを見た。

 セーガはじっとこちらを見上げる。

 揺るがない瞳。折れない忠誠の意志。

 その様子に自然と顔の筋肉が緩んだ。

 ――頼もしい限りだ。


「その機械はやるよ。あっちでも何か話す必要があるかもしれないもんな」

「ありがと、空兄。それじゃ――行ってきます」


 呟くように言葉を口にし、そっと手を伸ばした。

 そのまま鏡へ。

 ひやりとしたような、それでいてじんわりと熱が伝わるような、不思議な感触。

 浮かべる光景は、目の前のもの。

 想うことは、ただ、一つ。




***



 引き込まれるような感覚の後、すぐにひやりとした空気に触れた。

 そっと、慎重に瞼を上げる。

 電気もなく薄暗い部屋だ。

 そして。


「え……」


 目の前に立っているのは春樹を呼び寄せた人物なのだろう。

 すらりとしているが、春樹よりも低い身長。

 密やかに存在を主張する肩までの銀髪。

 首に巻き付く、小柄な身体には不似合いなほど厳つい首輪。

 そしてどこか見覚えのあるキャスケット。


 クスリと、目の前の人物は口元に笑みをこぼす。

 そこから鋭い牙が覗いたのを春樹は見逃さなかった。


 まさか。いや、でも。

 頭では混乱しつつ、しかし目の前の光景を不動たる事実として認識し、春樹は無意識に言葉を押し出していた。


「ルナ……さん?」

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