エピローグ 未来を奏でる不協和音
クラスにおけるざわめきは明らかだった。みんながみんな、その異質を認めている。
「大樹大樹、近くに美味しいケーキ屋さんがあるってホント?」
「おう、知ってるぜー。ちょっと高いからあんま行ったことねーけど」
「いいなぁ。ね、今度教えてくれる?」
「おうっ。どうせなら食べたいよな! 春兄にお小遣いもらえないか頼んでみる」
「え、いいの?」
「ん、オレも奏とケーキ食いたいし」
「ホント? ありがとう!」
クラスの最小を誇る二人、日向大樹と星山奏一が、しごく和やかに話題に花を咲かせていた。
しかもケーキって。何その意味もなく可愛らしげなチョイス。
二人が仲良くなった、その事実は昨日から知れ渡っていた。
だから現状も当然の結果と言われれば誰も反論できないのだが――しかしこの、周りが近づくのをためらってしまうほどの空気は何なのか。
「え、ていうか奏一くんってあんなキャラだったっけ?」
「さあ……。凸凹コンビと一緒にいて伝染しちゃったんじゃねーの……?」
ひそひそと囁きは止まらない。
しかし狭い教室の中でみんなが囁いていればそれはかなりの雑音で、佐倉椿はため息をついた。
とはいえ、彼女もこの光景を疑問に思う者の一人だ。
初めは奏一が何か企んでいるのかと思ったが、事情を知っていそうな雪斗を見やっても、彼は曖昧に肩をすくめてみせるだけ。
問い詰めても納得のいく答えをくれそうにはない。
「あ、そうだ。うちに来たとき、読んだことない漫画があるって言ってたよね?」
「ん? あのいっぱい巻あるやつ?」
「うん。面白いから、今度うちに読みにおいでよ。貸してあげてもいいけど、持っていくの大変だろうし」
「サンキュー! あれ気になってたんだよなー」
「ついでに泊まってってもいいよ?」
「マジで?」
「もちろん。大樹が泊まりに来てくれるなら、オレも嬉しいもん」
そう言って、それはそれは嬉しそうに奏一が微笑む。
――いやいや、いやいやいや。
椿はとりあえずグリグリとこめかみを揉んだ。
仲がいいのは宜しいことだが、甘すぎて聞いているこちらが辟易する。
ただでさえ普段は凸凹コンビがやたら仲良くつるんでいるというのにそれに奏一まで加わったら――。
そこまで考え、椿はハッとした。
雪斗へもう一度視線を送る。
彼は自分の席をのんびりと立ち上がったところだった。
「ねえねえ、ところでさ」
「ん?」
「ケーキ以外にも、どこか一緒に遊びに行こうよ。もち二人で」
「ちょっと~?」
語尾にハートマークを撒き散らしているのではないかと錯覚させるほど可愛らしい声を出した奏一に割り込んだのは、案の定、沢田雪斗だった。
おぉ、とクラス中からどよめきが起こる。
奏一がとたんに半眼になった。
対し、雪斗はいつものようにどこか抜けた笑みを浮かべている。
ただし声音にはやや非難の色を込めて。
「僕のダイちゃんにあまりベタベタしないでくれない?」
「何ソレ。いくら幼馴染みだからってウザ」
「そっちこそ猫かぶりのくせに~」
「……おいおい……」
そう呟いたのは誰だったか。
――何? 何でバトル勃発してんの?
誰もがそう思い、しかし誰もが指摘できずにいる。
下手に首を突っ込んで巻き添えを食らいたくはなかった。
椿もまた呆れ果て、もう勝手にしてちょうだいとばかりに一歩離れる。
しかしあろうことか隣に大樹がやって来て、ついその足を止めてしまった。
「……大樹」
「仲いいよなー、あの二人」
「――はい?」
思わず素っ頓狂な声が出た自分を誰も責めることはできまい。
そんな椿を気にした様子もなく、大樹は机に腰かけると足をブラブラさせた。
行儀悪いでしょ、ととりあえずハリセンで引っ叩いておく。
痛そうに頭を抱えた大樹はしぶしぶ降り、今度はきちんと椅子に腰を下ろした。
やけに素直だなと思ったら、彼はどこかつまらなさそうに頬を膨らませていて。
「あんた、あの二人が仲良く見えんの?」
「だって何かバーッて」
バーッて何だ、バーッて。ただ言い争っているだけじゃないか。
「オレ、たまに入っていけねーもん」
「いや、まあ……ある意味気は合ってるのかもしれないけど……」
それでこっちに来たのかと納得しつつ、椿は顔を引きつらせる。
――あの二人の話題、否、言い争いの中心が自分だと、彼は本気で理解していないのだろうか。
頭痛くなってきた。
「……えーと、上手く言えないんだけどね」
「ん?」
「友達が仲良しなのはいいことなんじゃないの?」
「? おう」
「じゃあ、喜んでおけば?」
いちいち指摘してやるのも馬鹿らしいので適当にそんなことを言っておく。
すると大樹は一拍置き、「それもそうだな」とうなずいた。やはり単純だ。ものすごく。
「あ、てか椿もケーキ屋行かねえ?」
「えっ……」
思いがけない誘いに言葉に詰まる。
確かに美味しいケーキは魅力的だ。
一人で食べるより友人とワイワイ談笑しながら食べる方が美味しくもあるだろう。
しかし、あの二人に挟まれるのは居心地が悪いとしか言えないような?
「そ、それより春樹さんが帰ってくるのって今日だっけ?」
「おうっ。だから今日は早く帰るんだぜ!」
話を逸らせば、ものの見事に逸らされてくれる。
その声に気付いたのだろうか、奏一がパッとこちらを見た。
雪斗との言い合いとは打って変わった笑顔を向けてくる。
「大樹! 今日はオレと一緒に帰ろ」
「ちょっと! ダイちゃんは僕と帰るってもう約束してるんだからねー!」
「はあ? 大樹が誰と帰ろうと、そんなの大樹の自由じゃん」
「だからって割り込む? ふつう遠慮するものなんじゃないかなー?」
バチバチと散る火花。
正直くだらない。そう椿は思ったが、当人たちにとっては大問題のようだった。
軽く睨み合った二人は同時に大樹へ向き直る。
「「どっち!?」」
まさかの問いに、クラスのみんなも大樹を注視した。
――どちらを選ぶんだ? 一体どっちを!?
しかし根が能天気な大樹はようやく構ってもらえたのが嬉しかったのか――思い切り二人の間に飛び込み、その腕にしがみついた。
そして満面の笑みで言うのだ。
「みんなで帰ろーぜっ」
その笑顔にこの二人が逆らえるはずもなく。
「「……うん」」
すっかり大人しくなった二人を見て何となくクラス中が大樹に拍手を送る中、椿は半ば本気でケーキの誘いをどうするべきか、頭を悩ませた。
■13話「未来を奏でる不協和音」完