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倭鏡伝  作者: あずさ
14話「災厄は忘れた頃に」
136/153

1封目 ストーカーは手品師のようで

 日向春樹はその日、一羽の巨大な敵と対峙していた。


 円形の眼は不気味なほど黒々としていて奥が見えない。

 つるりとした質感の嘴は先に進むにつれ鋭く尖り、猛々しい。

 流れるような毛がびっしりと生えた翼を大きく広げ、ソレはいっそうその存在感を顕わにする。

 大きな身体からすらりと伸びる二本の脚は不自然に細く、奇妙に折れ曲がって見えるものの――決して姿勢を揺らがせはしない。


 ソレは、鳴いた。吼えた。

 ギャアと悲鳴じみた威嚇を明らかな敵意を持ってこちらに向けてきた。

 それは布告。


「春樹クン、お待たせー!」

「わぁ!?」


 後ろから唐突に肩を叩かれ、意識が一点に集中していた春樹は思い切り悲鳴を上げていた。

 動悸が異様に激しく、その余韻は体をわずかながらも震わせる。


「は、隼人、くん」


 鼓動を抑えようと胸に手を当てて振り向けば、そこに立っているのはクラスメイトの咲夜隼人だった。

 彼はイギリスと日本の血が入ったいわゆる「ハーフ」であり、鮮やかな金髪やすらりとした手足、整った顔立ちは周りの視線を多かれ少なかれ引きつける。

 そんな彼は春樹の様子にきょとんと目を丸くしていた。

 そうするとまだわずかに残っている幼さが目立つ。


「……春樹クン、まだカラスが嫌いなの治ってないのかい?」


 ぎくり。

 道端でゴミを漁っているカラスを見た隼人の言葉に、春樹はあからさまに視線を逸らす。

 だが隼人がそれで追撃をやめるはずもなかった。

 春樹の肩に大げさに手を回した彼は「ちっちっち」とわざとらしく指を振る。


「いいかい、春樹クン。あれを敵だと思うから怖いんだ」

「うっ……」

「So! 見てごらん、あの丸くてキュートな瞳を。艶やかでクールな毛並みを! あのみょんみょんと跳ぶような歩き方なんてちょっと間が抜けていて愛らしく見えてこないかい?」

