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倭鏡伝  作者: あずさ
14話「災厄は忘れた頃に」
142/153

7封目 行方不明

 とっさには分からなかった。

 影が舞い降りたのと視界が闇に包まれたのはほぼ同時。

 しかし視界が暗くなったのは単に防衛本能で目を閉じてしまったからで――。


 ――“御主人”

「セーガ……?」


 落ち着く声音に春樹はおそるおそる目を開ける。

 春樹の視界が最後に捉えたのは、幾多にも重なって降り注いでくる鉄筋。

 あんなものに押し潰されてはたまったものではない。


 しかし、現に今の春樹は特に痛みらしい痛みも感じず、また、動くことも可能だ。

 その事実を認識したことで、徐々に客観的な思考が戻ってくる。

 そろりと周りを見回すと、無残にも崩れてきた鉄筋は春樹の背後で積み重なっていた。

 直撃を免れたからこそ春樹はこうして無事だったというわけだ。

 しかし――なぜ?


「春兄ー!」


 呆然としていたのだろうか、一拍遅れて大樹が蹴つまづきそうな勢いで駆けてきた。

 そこで春樹は自分が座り込むような形になっていることに気づいた。そういえば目を閉じた瞬間に押されたような、気が、する。

 表に現れないだけで明らかに動揺していたのだろう。

 考えれば、いや考えなくても分かるようなことが今の春樹にはすぐに理解できない。


「春兄!」

「大樹……」

「春兄、あいつが! あの下に!」

「え?」


 大樹が指を差したのは、春樹の背後に積み重なるガレキの山。

 その瞬間、全てを把握した。


「そん、な」

「はるに……」

「大樹、戻って! 救急車!」


 春樹たちは今、連絡手段を持っていない。

 しかし祭りの方に行けば蛍や隼人がいる。確か二人は携帯電話を持っていたはずだ。

 もし二人が見つからなくても、あの賑わいなら誰かしらに頼んで救急車を呼んでもらえる。


「でも春兄は!」

「あんな大きさなら僕とセーガの方が何とかなる! だから大樹が呼んでくるんだ! 一刻を争う、早く!」

「でもっ」

「早く!」

「わ……分かった! すぐ戻ってくるからな!」


 まだ表情に心配の色は消えなかったものの、春樹の厳しい声に大樹は慌てて身を翻した。封御を握ったまま元来た道を素早く駆けていく。

 春樹たちではあの鉄筋らを動かすことなど到底できない。

 下敷きになっている彼を救うには、こうするしか方法が見つからなかった。


 クレーンの起動音は続いている。

 見れば無機質な動きでクレーンがいまだにゆらゆらと揺れていた。


 春樹は封御を支えに立ち上がる。

 しかしその封御を握る手が震えることを止められない。

 先ほどはとっさに強く声を出したけれど――動揺は、おさまらない。


(何で野田さんが……いやそれより……)


 なぜ仁が春樹を庇うような真似をしたのか。

 それもまた気にはなったが、問題はさらにその先だ。


 ――“……御主人”

「セーガ……僕、僕どうしよう……こんな……勘違い、してたのかもしれない……こんな風になるだなんて思ってなかっ……」


 心のどこかで、きっと油断していた。

 こんな――本当に命を奪われかねない事態に発展するとは、きっと考えていなかった。


「あっちの狙いは大樹で……もっちーがあっちにいるんだから、だからどこかで甘く考えてた……どうしよう、僕のせいだ。もっと強く追い出さなきゃいけなかった……巻き込んじゃダメだったんだ、なのに……」

 ――“御主人、落ち着け”

「でも、僕のせいで!」

 ――“御主人が頼んだのか?”


 鋭い声音。

 それはまるで、突き放すようで。


 ――“御主人が助けてくれと頼んだのか? 違うだろ、それはあの男が勝手にやったことだ”

「せー、が?」

 ――“それなのに御主人のせいで俺が死にそうだなどとふざけたことをぬかすなら、俺があの男を消してやる”

「……そういう問題じゃ」

 ――“それより。もうすぐ坊主が呼んだ助けが、来るんだろ”


