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倭鏡伝  作者: あずさ
14話「災厄は忘れた頃に」
141/153

6封目 お祭り騒ぎは爆竹と共に

 沈黙が、重い。

 春樹は非常に悩ましい思いでおそるおそる視線を上げた。

 仏頂面の蛍――はいつものことなのでまだ見慣れているしそれほど問題はないとして、


「……あのぉ……」

「!? 何だい春樹クン? 何かされたかいっ?」

「いや、あの」

「この距離で俺が何をできるっていうんだ、そこの金髪、お前はアホか?」

「No! 聞き捨てならないね! オレは大樹クンはもちろん、蛍クンよりも頭はいいよ!」

「……おい」

「オレはもちろんって何だよ!?」


 仁の野暮なツッコミに対し隼人の過剰な反応、そしてそれに対する蛍と大樹の不満の声。

 要するに今、春樹は蛍や隼人、大樹に周りを囲まれていた。

 その後方に仁がぬぼーっと立ち、後をついてくる。

 何だこれ。何度でも言うが、何だこれ。


 蛍はただ近くに立っているだけだが、大樹や隼人はあからさまに仁を警戒している。

 普段うるさいこの二人が威嚇するように仁に注意を向けているため、自然と春樹の周りには沈黙が降りるようになったのだ。

 いくら静かな方が落ち着くといえど、この状態は非常に気まずい空気を感じてしまう。


 それを知ってか知らずか、工事中の建物が見えたところで隼人は思い切り深くため息をついた。


「だいたいさぁ、オレはみんなをお祭りに行こうって誘いはしたよ? したけどあんなオジサンを呼んだ覚えは一切ないよ?」

「安心しろ、俺も呼ばれた覚えはない。ただついてきただけだ」

「だからそれがおかしいって言ってるんだよ! オジサンもいい歳なんだから同じ年代の人とつるんだらどうだい!」


 鋭く声を飛ばす隼人を、どうどうと苦笑しながらなだめておく。

 彼の気持ちは非常に分かる。

 しかし春樹としてはある意味慣れてきてしまったのも事実だ。

 相手は何を考えているのか分からない――というよりも何も考えていない。

 ムキになったところでこちらが馬鹿を見るだけだ。


「隼人くん、落ち着いて。僕は大丈夫だから」

「だけど春樹クン! せっかくのお祭りなのにこれじゃ楽しい気分が――」

「相手をする価値もないよ? あれは空気。まあ濁ってるから後で換気した方がいいかもしれないけど、それは後で十分だし」

「……日向、疲れてるだろ」

「大丈夫、通常」

「……そうか」


 蛍は顔を引きつらせていたが、春樹は笑顔のまま何でもないことのように振る舞った。

 仁いわく「心からの笑顔」ではないのだろうがどうでもいい。


「ところで隼人くん。道、こっちで合ってるの? 全然人いないけど……」

「よくぞ聞いてくれました! この前クラスの女の子に教えてもらった近道なんだよ、シークレットポイントさ!」

「女の子ぉ? 危ないんじゃないのか、こんな人気ひとけのない場所を女の子が通るなんて」

「オジサンはシャラップ! 今、誰よりも言われたくない人に言われたよ」


 隼人の言葉はもっともで、春樹としても否定をしてやる気にはなれない。

 加えて仁もさほど気にしていないようで表情に大きな変化は見られなかった。

 それがまた隼人の苛立ちを増幅しているのだろう。


 ともかくこのようなギスギスした中で春樹たちは祭りに向かっていた。

 祭りといっても隼人が「やってるらしいよ!」と情報を持ってきただけであって、実のところ春樹たちはあまり何の祭りなのかもわかっていない。

 しかしとりたてて用があるわけでもなかったのでこうして友人付き合いを全うすることにしたのだ。


 隼人のいう近道は木々が鬱蒼としているものの獣道というほどでもなく、ある程度草も除かれでこぼこも整えられているため、十分人の通る道らしくなっている。

 しかもつい先ほどは大きな工事中の建物まで見当たった。

 今は人気も少ないが、近いうちに何か施設でも開かれるのだろうか。

 その通りを抜ければ比較的すぐに人のざわめきが耳に入り込んでくる。


「うわ……」


 開けた視界の先では予想以上の露店や人でごった返している。

 時刻としてはもう薄暗いため、吊るされた灯りが明々と長く道を照らしている。

 その熱気に思わず声が漏れた。

 左右に首を巡らせれば、金魚すくいや焼きそば、わたあめ、典型的な夜店が多く立ち並んでいる。


「思ったより本格的なんだ」

「だな……」

「クール! いいね、血が騒ぐってやつだね!」

「春兄ー! オレ何か食いてー!」

「大樹は落ち着けって」


 先ほどの気まずさはどこへやら。

 大樹と隼人が祭りのテンションに飲み込まれてしまえば、それはもういつもの雰囲気だ。

 そのことに幾分肩の力を抜きつつ、春樹はちらと後方へ目を向けた。

 仁は相変わらず無感動な様子で周りを眺めている。