「……う」

「What?」

「……吐きそう」

「そこまで!?」


 隼人のアドバイスは無駄に春樹の想像力を刺激し、むしろ状況を悪化させた。

 春樹は本気で口元を覆いながらもげんなりと肩を落とす。

 お調子者でどこか世間とズレた隼人だが、悪気があるわけではないので特に文句を言う気にもなれなかった。

 と。


「咲夜、あんまり日向をいじめてやんなよ……」


 呆れの色を隠さない声が二人の上から降り注ぐ。

 ちらと振り返り視線を上げると、これまたクラスメイトの杉里蛍が仏頂面でこちらを見ていた。

 彼はいつでも不機嫌そうな表情をしているが、その実、なかなか生真面目な好青年である。

 ただし生真面目すぎて隼人のハイテンションに引きずり回されることも多々あるのだが――そのことについては春樹も他人のことをあれこれ言える立場ではない。


「杉里くんも今帰り?」

「ああ」

「ふふふ、待ってたよ蛍クン! さあ、みんなで帰ろうじゃないか!」

「待たれる覚えはないけどな……」

「そういえばふつーにスルーしちゃったけど、僕も隼人くんを待ってた覚えはないなぁ……」

「何だい二人とも、日本の霊験あらたかなお言葉を知らないのかい! 終わり良ければ全てよし!」

「何も始まってすらいないよ」


 相変わらず調子のいいことをベラベラと話す隼人に苦笑を一つ。

 しかし春樹にとってこの二人と帰りが一緒になるのはタイミングが良かった。

 というのも、先ほどからこの幅狭い道路に立ち塞がるカラスをどう突破しようか思い悩んでいたのだ。

 この二人はクラスの中でも春樹とよく話す部類であり、そして春樹のカラス嫌いのことを知る数少ない者でもある。


 それは二人も承知しているのだろう。

 まず蛍が先に動き、体を半分だけこちらに向けて「ほら行くぞ」と促した。

 当然ながらカラスがいる方を歩いてくれている。

 ――男前だ。


「うぅ、ありがとう……」

「じゃあオレはこっちからサンドしてあげよう!」

「ちょ、押さないで!?」


 反対側からカラスの方へぐいぐい押してくる隼人に悲鳴を上げる。

 何だこの嫌がらせは。


「おい咲夜……」

「はいはーい。蛍クン、怖い顔しちゃノンノン。そのまま凝り固まって笑えなくなっちゃうと困るだろ?」


 なぜか綺麗にウインクを決める彼に、蛍はむすっとしたまま黙り込む。

 表面上はただの冗談のように聞こえるが、蛍が本当に不機嫌そうな表情ばかりしているのを見ている春樹としては笑って済ませていいものか悩むところだ。

 ――これほどまでにチグハグな二人だが、何だかんだと話は尽きないし仲も悪くないのだから不思議なものである。


 そうこうしているうちにカラスという難関を乗り越え、春樹はホッと息をついた。

 助かった。あのまま立ち往生していたら夕飯の準備もできやしない。


「……うーん。不思議だよねえ」

「え?」

「いや、春樹クンさ。そりゃあ人には苦手なものはあると思うけど、あの春樹クンがカラスにここまでビクビクするなんてさ? 多分クラスのみんなに言ってもすぐには信じてもらえないと思うよ」

