表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭鏡伝  作者: あずさ
14話「災厄は忘れた頃に」
135/153

プロローグ ごめんなさい

 ――しまった。


 真っ暗に閉ざされた闇の中、幼いながらその異様な空気は「危険」だと肌で分かった。

 胸の奥がざわりざわりと騒ぎ立てる。


 ――「いい子にしてないと、こわぁい狼が食べにきちゃうのよ」。


 母親の言葉が頭の中をぐるぐると回って止まらない。

 自分は悪い子だったのだろうか。だから目の前に狼が現れたのだろうか。

 ――目の前にいるはずの男は、狼なのだろうか。


「もう、おうちには帰れないよ」


 暗闇の先から突然声が聞こえ、少年は座り込んだまま体を固く強張らせた。

 必死に体を縮めてみるがそこから自分の姿が消えるはずもなく、ただ床の冷たい感触だけがいやに脳に響いてくる。

 ぼうっと小さな明かりが灯った。

 それは少年が顔ごと上げて見なければならないほどの高さで、ただ不気味に時折揺らめく。


「もう、帰れない」


 強く繰り返されればそれは本当のことな気がして、それは絶望にも近い衝撃であった。

 その絶望への拒絶反応なのだろうか、それともただの恐怖に対するものなのか――体が自分の意思とは関係なく小刻みに震え始める。

 その震えを抑えようときつく腕を自分の体に回した。無駄な抵抗だと分かっていても。

 心臓の鼓動が痛い。胸のざわめきが落ち着かない。


 ――どうしよう。どうしよう?


「……まだ泣かないのか。強いな、お前は」


 小さな炎の奥で再び、声。

 「強い」というのは一見褒め言葉のようだが、その口調には苛立ちや不満がありありと表れている。

 それは叱られている時の感覚に近く、少年はビクリと肩を跳ね上げた。


「あ、の」


 空気を震わせることすら許されることなのか分からなかったが、それでも少年は必死に、ぎこちなく口を開く。

 このまま黙っていればますます男の苛立ちが強まりそうだと分かっていたので。


「ごめ、な……さい」


 声が震えて上手く話すこともままならない。

 もう心臓の音は相手に聞こえてもおかしくないほどに激しくなっている。

 その少年の懺悔を、男は心底不思議そうに聞いていた。


「別に謝る必要はないだろ? お前は悪いことなんか何もしてない」

「で、も」

「大丈夫大丈夫、お前は悪くない。あぁ、知らない人についてっちゃ駄目ってお母さんに言われてたか? まあでも、やっぱりお前は悪くないよ。お前は自主的についてきたわけじゃない。無理矢理連れてこられたんだ。子供のお前が大人の俺に敵うはずないだろ、だからやっぱりお前は悪くない」


 物騒なことをどこか朗らかに言った相手は、一息ついて首を傾げたようだった。

 何となく炎の揺らめきでそう思う。


「なあ。お前、怖くないの? 泣かないの?」


 男の口調はしっかりしているはずなのに奇妙に無邪気で不気味さを増す。

 会話にならないことを理解しつつ、少年は窺うように炎に目をこらし――


「……ごめん、なさい」


 震える声で再び繰り返した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