 春樹は我に返る。


 ――そうだ。

 もうすぐ大樹が呼ぶであろう助けが来る。

 助けが来たときに今のようにクレーンが暴れていては、助けられるものも助けられない。

 むしろさらに被害を増やしてしまう。

 どうしてそんなことにも考えが及ばなかったのか。


 春樹は口を引き結び顔を上げた。

 やることは、やらなければいけないことは、もうはっきりしている。


「ごめん、セーガ。今はつまんないこと言ってる場合じゃなかったね」

 ――“……”

「力、貸してくれる?」

 ――“……お安い御用だ”


 言うなり低く構えたセーガに飛び乗り、宙を駆ける。

 冷静になれば見えてくるものはたくさんあった。

 冷たい空気を切りながらセーガは渡威へ向かっていく。

 それに気づいた渡威が大きくクレーンを振り回すが、その大きな動作を避けることなど、セーガにとっては造作もない。


 心配は尽きない。

 不安は消えない。


 それでも。


「今僕にできることは、お前を封印することだけだよ」


 隙間を縫うように飛んだセーガの上から、核に向かって封御を突き立てる。

 同時に悲鳴のような機動音が響いたが――大樹もいない今、その言葉を知ることはできなかった。






 それから比較的すぐに救急車やら何やらと駆けつけ、その場は急に慌しくなった。

 説明を求められ、春樹は窮しながら、自分にもよく分からないのだという旨を告げた。

 ――渡威の存在など話したところで理解してもらえるとは思えないし、無意味なことだ。


「日向」

「春樹クン!」


 心苦しいが、今の春樹にはこれ以上のことは何もできない。

 その思いで邪魔にならないよう離れていた春樹の元に、蛍と隼人が駆けてきた。

 ようやく見知っている顔を見ることができ、春樹は無意識に張り詰めていた緊張を解く。


「二人とも……」

「大丈夫だったのか?」

「うん、僕の方は……。二人が呼んでくれたの?」

「まあね。大樹クンが血相変えて戻ってきたから何事かと思ったよ」


 二人もまた相当心配していたらしく、こちらの顔を見てホッと息をつく。


「渡威だったんだろ? 結局どうなったんだ?」

「封印はしたよ。だけど最初、油断してて……僕を庇って野田さんが……」


 ちら、と救出作業をしている方へ目を向ける。

 こうして落ち着いた今、再び罪悪感に似た感情が込み上げてくるが――それを二人に言っても仕方ない。

 それを彼らも感じたのだろうか。蛍は眉を寄せ、隼人もまたわずかに顔をしかめた。


「大丈夫だと、いいな」

「まあ、気に食わない奴だったけどね。春樹クンを庇ったっていうなら、そのまま死なれちゃ後味悪いね」

「おい、咲夜」

「ソーリー。オレ、嘘はつけないタイプなんだよね!」

「それは嘘だろ」

「Why!?」


 淡々とツッコむ蛍に対し、テンション高く応じる隼人。

 この場でいつも通りすぎるその態度はいささか不謹慎なのかもしれない。

 しかし、こちらの緊張をほぐそうという意図が多かれ少なかれ含まれていることは春樹にも分かる。


 そんなわけで申し訳ないやらありがたいやらで苦笑した春樹は――ふいに気づいた。


「……大樹は?」


 その質問に二人が顔を見合わせる。

 夜の気温に冷やされた風が頬を撫でた。


「大樹クンは……って……え?」

「救急車呼んでくれって俺らに頼んだ後、また戻ってったぞ……?」

「……え……」


 あの大樹だ。

 用件を済ませたならば、春樹を心配して真っ先にまた戻ってくることは想像に難くない。

 むしろそうしなければ不自然というものだ。

 しかし実際、この場を離れてから大樹は一度もこちらへ戻ってきていなかった。

 蛍たちを探すのに手間取ったのかもしれないと深く考えていなかったが、こうして救助も彼らも来たことを考えれば、それはおよそ不自然なことで。


 無意識に鼓動が跳ねた。

 冷え切った空気が容赦なく吹き荒れ、身を震わせる。

 まさか。――そんなまさか。


「……探すぞ」

「大樹クン、おっちょこちょいだから。迷子になってるのかもしれないね」


 ただ低く告げた蛍に、あえて軽い口調で応じる隼人。

 言葉にすれば、それは嫌な現実を呼び寄せてしまいそうで、春樹は無言で首肯するしかなかった。


 念のためと救助の人に連絡先を告げ、三人は何度目かの道を戻る。


 そして結局――見つかったのは、木々の陰にひっそりと転がっている封御だけだった。


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