「まあ、そうだな。俺も実際に見なきゃ半信半疑だったし」

「……えーと」


 思いがけず続いたカラスの話に春樹は頬を引きつらせた。

 あまり長引かせたい話題ではない。


「何か原因はあるのか?」

「特に思い当たることはないけど……あえて言うなら生理的に受け付けないとしか……。だって怖くない?」


 自分でもこれといったキッカケは思い出せない。

 ただ、いつの間にか過剰に反応するようになっていたのだ。

 ――それがいつ頃だったかも分からない。


「まぁ、群がってたら不気味かもしれないけどね! ほら、死の象徴みたいな!」

「咲夜はゲームのやりすぎだろ……」

「Oh,それじゃ春樹クンの家でゲームをしようか!」

「そんな唐突な。僕は別に大丈夫だけど……一度帰らなくて大丈夫?」

「直接行った方が早いじゃないか。時は金なりって言うだろ? ニンジャは錬金術もできるってわけだ、クールだね!」


 ツッコミが来い。

 隼人のわざとなのか天然なのか分からない言葉の乱れ撃ちはいつものことであるが今日もまたなかなかにひどい。

 蛍はもはや聞かなかったことにしたらしい。「俺も今日は空手がないから暇だな」と遊ぶ話にさらりと軌道修正を施した。

 それにも慣れているのか隼人が意気揚々とさらに何か言いかけ、そこへふいに影が落ちた。


「やあ」

「――え?」


 いつからいたのだろうか。いや、どこにいたのだろうか。

 見知らぬ男に道を遮るように微笑まれ、春樹は思わず瞬いた。

 どちらかの知り合いだろうかと左右を見るが、蛍も隼人も怪訝そうでその考えは間違いだと知る。

 何より男の視線は真ん中の春樹に注がれていた。


「……誰? 春樹クン」

「さあ……人違いじゃないかな。会ったことないと思うけど……」


 小声で尋ねてきた隼人に同じく小声で返し、相手を見やる。


 無造作に伸ばされた無精ひげが年齢を分かりにくくしているが、二十代の若さにはさすがに見えない。三十代くらいだろうか。

 くたびれた薄手のコートや猫背が一見「疲れた」ような印象を受けさせる。

 しかし長い前髪に隠れがちな目にはどこか爛々とした輝きを秘めているのが奇妙なバランスで怪しげであった。


 そこまでまじまじと観察してみたものの、やはり見覚えはない。


 戸惑いつつも、相手があからさまにこちらを見ているものだから無視をするのは気が引けた。

 とりあえず、とばかりに軽く会釈をしておく。

 しかしそれ以上は反応らしい反応もなく、そのまま三人は男の横をそそくさと通り抜けた。

 触らぬ神に祟りなし、だ。


「……ふーむ。まだこっち見てるよ、あのオジサン」

「隼人くん、そんなに気にしなくても……」

「でも日向。こっちに向かってくるぞ」

「は?」


 蛍の言葉はさすがに無視できるものではなく、つられるように振り向くとそれは事実だった。

 男が一定のペースで歩いてくる。

 決して春樹たちに追いつくことはなく、ただ黙々と。


「わぉ、気味悪いね。噂のストーカーってやつじゃないかい?」

「ストーカー? まさか」


 突拍子もない言葉に思わず吹き出す。

 そんなことをされる覚えはないうえに相手は男だ。

 そもそも「噂の」って何だ、噂のって。


「……でもまだいる、な……」

「…………」


 確かに少し気味が悪かった。

 こうもピッタリとくっついてこられては偶然だとは考えにくい。


「Ok! 通報しようか!」

「ええええぇ!? それは早計すぎるっていうか、勘違いだったらどうするのさ。失礼すぎるよ」

「いやいや何かあってからじゃ遅いよ春樹クン。世の中シビアだからね! 殺られる前に殺る、それが生き抜く鉄則だってこの前誰かが言っていたよ」


 なんと世知辛い世の中なのか。

 そもそもそんな危ない鉄則を吹き込んだのは誰だ。


 ボソボソと会話していると、いつの間にペースを変えたのか男が追いついてきた。

 じっと圧迫感のある眼に見下ろされ、ギクリと肩を強張らせる。


「あの、何か……?」


 男は黙って両手を上げた。

 それから三人をゆっくりと見回し、両手を開いた状態でこちらに向ける。


「今、俺は何も持っていません」

「……は、はあ」

「だけど」


 男が片手をくるりと軽く捻るように返し、瞬いた次の瞬間には真っ赤な薔薇が一輪、その手に納まっていた。


「ご覧の通り」


 ――訳が分からない。

 分からないがすごかったのは事実なので、三人は困惑しながらも控えめに拍手を送った。


 満足げに笑った男はその薔薇を無造作に春樹に握らせてきた。

 よく見れば小ぶりなそれは本物ではなく造花だったようで、花の豊かな香りは感じられない。

 そしていきなり薔薇の造花を渡されてもどうしていいのか分からず、ただただ持て余す他ない。

 これが女子なら喜んでいたのだろうか。いや、いきなりすぎてどのみち不審さが際立つだろう。


「え、と」

「日向春樹はお前だな」


 質問というよりも確認。

 そう感じさせるほど有無を言わせない口調で、春樹は改めて男を見上げた。

 謎のパフォーマンスに一時は気が抜けたものの、再び警戒心がむくむくと込み上げてくる。


「……だったら何だというんですか?」


 警戒していることをあえて隠さずに口調を硬くすれば、男は思いがけず無邪気に微笑んだ。


「泣けるようにはなったか?」

「――え?」


 予想外のセリフに春樹の思考は一時的に停止した。

