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倭鏡伝  作者: あずさ
2話「子守唄はレクイエム?」
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6封目 見えない壁、這い上がる強さ

 椿を追った春樹は、大した距離も行かない内に彼女の姿を見つけた。

 彼女は力が抜けたのか座り込んでしまっている。


「……椿ちゃん」


 春樹はためらいがちに声をかけた。

 はっきり言って泣いている女の子の相手なんて苦手だ。

 こちらまでぎこちなくなってしまう。


「さっきは大樹の奴がごめん。あいつって無神経でさ」

「…………」

「でも、ただ傷つけるようなことを言う奴でもないから」

「え……?」

「……多分、『しっかり現実を見ろ』『前を向いて現実と向き合え』ってことが言いたかったんだと思うよ」


 説明しながら苦笑してしまう。

 今なら葉の言っていたことがよくわかるような気がした。

 大樹の言葉は変にシンプルすぎるのだ。彼らしいといえば彼らしい。


「…………わかっては、いたんです」


 ぽつりと椿が呟きをこぼした。

 瞳に涙を浮かべながらも、彼女は一言一言、しっかりと口を開く。


「ママはもう死んじゃったんだって。もう二度と帰ってきてくれることはないんだって。……もう、話すことも抱きしめてもらうことも出来なくて……あの笑顔を見ることも出来ない……」

「…………」

「ずっとそう言い聞かせてきて、諦めようとして。そうやって今まで父とやってきました。だから頭ではわかっていたんです。……でも、あんな風にママが現れたら! 私に笑ってくれたら! 頭ではあり得ないと思っても、つい『もしかしたら』って……っ。……ずっと、ずっと願ってたんです。会いたかったんです。もう……もう二度とあんな悲しい思いはしたくないんです!」

「椿ちゃん……」

「だから」


 彼女は声のトーンを変え、自嘲気味に笑ってみせた。

 それは次第に泣き笑いへ変わる。


「わからなく、なっちゃったんです。……春樹さんの話はやっぱり信じられないようなもので、でも……嘘をついてるようには見えなくて。だからってママを信じている気持ちを捨てることも出来なくて……がんじがらめにされて放り出された気分で……っ!」


 どうすればいいのかわかりません、と消えそうな声で彼女が呟く。

 その微かに震える細い肩を見て、春樹はほんの少し目を細めた。

 確かに、こんな問題は簡単に解決出来るものではないだろう。

 この少女一人であっさり抜け出せるような、そんな単純な迷路ではないと思う。


「……僕らの前にはさ……きっと、何も見えないんだよね」

「え……?」


 ゆっくり話し始めた春樹に、椿が顔を上げた。

 そんな彼女に、春樹は尚話し続ける。ゆっくりと。自分にも言い聞かせるように。


「見えないって結構大変だと思うよ。自分が真っ直ぐ歩けているのかもわからないし。見えているなら障害物をよけて行くことも出来るけど、何があるのかすらわからないんだから」

「…………」

「何もないかもしれない。すごく大きなものが待ち受けているかもしれない。罠だってあるかもしれない。……それでも、進んでみなきゃ何も始まらないんだ。進まないとわからないんだよ」


 右に進むか、左に進むか。それとも真っ直ぐ行くのか。

 彼女が何を信じどう行動するか、結果がわからなくても彼女自身で選び、動くしかない。

 進んでみないとどうにもならない。


「でも……進んだ先が罠だったら? 落とし穴に落ちて身動きがとれなくなったら?」

「――そのために強くなるんだよ」

「その……ために?」

「うん。困難を避けるためじゃない。何があっても前に進めるように。乗り越えられるように」


 必要なのは、壁や罠を見つけ、それを避ける力ではなく。

 それすらも打ち破れるような強さだから。


「だから……一度落ちたら、また這い上がって……そして進んでいくんだ。そのたびに、きっと少しずつ強くなれると思うから」

「……今の私に這い上がれる自信なんてありません……っ」

「――安心しろよ」


 突然割り込んだ声にぎょっとする。

 二人は一斉に振り返った。


「「大樹!?」」

「おまえが落ちたら、オレが無理にでも引っ張りあげてやるっ」


 驚く二人ににっと大樹が笑ってみせる。

 そんな彼を見て、呆気に取られていた椿が再び泣き笑いを浮かべた。

 照れ隠しなのか、無理にそっけない言葉を呟く。


「何言ってんの……あんたじゃ……頼りないよ……」

「春兄もいるからダイジョーブだって。春兄はすっげー頼りになるぜ? なっ、春兄!」


 笑顔を向けてくる大樹に苦笑する。

 なぜ、そこで僕に振る?