 なんとも情緒に欠けた人だと、春樹はどこか呆れて目を背けた。


 それはさておき、どこからともなく聞こえる祭囃子には春樹とてやはり高揚させられるものがある。

 こうして友人と祭りに来るというのも久々なのでますますだ。


「とりあえず順番に見て行こうか?」

「おー! たこ焼き! オレたこ焼き食う!」

「お前、食べ物ばかりじゃないか……」

「む、じゃあ春兄は食わないんだな? そんじゃオレが全部もーらいっ」

「あ!? こら、食べないとは言ってないだろ!」

「もう遅いもんねーっ」

「……お金は僕が持ってるんだけどなぁー?」

「あぁあ!? な、何だよそれ、春兄の卑怯モンー!」

「お前に持たせたら全部なくなりそうだろ」


 周りのざわめきが手伝って自然と普段より大きな声で言い合うことになる。

 そのためぎゃあぎゃあとくだらないことを言い合っていると隼人に背中を押された。

 ぐいぐい前へ進められる。


「はいはい、まずはいくよー!」

「わ、ちょ」

「押すなって!? ……あっ、射的! おい蛍、あれやろうぜあれ!」

「え、俺?」

「隼人より蛍のが上手そうじゃん」

「何だいそれ、オレだってエキセントリックな射的を実現できるよ! よし蛍クン、勝負しよう!」

「いや、お前らでやればいいんじゃねーの……?」

「フフフ蛍クン、負けるのが怖いのかい?」

「ふざけんなよ、蛍が隼人に負けるわけないだろー!」

「……いや、だから何で俺なんだ」

「あの、いっそ三人でやればいいんじゃないかな」

「えー! じゃあ春兄もやろうぜ!」

「僕まで?」


 賑やかな音楽に乗せられて会話を続け、よく分からないままに射的に参戦することになってしまった。

 ほんの少しの困惑はあったが、さして悪い気もしない。

 笑顔で道具を貸してくれたおじさんにお金を払い、商品が並ぶ棚を見る。

 ぬいぐるみやお菓子などが大半だ。


「ん、これ何だい?」

「コルクだね。それが弾になるんだよ」

「へぇ、春樹クンは物知りだね……って蛍クン撃つの早いよ! 勝負って言ったじゃないか!」

「え、悪い」

「だぁー! 外れたー!」

「大樹クンまで!?」

「隼人も春兄も遅ぇぞー」

「No! 情緒がないよ二人とも!」


 さすが祭りに誘った本人だからだろうか、隼人にはこだわりがあるらしい。

 ぶつぶつ不満そうに文句を言い――とはいえ、その文句を言うのもどことなく楽しそうだ――それでも大樹たちに急かされ、隼人もまた鉄砲を構える。

 それにならって春樹も改めて的を見た。

 貰った弾は三発。

 ひとまず欲張らず倒れやすそうな軽いお菓子の箱を狙い、


「んぁ、悪い」

「あ」


 いつの間にか焼きそばを頬張っていた仁に肩を押され、コルクの弾はあらぬ方向に逸れていっただけだった。


「……」

「だから悪かったって、そんな責めるような目で見なくたって、おい、それは人に向けるもんじゃねぇぞ、おい」

「うるさいです、邪魔です」

「そんなムキになるなよ」


 鉄砲を仁自身に向け始めた春樹に対し、仁は焼きそばを食べる手を止めずにあっさりと言ってのける。

 確かにこれくらいのことでムキになるのもどうかと春樹も思う。

 思うが、それを当の本人に言われてしまえば腹が立つというものだ。


「ほら、弾残ってるんだからちゃっちゃと狙えって、あの菓子美味いぞ」

「え、ちょ、やめ……ああ!?」


 焼きそばを食べ終えた仁に半ば無理矢理鉄砲を構えさせられ、しかも狙っていたものとは違うものに向かって撃たされた。

 パンッと弾けるような音と共に的が後方へ倒れる。

 おぉ、と小さく上がる周りの歓声。


「はい、おめでと」


 おじさんが笑顔で渡してきた的となっていた箱はチョコレート菓子だった。

 一応笑顔で受け取ったものの、春樹はぐるりと視線を転換、仁を見上げる。思い切りジト目でだ。


「何でああいうことするんですか」

「いいじゃねぇか、取れたんだし」

「そういう問題じゃないですっ」

「お前、意外と負けず嫌いだなぁ」

「聞こえません」


 隼人ではないが、どうしてこうも情緒がないのか。


「あと焼きそば食べてた皿! 何ポイ捨てしてるんですか、近くにゴミ箱があるでしょう」

「面倒くさかった」

「だったら食べるな」


 間髪入れずに切り捨て、春樹は思い切りため息をついた。やれやれだ。

 そんな春樹に対し、仁はどこか不思議そうに瞳を細め顎に手を当てている。

 そうやって見られるとどうも居心地が悪く、春樹は無理矢理視線を逸らすことにした。

 何度も思うことだがやはり関わらないのが最善だ。


「春兄ー! 次あっち! あれ!」

「わ、引っ張るなって! そういえば隼人くんは?」

「外れたからもう一回やるってムキになってるぜ」

「だって当たったのに倒れないんだよ、ズルイじゃないか!」

「大きいもの取ろうと欲張るからだろ……それより喉渇いたな」

「あ、そっちに飲み物あるよ?」