 二の句が継げないまま立ち尽くす。

 そんな春樹の思考を呼び戻したのは天敵、カラスの鳴き声だった。

 それほど近くなかったとはいえ、唐突に耳に入り込んだ雑音に春樹の肩は反射的に跳ね上がる。

 ハッと視線をさまよわせれば、後ろの電柱で休憩し始めた一羽のカラス。


 それを見ていた男は無精ひげを数度撫で、その手を腰に当てた。笑う。


「ああ、そうか、そうだな、うん」

「……何ですか」

「カラスが苦手なのは俺のせいだろうな」

「……は?」


 これまた意図の把握できないセリフ。

 動揺が抑えられず、持っていた薔薇の造花を持つ手に力が入る。

 くしゃりと微かに潰れるような音がし――蛍にその腕を引っ張られた。


「行くぞ」

「杉里くん?」

「Hey,オジサン。手品はすごかったよ! だけどオレたちは青春に忙しい学生だからね、Bye!」



◇ ◆ ◇



 蛍と隼人は春樹の家を通り過ぎ、その先の公園にまでやって来た。

 もう日が暮れて風も冷たくなりつつあるというのに家の中に入らなかったのは彼らなりの配慮だ。もしあの男が後を尾けてきて春樹の家を知られたら困る、ということらしい。

 その気遣いは嬉しく、しかし一方で申し訳ないなと思う。


「手品を披露するとは新手の変質者だったね、世の中のトレンドってやつはオレには理解できないな」


 HAHAHAと嘘くさい笑い声を上げ、隼人はブランコに飛び乗った。

 ちなみに薔薇は公園のゴミ箱に隼人の手によっていともあっさり捨てられた。


「う、うーん。そんなトレンド? とやらは初めて聞いたけど」

「先駆者を目指したんじゃないかい?」


 どれだけ向上心に溢れた変質者だというのか。


「……さっきも言ってたけど、日向はあいつのこと知らないんだろ?」

「……だと思うけど」


 蛍にうろんげに確認され、春樹は曖昧に肯定する。

 何となく隼人につられる形でブランコに腰を下ろし、一息ついた。

 吊り下げられている鎖は、錆びているのか鉄のにおいが幾分強い。


「でもあの人、カラスが苦手って」

「いや……そりゃ、あの日向の反応を見れば割と分かると思うぞ」


 ブランコの柵に体を預けた蛍が腕を組みながら指摘する。

 春樹は苦笑し、それに一つうなずいた。

 だが。


「……泣けないっていうのは、ふつう、分からないよね?」


 キィ、と軽くこいだブランコが軋んだ音を立てる。

 春樹は俯いたままだったが二人がこちらを見たのを気配で感じた。


「Really? 春樹クン、泣けないのかい?」


 直球の質問は隼人だからか。

 春樹が顔を上げると、きょとんとした隼人の表情、それに対しどう言えばいいのか迷い、顔をしかめた蛍の表情。

 二人の表情を見た春樹は苦笑する。気を遣わせただろうか。


「えっと。そんなに大げさな話じゃないよ? 何ていうのかな。泣けないっていうか……泣き方、忘れちゃったんだよね」

「忘れた?」

「うーん……僕もうろ覚えなんだけど……」


 再びブランコを漕ぎ、記憶を手繰る。

 あれはいつだったろうか。デパートの中で派手に転んだときだったろうか。それとも他の場所、別のときだったか。

 おそらく始まりそのものは決して大きなことでなく、深いことでもなかったはずだ。


「泣くとさ、周りが困った顔、するじゃない?」


 ポツリと呟くと、二人が顔を見合わせた。


「まぁ、焦る……よな」

「そうだねぇ。家の中ならまだしも、公共の場とかならビックリするかも?」

「うん。だから泣くのは良くないことなんだなって思った……んだと思う。いや、今もそう思ってるわけじゃないんだけどね? だけど小さいときにそう思い込んじゃって、それで我慢しているうちにいつの間にか泣き方を忘れちゃった、みたいな」


 あはは、と軽く笑ってみせる。

 泣きたい、という気持ちが分からないわけではない。むしろそういう気持ちになったことは幾度となくある。

 それでも実際に泣くことはなかった。

 無意識にブレーキをかけてしまうのかもしれないし、本当に泣き方そのものを忘れたのかもしれない。

 そうして――結局、今も変わらず泣けずにいる。


「へぇ……。春樹クンってさぁ、割と頭いいのに、変なとこで……変だよね」


 それは要するに変ということではないか。何故わざわざ溜めた。


「隼人くんには言われたくないけど」

「まぁでも、つまり日向は本当に泣けないってことだろ。それをあの男が知っていたってことは……やっぱり知り合いなのか?」


 蛍の問いはもっともだ。そして春樹もそこが気になっていたのだった。

 だが、どうしても思い出せそうにない。

 あれほど怪しげな知り合いなどいただろうか。


「もしかしてあっちの人じゃないのかい?」

「あっち……って倭鏡? それはないと思うけど……」


 倭鏡。

 それは鏡を通して存在する“異世界”だ。

 突拍子のない事実だがそれは確かに揺るぎなく存在する。


 そして春樹の父は倭鏡の生まれであり、母は日本の生まれであり――春樹は世界、もしくは次元をまたいだ「ハーフ」ということになる。

 とはいえ倭鏡の地形や言語は日本と酷似しているため大きな不便は感じない。

 差異があるとすれば倭鏡の人々には何らかの不思議な“力”が備わっていることと、倭鏡と日本には相反するエネルギーがあるらしく、倭鏡の人々は滅多にこちら側に来ることができないということだ。