「……僕が頼りになるかはわからないけど。でも、椿ちゃんは一人じゃないよ?」

「…………」

「それに椿ちゃん、僕に言ったよね。逃げたくない、真っ向勝負で勝ちたいって。それは全てに言えることだと思う。もちろん今回のことにも。……大丈夫、椿ちゃんなら出来るよ」

「……はい」


 椿がうなずき、しっかりと立ち上がった。

 そんな彼女にホッとする。

 どうやら、とりあえず立ち直ったようだ。


「……それにしても」


 ちらり、と大樹へ視線を向ける。なぜ彼がここにいるのか。


「どうしたんだ? 大樹。まさかもう封印し終えたとか」

「まさか」


 大樹が困ったように肩をすくめた。

 彼はすぐに顔をしかめる。


「家に入って封印しようとしたら、包丁向けてきてさ。しゃーないから一度戻って来たんだよ」

「おまえにしては妥当な判断だな」

「春兄がうるせーから」


 僕のせいかい。

 内心そうツッコみつつ、それでも春樹は安心した。

 もしそこで無茶をして突っ込み、ケガでもされては大変である。

 相手が大樹なだけに、当然のようにあり得そうで怖い。


「包丁……? ママが?」

「あ……」


 椿が表情を曇らせ、春樹は小さく戸惑った。

 聞いて嬉しい言葉ではないだろう。母親の姿をしたものが人に包丁を向けたなんて。

 そんな春樹の気遣いの視線に気づき、椿は微笑を浮かべた。


「いいんです。却って吹っ切れましたから。……本当のママはそんなことしません」

「……そうだね」


 やっぱり彼女は強いのだ。

 芯がしっかりしている、と言うべきか。自分も負けてはいられない。


「――よし。行くぞ大樹!」

「おっしゃ!」


 駆け出した自分に、大樹も「待ってました」とばかりについてきた。

 彼の気持ちはリベンジに近いもので一杯だろう。

 元々負けず嫌いな性格だ。

 不本意とはいえ一度逃げてきたことに、ちょっとしたわだかまりを感じていたに違いない。

 その後を、椿が戸惑ったように追ってきた。


「あの……っ、私はどうすればいいですか?」

「椿ちゃんは家の前で待ってて。危ないから」

「……はい……」

「何変な顔してんだよ。すぐ終わるからダイジョーブだって」

「変な顔なんて失礼ね! 人がせっかく心配してやってるのに!」


 顔を赤くして椿が怒鳴る。

 そんな彼女に一瞬呆気に取られた大樹が、下手すれば殴ってきそうな勢いにこらえきれず吹き出した。


「ちょっと大樹! 何笑ってんの!?」

「うん? だっておまえらしくて」

「私らしい……? どーゆう意味よ」

「そのまんま。ぐぁーって勢いで、元気イッパイ?」


 言いたいことは何となくわかるが、前半の「ぐぁー」は正直謎だ。


「――あんたに言われちゃおしまいだわ」

「何だよソレぇ!? オレのどこが!」

「「そーゆうとこだって」」


 見事なハモリで答えられ、大樹が思い切り言葉に詰まった。

 それでも必死に反論してくる。


「何だよ、オレはただ『元気になって良かったな』って言っただけなのに!」

「「言ってない言ってない」」

「いちいちハモるなあっ」


 今度は大樹が赤くなる番だった。

 「ちょっと言い間違えただけじゃん……」などとブツブツ呟いている。

 本当は「『元気になって良かったな』って言いたかった」と言おうとしたのだろう。

 大方そうだろうと予想はしていたが、それにしても変なところで間違える奴だ。


(ってゆーか、そんなにふざけてる場合じゃないか……)


 今の自分たちの状況を思い出す。渡威を封印しなければ。


「……とりあえず、行くぞ?」

「オッケー」


 ドアの取っ手をつかみ大樹を見ると、彼はあっさりうなずいてきた。

 彼が封御を握り直したのを確認し、慎重にドアを開けてみる。

 しかしパッと見た限り渡威の姿はなく、春樹はさらに二、三歩中へ進んだ。

 ちなみに床はフローリングだったので、失礼だが土足のまま上がらせてもらった。

 事が済めばきちんと掃除して帰るつもりなので、まあ許してもらおう。


「? ……大樹。何か……音、聞こえないか?」

「音? ……あー、聞こえるかも。ってか渡威はどこ行ったんだよ、こらーっ!」


 叫ぶ大樹に苦笑する。それにしても、やはり空耳ではなかったようだ。

 どこからか流れる、小さなメロディー。

 それはゆっくり、静かにきれいな音色を奏でられているようで……。


(……音、がく……? 何でこんなところに……――)


 じっと耳を澄ませている内に、妙に頭がぼんやりしてきた。

 ふ……っと、意識が微かに遠ざかる。





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