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倭鏡伝  作者: あずさ
13話「未来を奏でる不協和音」
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5封目 鬼さんこちら?

 教室に戻ると大樹がすごい勢いで駆けてきた。

 雪斗は若干身を引いたがそんなものは抵抗と呼べず、モロにタックル――大樹自身にその自覚はないだろう――を食らってしまう。

 ぐえっと間抜けな声を漏らしてしまったのも致し方ないだろう。


「だ、ダイちゃーん……?」

「ユキちゃん! 奏も! えーと……帰ろうぜっ」

「?」


 確かに時間も時間であるし、先の椿の言うように日が暮れるのも早くなってきたので帰った方が良い。

 雪斗も、そして恐らく奏一もそろそろ帰ろうとは思っていた。

 しかし、ここまで慌てるほどだろうか。


 その不自然さに気を取られ、雪斗は今日初めてマトモに大樹と会話したのだと気付くのに一拍遅れた。

 ちらと後ろを見やれば、奏一が不機嫌そうに雪斗を睨んでいる。


「な、ほら奏も早く」

「わかった。でも日向くん、そんなに慌てなくても」


 大樹に手を引かれ、奏一は眉を下げながらも柔らかく笑ってみせる。

 その切り替えの早さに雪斗は舌を巻いた。

 初めから疑っているからこそこうして気付くものの、事情を知らなければ大樹でなくても気付かないかもしれない。

 だからといって「すごいね」と褒めるつもりもないけれど。


「ダイちゃん、何があったの?」


 何かあったの、ではない。それは確信。

 帰る用意をしている奏一に聞こえないように声を潜めると、大樹が一度、大きく瞳を瞬かせた。

 彼も「何か」と「何が」の違いに気付いたらしい。

 一瞬笑い――しかし、すぐに瞳が真剣みを帯びる。


「……封御に反応があった」

「え?」

「近くにいるかも。――ユキちゃん、奏を連れて帰ってくんねーかな」


 ダイちゃん、それなんて無茶振り。


 自分や奏一を騒動に巻き込まないように配慮したのだということはわかる。

 ある程度事情を知っている雪斗に頼むのが妥当だということもわかる。

 大樹にしてはずい分空気を読んだ方だと褒めてあげてもいいかもしれない。

 けど決定的で肝心な空気はまだ読めないんだねと、雪斗は顔を引きつらせながら思わずにはいられなかった。


「あ、あのねダイちゃん~」

「さ、準備できたよ。日向くん、帰ろう?」


 無邪気な笑顔を纏った奏一が割り込み、雪斗も大樹もとっさに口をつぐむ。

 それを不思議に思った奏一が首を傾げたので大樹は慌てて笑顔を取り繕ったが、元来、彼はとてもでないが嘘を上手くつける方ではない。

 そのため明らかにわざとらしかった。

 しかし奏一も深く追求はせず、笑顔で応えている。


 大樹が「どうしよう」とばかりに目で訴えてきたが――あのねダイちゃん僕に奏一を従わせることができるならむやみにダイちゃんに近づけさせないで大人しくさせておいて物語はとっくにめでたしめでたしなんだよ――雪斗は力なく首を振った。