 日本人としての血が流れているためにそのエネルギーを打ち消すことができる春樹ならいざ知らず、他にこちらへ来れる倭鏡の人間は決して多くない。

 「絶対」と断言することはできないにしても、あの男が倭鏡の人間である可能性は限りなく低かった。


「じゃあ他の誰かに泣けないことを話したことは?」

「ないはずだよ。だから知ってるの、家族くらいだと思うけど……漏れるとしたら葉兄か大樹か」


 兄と弟の顔を思い浮かべ、しかしすぐに首を振る。

 口止めをしているわけではないので誰かに言った可能性がないとは言いきれない。

 だが、わざわざ話す内容だとも思えない。何より彼らがあの男と知り合いだとも思えなかった。


 すっきりしなくてモヤモヤが腹の底に溜まっていく。

 考え込んでいると、ブランコから勢いをつけて降りた隼人がぐいと体を伸ばした。


「オーケー。結論としてあの変質者が怪しいことに変わりはないわけだ」

「だな。……どうする? 少しは時間潰したけど、まだあいつがうろついてるかもしれないぞ」


 どうすると聞かれても確かな答えなどなく、春樹は緩く苦笑した。

 いつまでもこうしているわけにもいかない。

 そのうち弟の大樹が帰ってくるし、家事のできない彼を一人家に置いておくことは到底できそうにない。


「帰るよ。それにもしかしたら悪い人じゃないかもしれないし……何か用があったのかも」

「いや、春樹クン。悪いけどあの人絶対怪しいから、スーパー怪しいから」

「それはそうだけど……」

「……俺も咲夜と同感だ」

「春樹クン、自分のことになると危機感ナッシングだからね!」


 怒ったようにビシリと指を突きつけられ、春樹は軽くその指を払った。

 人に指を向けるのはよろしくない。


「そんなこと」

「じゃあ訊くけど。もしあの男が大樹クンのことを調べ上げたり後を尾けてきたりいきなり薔薇の花を渡してきたら春樹クンはどう思う?」

「……」


 それはつまり、もし春樹の立場を弟の大樹に置き換えてみたら、ということだ。


 ……。

 …………。


「――うわああ!? 危ない!? すっごい変質者だ!?」

「だろう!」

「……そこまで考えなきゃ分からない日向もおかしいと思うけどな」

「春樹クン、自分のことに関しては結構ボケボケだからねぇー」


 呆れた蛍に、やれやれと大げさなジェスチャーを交えながら歩き始めた隼人。

 今度こそ否定もできずに春樹は申し訳ない思いでその後に続く。


 確かに客観的に考えてみれば非常に怪しいし、これ以上関わらない方がいいのだろう。それは間違いない。

 だが、どうしても煮え切らないのは明らかに相手が春樹のことを知っているからだ。

 自分が知らないのに相手が知っている、それは何だか形のない気持ち悪さを感じさせて仕方ない。


(僕が覚えていないだけで……会ったことはある……?)


 兄や両親に聞いてみれば分かるだろうか。

 関わりたくはないが、すっきりはしたい。これが今の正直な気持ちだ。

 とにかく家族に確認だけはしてみようと気持ちを切り替え、


「え……?」


 ふいにざわめいた胸を押さえ、春樹は呆然と問いかけた。


「セーガ……?」


 春樹の中には、春樹の“力”として守護獣であるセーガが潜んでいる。

 春樹から呼びかけない限り普段はコンタクトを取ることはないが、彼は春樹の中から外の世界を見ることができた。

 それは今も同じである。彼はきっと外を、今までのことを見ていた。

 そしてこの胸騒ぎ。これは警鐘。


 ――セーガははっきりと、「あの男には近づくな」と警告していた。

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