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倭鏡伝  作者: あずさ
15話「神様のいうとおり?」
144/153

プロローグ 歌月汐帆

 王の実弟の失踪。

 それが一部の者に伝わり、倭鏡の城内には密やかな緊張感が生まれていた。

 ある者は捜索に駆り出され、またある者は王を気遣い、またある者は「きっと大丈夫さ」と気丈に振る舞う。

 いなくなったことを知っているのは一握りの者といえど、生み出される空気は連鎖的に、そして瞬く間に広がっていったのだった。

 その空気が城内を満たしてから、三日。

 未だに緊張感が途絶える気配はない。


(三日経っても居所どころか一切の情報もなし、か)


 ぽつりと胸中で呟き、日向春樹はひっそりとため息をついた。

 いなくなったのは王の実弟であり――そして春樹の実弟でもある大樹だ。

 大樹は祭りのあった日、人を呼ぶために春樹から離れ、そして――そのまま消えた。

 いつも持ち歩いていた封御という武器を残して。


 なぜあのとき彼を一人にしてしまったのか。

 そんな後悔も浮かぶが、春樹はあえてそれを振り払った。

 考えても仕方ない。それよりも優先すべきは大樹の捜索だ。


「春樹」

「……あれ、葉兄」


 つらつらと思考を働かせていたところ、ふいに現王、日向葉に呼び止められ、春樹は思わず瞬いた。

 ここは確かに城内の廊下だが、こんなときに彼が出歩いていていいのだろうか。

 普段からサボり魔として有名な彼であるが、さすがに弟の一大事にまでサボってなんかいられないと思うのだが。

 そんな春樹の考えを知ってか知らずか。

 葉はガリガリと大儀そうに頭を掻いた。


「王命令。寝ろ」

「え」

「お前、あんま寝てないだろ」

「……そっくりそのまま返すよ?」


 あえて答えず、春樹は葉を窺うようにそっと見上げる。

 葉は王としての仕事もある。

 さらに大樹の捜索も加わり、今まで以上にハードなスケジュールで動いているはずだ。

 それに比べれば、一介の中学生である春樹がやることといえば宿題くらいのものである。

 食事などの家事だって、大樹がいないために必要最低限の分だけこなせばそれで済む。


 だが、その答えは葉の気に召さなかったらしい。

 彼はじろりと迫力のある眼差しを光らせ、それから思い切り頭を鷲づかみしてきた。


「ちょ、いたたたた!?」

「お兄様を誤魔化せると思っているとしたら大したもんだな、あぁ?」

「お兄様というよりチンピラに絡まれてる気分だよ!」

「いいから寝とけ。そっちに人手がないんだからお前が動かなきゃなんねーってのは分かるけどな、それでお前が倒れちゃいよいよ八方塞がりなんだぞ?」 


 そんな言葉に春樹は瞬き――


「……だから、そっくりそのまま返すってば」

「俺の代わりはいくらでもいるんだよ」


 飄々と返す彼に、苦笑する。

 ――城内の者を使い、葉は倭鏡内の捜索をさせている。

 しかしもし、渡威であるもっちーらが大樹をさらったのだとすれば、倭鏡ではなく日本にいる可能性もあるのだった。

 倭鏡の者の多くは日本に来ることができない。

 そのため日本で大樹を探すのなら、主に春樹が動かざるを得ないのだ。


「捜すのをやめろとは言わねぇよ。むしろ助かる。でもな、それでお前が倒れるっていうなら俺は無理矢理永眠させるのも厭わないぞ?」

「それ本末転倒だからね?」

「お兄様を愚考に走らせたくなかったら素直に言うこときくんだな」

「……善処させていただきます」


 兄の言い分はどこまでも無茶苦茶だ。

 しかしそれもこうして春樹たちを心配しているからこそなのだろう。

 ――多分。きっと。そう思いたい。


 とにもかくにも急き立てられ、春樹は曖昧に彼の言葉にうなずいた。

 葉と別れを告げ、用意された部屋――ではなく城外へ出る。

 すぐに眠れる気がしなかったのだ。

 それよりも少し日の光を浴びたい。今日は気温も穏やかで一段と秋の空気で満ちている。

 と。


「あっれー?」


 城の門を出たところでふいに声をかけられ、春樹はハタと足を止めた。

 声のする方を振り向けば、堀に沿ってこちらに歩いてくる女性の姿。

 一見すると男性と見間違いそうなほどのショート髪に、薄汚れた服装。

 腕の部分に関しては所々ほつれてさえいる。

 それでも表情から窺える気配は非常に明るいもので。


「ああ、やっぱり! 春樹くんじゃないか。大きくなったねえ」

「あの……?」


 親しげに声と笑顔を向けられるものの、春樹には覚えがない。

 困惑して彼女のニコニコとした顔を見上げるしかなかった。

 その視線の意味に気づいたらしい。

 彼女はふと笑顔を止め、大げさに顎に手を当てた。

 考える素振り。そして。


「ああ、そうか。わたしは写真で知ってたけど、そっちはちっちゃい頃にしか会ってないもんねえ。百合ちゃんたちと仲良くさせてもらってる歌月汐帆かげつしほだよ」

「か……げつ……?」


 しばらくの間、何を言われたのか分からなかった。

 歌月。

 それは日向家に宣戦布告をかまし、なおかつ、もしかすると大樹をさらったかもしれない、あの――。


「かげっ……え、あの、渚くんの……お母さん、ですか?」

「お、うちのバカ息子とは交流があったのかい。そうそう、そういうこと」


 ケラケラと気兼ねも遠慮もなく笑った彼女はわしわしと頭を撫でてくる。それはもう豪快に。


「うちのバカ息子と比べてずい分と立派そうに育っちゃってまあ! 百合ちゃんもだけど梢さんも素敵だものね。旦那と息子に爪の垢と言わず全身丸ごと飲ませてやりたいくらいだよ!」


 それは怖い。

 いや、そういう問題ではない。そうではなくて。

 春樹は混乱する頭を押さえつつ――相手からのガードの意味もある――改めて彼女を見やった。

 豪快でさっぱりした様子の彼女は相も変わらず笑顔を叩きつけてくる。

 秋の陽射しが霞んでしまいそうなほど。


「ところでうちのバカ旦那とバカ息子を知らないかい? 家に戻ってもいなくってさ」


 その言葉に、いよいよ春樹は顔を引き攣らせるしかなかった。


「え、ええ……と」


 かろうじて言葉にできたのは、思考が麻痺していたからこそかもしれない。

 それは我ながら、何だか情けなくて奇妙な回答だったのだけれど。


「偶然、ですね。僕らも探してるんです」

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