 そんなわけで三人は何とも言えない微妙な雰囲気のまま学校を出ることになったのだが、


「――あの」


 校門を出たところで、二人の少年・少女に呼び止められた。

 自分たちと同い年であろう彼らは互いに手を繋いでいて、仲の良さを窺わせる。

 人見知りなのだろうか、ためらいを見せた少女に代わり、少年が一歩前に出た。首を傾げつつ口を開く。


「沢田くん、だよね」

「はい? ……、あー」


 何事かと思ったが、心当たりを思い浮かべて雪斗は小さくうなずいた。


「え、ユキちゃんの友達か?」

「あははー。友達っていうかー」


 笑って説明しようとし、ふいに気付いた。――しまった。


「……奏一くん……?」


 少年の背に隠れるようにしていた少女がか細い声で名前を呟く。

 呼ばれた当人の顔色は悪かった。

 目を見開き、そのまま動かない。視線は少年と少女に固められたまま。


「……奏一」


 少年もその姿を認め、呆然と呟きを漏らした。

 その声で我に返ったのだろう、奏一が後退る。眼はきつく雪斗を睨んでいた。


「……あんたが呼んだわけ?」

「それは」


 事実、だけれど。


「……人の過去を勝手に暴く気?」

「ちがっ……」


 ――わない、かもしれない。

 否定しきれずに黙り込むと、それをイエスだと認識したらしい。

 奏一の表情が一層気色ばむ。


「っ……最低だねっ!」

「奏!?」


 言い捨て、奏一は踵を返した。

 わき目を振らず校舎に戻っていく。

 大樹の声にも止まらない。

 あっという間に姿が見えなくなってしまった。


 こうなれば戸惑うのは当然事情を知らない大樹だ。

 圧倒的に情報量の足りない中、彼は何を思ったのか――もしかするとほぼ反射だったのかもしれないが、キッと見知らぬ二人を睨みつけた。


「奏に何かしたのか!?」

「え、あの」

「ダイちゃん、違う~。落ち着いて~」

「でも!」

「この二人は何も悪くないよー」

「だって奏、あんな泣きそうな……!」

「ダイちゃん。僕が信じられないー?」


 あくまでもおっとりと尋ねると、大樹は言葉に詰まった。

 噛み付かんばかりだった勢いがみるみるとしぼみ、う、とかあ、とか意味のない呟きを漏らす。

 それからどこか悔しげに口を尖らせた。


「……信じられなくなんかない」

「あははー。ちょっとややこしいけど、ありがとう」


 笑い、改めて二人に向き直る。


「二人はね、奏一の前の学校で奏一と一緒だった子~」

「奏の……? てことは奏の友達か?」


 当然の疑問を抱いた大樹に、二人は答えを言いよどむ。

 うなずくのも首を振るのもためらわれたのか、彼らは曖昧に笑ってみせるだけだった。

 雪斗としてもさすがに苦笑を禁じえない。


「まあ、きっと。仲の良い友達だと思ってるなら、あんな風に逃げたりはしないんじゃないかなぁ」

「……でも、この二人は悪くないんだよな?」

「少なくとも僕はそう思ってるよ」

「じゃあ、会ってもダイジョーブなんだよな?」

「奏一が大丈夫なら、だけど~……」


 先ほどの反応を思い出し、頬を掻く。

 説明すら聞かずに走り出してしまった彼だが、果たして説明をしたところで向き合ってくれるのか、あまり自信はなかった。

 大樹が二人はどうなのかと確認の意を込めて見やる。

 目が合った二人は困惑の色を見せつつ、小さくうなずいた。


「俺たちは大丈夫」

「……ちゃんと話がしたいの」


 その言葉を聞き、大樹はニッと笑ってみせた。


「待っててな。話聞いて、連れてくるから。行こーぜユキちゃん」

「あ、待ってよ~」



◇ ◆ ◇



 大樹と雪斗が校舎に戻っていくのを見届け、二人は何となくため息をついた。

 気付かないうちに緊張していたのかもしれない。

 ぐるりと肩を回し、少しでも筋肉をほぐそうと試みる。

 きっと戻ってくるまでまた時間がかかるだろう。

 そう思いながら少年は学校へ目を向け、


「……なあ」

「なぁに?」

「木が、ない」

「え?」


 本来ならしっかり生えているであろう校庭の木々が数本ごっそり消えているのを見、呆然と目を丸くした。



◇ ◆ ◇



 さて、勢いに任せて約束してしまったものの、奏一は一体どこにいるのか。