「ちょっと三人共、少しくらい待ってくれよ! オレを置いてかなくたっていいじゃないか!」

「あはは……」


 苦笑し――ふいに、夜店に並ぶもの以外の明かりが灯ったことに気づいた。

 ハッとして周りを見回す。


 春樹の腕にぶら下がるようにしていた大樹がその異変に気づき、きょとんとした面持ちでこちらを見上げてきた。


「春兄?」

「……これ」

「へっ? ……あ」


 鞄から取り出したもの、封御に目を走らせた大樹もまた驚きに表情を変える。

 封御に取り付けられた玉は、先日と同様に淡く光を放っていた。

 違う点を述べるとすれば光の色合いが別のものになっている。

 つまりすぐ傍にいるのはもっちー以外の渡威ということだ。


 それにしたって周期が短い。この前の接触からそう幾日も経っていない。


『もうそろそろ、時間もありませんので』


 あちらも焦っているということだろうか。

 だからこうも畳み掛けてくるというのか。


 ともかくここで暴れられてはまずい。

 あちらがどう動くか読めないが、これほど人で溢れているところで何かが起きればとたんにパニックになる可能性がある。

 逸る思いで視線を巡らせ、


「――!」


 いた。

 輪投げで子供たちが賑わっている、その夜店の屋根に当たる部分に揺らめく渡威の姿があった。

 ここからではその輪郭以外はよく見えないが……。

 分かっているのは、ここからすぐに離れた方がいいということだ。


「二人共。ごめん、僕たち……」

「先にパニックにしちゃえば、いいんじゃねぇの」

「は?」


 眺めていた仁が何やら謎めいたことをぼやく。

 それに呆気に取られ――後から思えば彼がやることなすこと全てロクでもないのだから問答無用で止めれば良かったのだが――彼が目を瞠る手際の良さで手を振り上げた。


 ――!


 次々と弾ける音、火薬のにおい。

 不意打ちに反射的に叫びだす人々、悲鳴、訳も分からず野次馬根性で根源を探ろうと押し寄せてくる波。


 一拍遅れて気づく。

 爆竹!?


「な、何っ、何やって……!」

「いやぁ、先にパニックにすれば渡威とやらが暴れても問題ねぇと、そう思ってだな」

「アホですか!」


 短く叫び、騒ぎになっている前方に視線を走らせる。

 罪悪感はあったがその騒ぎの原因が自分たちだとバレるのはいただけない。


「行け、こっちは俺たちが見てるから」

「杉里くん……」

「まぁ、これはこれでお祭り騒ぎかもしれないね」

「それは違うと思う」


 空気を読んでなのか分からない隼人の発言にきっちりツッコみつつ、春樹はうなずいた。

 一度大樹と顔を見合わせ、二人揃って元来た道を走り出す。

 仁もついてきたが、もう止める気にもなれなかった。

 あんな騒ぎを起こすくらいなら彼自身もまた人混みから引き離した方がいいかもしれない。

 春樹たちにそう思わせるためにあんなことをしたのならばとんだ策士かもしれない。

 だが、実際はおそらく衝動でやっただけだろう。


「春兄! 渡威は……」

「ついてきてる」


 後方を見やれば木々の上を移動しているらしく風とは別の騒がしい音がついてきている。

 それを確認して再び前へ向き直ったところで――音は激しい勢いで自分たちを追い抜かしていった。

 目の前には、先ほども通った工事現場。

 渡威は瞬く間にそちらへ駆けていったらしいが、あまりの速さにその姿を見失ってしまう。

 そのため春樹たちは一度足を止めた。


「ちくしょ、あいつどこ行った!?」

「声は?」

「よく分かんねー」


 大樹が顔をしかめ、耳を澄ませる仕草をし――しかしそれが無意味になるほど、二人はぎこちない機械の音をはっきりと聞いた。


「え」

「あ」


 二人で間の抜けた声を上げ、呆然と立ち尽くす。

 なぜなら二人の目の前では大きなクレーン車がゆっくりと動き始め、しかも進路をこちらに向けているのだから。


「ずい分と……がっちりしたものに憑いた、ね……」

「あんなん倒せるのか、お前ら?」

「はあ!? ちゃんと封印するに決まってんだろ、何だよいちいち!」

「なんだよ、心配してやったんじゃないか」

「……余計なお世話です」


 渋面を作り、すぐに気を取り直して向かってくるクレーン車に向き直る。

 見上げ、ちょうどクレーンの位置に渡威の核がぼんやりと光っているのが見えた。高い。

 だがこちらには翼が、ある。


 クレーン車が大きな唸り声――いや、実際には機動音なのだろう――を上げ、クレーンを振り上げる。

 振り子のように一度宙を切ったそれを見据え、春樹は走り出した。


「セーガ!」


 声を張り上げ、集中力を極限まで引き上げた瞬間。


「春兄!」


 クレーンが工事現場のガレキに突っ込み、その衝撃で積み上げられていた鉄筋が槍のように降り注いできた。

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