「奏ー?」


 教室を覗いてみたが見事に誰もいない。

 しかし外靴は靴箱にあったため、まだ校舎内のどこかにはいるはずだ。


「ユキちゃん、そっちはどうだ?」

「ううん、いないー」


 のんびりした声音には余計な力を抜かせる効果があるのだろうか。

 大樹は少しばかり肩の力を抜き、改めて教室を見回した。

 人がいない教室というのは閑散としていてどこか不気味だ。

 しかしガランとしているのはこのクラスだけではないだろう。

 先生以外はもう帰ってしまったらしく、どこのクラスも静まり返っている。

 聞こえるのは自分たちの話し声か、柔らかなメロディーを奏でるピアノの音くらいで――。


「……ピアノ」


 ふ、と大樹は呟いた。

 その呟きを聞き逃さなかった雪斗が顔を上げ、ああ、とうなずく。


「そういえば聞こえるね~」

「音楽室だよな?」

「そうじゃないかなぁ? あれ、でも今日はクラブのある日じゃ……」


 そこまで言った雪斗は言葉を切った。あ、と呟き。


「「そこだっ!」」


 二人同時に叫ぶようにして駆け出した。


「そーだ、昨日も家でピアノ弾いてた!」

「昨日ー? ダイちゃんが泊まりに行ったときー?」

「そう! そーいやそのときも何か考えてるっぽかった!」


 もしかすると彼は考えたいときや落ち込んだとき、気持ちを落ち着かせるためにピアノを弾くのかもしれない。

 そうであれば今弾いていることも納得できる。


「でも何か意外かも~」

「そっか? すっげー上手かったぜ……ぅおあ!?」

「ダイちゃん!?」


 何かに足を取られ、勢いですっ転ぶ。

 受身を取る暇もなかったので強かに打ちつけた。

 痛い。これは地味に痛い。


「ダイちゃん、大丈夫~?」

「何だよっ……、って、木……?」


 大樹がつまずいたもの、それは確かに木、それも恐らく枝の部分であった。

 外ならともかく学校の中にあるそれは場違いでしかない。

 視線で先まで辿っていけば、それは窓の外に続いている。


 何でこんなところに?

 そう訝った瞬間、ソレは、にょろりと動いた。


「げっ」


 とっさに立ち上がり身をかわす。

 木の枝が――追いかけてくる!


「うおあああ! やっべ、そうだ、渡威のこと忘れてたぁああ!」

「うわあ……数、増えてるよー?」

「ひぃい!?」


 雪斗の声につられて振り返ってみれば、彼の言う通り、木の枝が無数に増えている。

 それらが互いにうごめいているのが見ていて不気味だった。

 これはもうとりあえず逃げるしかない。

 もたもたしているとどうなるかわからない!


「核を封御で突けば封印できるんだっけー?」

「おう! でもこれじゃどこに核があるかわかんねー!」


 苛立ちを隠しもせずに叫び、対渡威用の武器・封御を取り出す。

 渡威に反応する玉が淡く光を放っていた。

 雪斗たちを待っていたときに見たのと同じ光だ。

 だからこそ帰るときに警戒していたというのに、それをすっかり忘れていたなんて……さすがに大樹も自分に呆れるしかない。


 ひたすら廊下を走っていると、職員室の前を通ったところで木々が職員室のドアを固め出した。

 すごい勢いで覆ってしまう。

 これでは中から出られないし、そもそもどうなっているのかろくに見られないだろう。

 こうやって他の学校のドアも封鎖するつもりだろうか。

 もし封鎖されたら閉じ込められてしまう。


「……! ユキちゃん、奏を頼む!」

「……わかった」


 一瞬ためらいを見せた雪斗だが、言い合いをしている時間はないと判断したらしい。

 すぐにうなずき、音楽室へと走り始めた。

 木々はそれを追わない。どうやら完璧に狙いは大樹だけのようだ。


「“これでちゃんと一対一だよな……ぅおあ!?”」


 言い終わる前に枝が迫ってくる。

 危ねえ、超危ねえ。


「いやいやいややっぱ一対一じゃなくね!? あっちいっぱいじゃね!?」


 正直大樹には枝しか見えていないので、大本が一本の木なのか、複数本なのかよくわからない。

 ただ、この数と量なら――なにせ職員室のドアを全て封鎖したにも関わらずまだまだ有り余っている――複数であってもおかしくなかった。

 むしろその方が説得力がある。


“オイデ”

“オイデ”


「“こんな気味悪い誘いに誰が乗るかっ”」


 思わず叫び、伸びてきた枝を封御で叩き落す。

 雪斗と奏一が逃げられるまでとにかく自分に引き付けておくこと、あわよくば核を見つけ封印してしまうこと、その二つを大樹は頭に刻み込んだ。


“オイデ”


 ずるりずるりと枝が絡み合いながら迫ってくる。


「“――捕まえてみやがれ!”」


 吐き捨て、身を翻し一気に走り出す。


(音楽室にはあんま近づかない方がいいよな! あと……玄関もか?)


 大雑把ではあるものの、大樹なりに考えながら逃走経路を確保していく。

 鬼ごっこだと思えば気が楽だった。

 休み時間によくやったものだ。

 時々調子に乗りすぎて椿に「あまり走るな」と怒られるが、今は他に人もいないし、注意してくるであろう先生も出てこられる状態ではないので思い切り走ることができる。

 それに絡み合った枝は重く、さほど速くなかった。

 これなら逃げ切るのもそう難しくはなさそうだ。


(あ、逃げ切っちゃダメなのか!?)


 少なくとも雪斗と奏一が学校を出るまではつかず離れずをキープしなければいけない。

 ――思った以上に面倒くさいかもしれない。


 ふいにピアノの音が止んだ。

 雪斗がたどり着いたのだろうか。

 そう意識をわずかに逸らしたとたんに枝が顔をかすめ、慌てて横に身を引いた。


「危ねっ……」

“ちょこまかと……”


 重苦しい音を立てた枝が動きを止める。

 それを確認した大樹は枝から距離を取り、一度足を止めて振り返った。


「“へへーんだ。そう簡単に捕まってたまるかよ”」

“……こちらに来る気はないようだな”

「“だったら何だ? また鬼ごっこすんのか?”」


 動きを止めた渡威に合わせて立ち止まった大樹だが、当然警戒は怠っていない。

 すぐにでも走り出せる。

 だが、枝は退いた。


「……え?」


 ゆっくりと下がっていく渡威に戸惑いを隠せない。

 諦めたのか? もう?


“此の儘では捕らえられそうにない”

「……?」

“だから、――追わせてやろう”

「は……」


 何を言っているのかわからず呆けている内に、木々はどんどん元の道へ戻っていく。

 角を曲がってしまえば枝一本大樹の視界に映らなくなる。

 その角を曲がりきる直前、渡威は、ニタリと笑んだ気がした。


“もう一人が向かったのは音の鳴る部屋だったか……”

「――っ!」


 わかった。ようやく、あちらが何を言っているか理解した。


 渡威は大樹を捕まえられないから、友人である雪斗を狙うというのだ。

 それが嫌なら止めに来いと、追って来いと、そう言うのだ!


「ふざけんじゃねぇ!! 何でっ……」


 叩きつけるように叫ぶが、渡威の姿はもう見えない。

 かぶりを振る。文句を言っている場合ではない。


(ユキちゃんはもう出たか……っ?)


 さっきピアノの音が止んだ。

 それが雪斗が奏一と合流したためなら、二人はすでに校舎を出ている可能性も高い。

 その場合、あの渡威の口車に乗る必要などない。

 でも、もしまだだったら。まだ音楽室にいたら。


「ちくしょ……っ!」


 封御をきつく握り締め、大樹は渡威とは違う方向へ走り出した。

 少しでも早く音楽室に着くために。

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