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倭鏡伝  作者: あずさ
2話「子守唄はレクイエム?」
13/153

5封目 信じられない、信じない

「大樹!!」


 家へ飛び込むなり、春樹は自分でも驚くほどの声で叫んでいた。

 もどかしい思いで靴を脱ぎ捨て、弟の姿を探す。

 彼は部屋でテレビゲームをしていた。

 こんなときに! と怒りが膨れ上がりそうになったが、よく考えてみれば大樹は今の状況を知らないのだ。

 文句を言っても仕方ない。


「大樹、椿ちゃんの家行くぞ! 準備しろっ」

「椿の? 何でまた……」

「いいから早く!」


 さっさとしろ、とゲームの電源を消すと、大樹がとたんに悲鳴を上げた。


「あ――――っ! オレの記録が――――っ!!」

「あとで何時間でも付き合ってやるから!」

「んなこと言ったって、これ春兄の苦手な格闘ゲーム……」

「文句もあ・と・で」


 ずいっと彼の前で凄むと、気迫に負けたのか大樹が押し黙った。

 そんな彼に封御(ふうぎょ)を渡してやる。

 封御というのは渡威を封印するのに使用する、槍に似た形の武器だ。

 これで渡威の持つ“核”を突けば封印出来るのだが、いつどこに渡威が現れるかなどわからない。よって今の自分たちには必需品である。


 それを受け取った大樹と家を飛び出す。

 気持ちは焦っていても鍵だけはきっちり閉めた。

 几帳面な性格なのだ、こんなときでも。


「春兄、何がどーなってんだよっ? 椿がどうかしたのか?」


 自分の後を追いかけてくる大樹に訊かれ、春樹はちらりと後ろを見た。


「どうなってるのかは僕もわかんないよ」

「はあ?」

「でも葉兄が言ってたんだ。それに……明らかに椿ちゃんの様子はおかしかったし」

「それはオレも思ったけど……」


 公園まで全速力で来た二人は、一度その足を止めた。

 椿が走り去った方へ歩を進めながら、キョロキョロと家の周りを見回す。


「ところで春兄、椿の家知ってるのか?」

「何で僕が知ってるのさ」

「何でって……じゃあどうやって行くんだよ」


 不思議そうに顔を覗き込んでくる大樹に目を丸くする。

 ――何だって?


「……って、おまえも知らないの?」

「おう。知ってんのはこの辺に住んでるってことだけ」


 胸を張る彼に唖然としてしまう。

 そんなのちっとも威張れることではない。

 春樹は、てっきり大樹が道を知っていると思い込んでいたのに。


「それじゃおまえを連れてきた意味ないじゃん!」

「!? 春兄……オレを道案内させるためだけに連れてきたのかよ!?」

「う、いや、そーゆうわけじゃ」

「ひっでー! それ以外に役に立つことないって言いたいのか!?」

「誰もそこまでは……」


 言っていない、と思ったが大樹は全く聞いていなかった。

 彼はキッとこちらを睨んでくる。

 といっても、状況が状況なだけに大して怖くない。


「~~~~春兄のアホっ! ぶじょく!」

(……えーと)


 侮辱の使い方、間違ってるし……。


「……ごめん、僕の言い方が悪かったよ。別に役に立たないだなんて思ってないから」


 口調をいくらか柔らかくして謝ると、大樹が上目でこちらを見た。

 全く、彼の真っ直ぐさにはたまに苦笑したくなる。


「……ホントか?」

「ホントホント。それで頼みがあるだけどさ」

「頼み?」

「うん。あそこに小鳥がいるだろ? 椿ちゃんの家を知ってるかもしれないから、訊いてきてほしいんだ」

「! ……ナルホドっ」


 納得した大樹が、ポンと手を打った。

 それから二羽の小鳥の元へと駆けていく。

 少しして、彼は何か話すような素振りを見せた。

 ――そう、彼の能力は“人以外の声を聞けること”なのだ。

 話すことも一応可能らしいので、動物とも会話が出来るのである。


 他にもニ、三言会話した大樹が、くるりとこちらを向いた。

 彼は駆け戻ってきながら、笑顔で結果を報告してくれる。


「この先の角を右に曲がった、二つ目の赤い屋根の家だって!」


 言われた通りに進んでみると、確かにその家は存在した。

 表札にもきちんと「佐倉」と書いてある。


「……おまえの“力”って便利だよね、こーゆうとき」

「何だよ。聞くだけならともかく、話すのはけっこー疲れるんだぜ?」

「わかってるって。……おまえがいて助かったよ」


 微笑むと、大樹の顔がパッと輝いた。

 これでもう、さっきの言い合いは彼の頭の片隅にも残っていないだろう。

 春樹はこっそり安堵の息をついておく。


「それにしても……問題はここからだ」

「? 問題って何だ?」

「だって……ぅわ、待っ、大樹!」


 今にも呼鈴を押そうとする大樹にぎょっとする。

 ちょっと待て!


「いきなり僕らが押しかけたら、あっちも警戒するだろっ」

「けいかいぃ?」


 慌てて止めに入った春樹に、大樹がすっとんきょうな声を上げた。

 しかし可能性は十分にあるのだ。

 春樹はついさっき彼女と会話して逃げられたばかりだし、彼女は何かを隠しているようだった。

 正面から乗り込んでも拒絶されては終わりである。


「そんなこと言ったって、他にどーすりゃいいんだよ!」

「とりあえず中の様子がわかれば……」


 呟き、春樹は目を閉じた。

 大樹がきょとんとしてこちらを見ているが構わない。

 神経を一点に集中させ、――静かに呟く。


「――セーガ」


 呟きと共に、うっすらと煙が現れた。

 その中から黒い、犬のようなものがゆっくりと歩み出てくる。

 普段は羽も生えているのだが、ここが倭鏡ではないことを考慮してか今は消してあるようだ。

 こうして見ると、普通の犬とも大差ない。


「セー……っむぅ!?」


 瞳を輝かせて叫ぼうとした大樹の口を反射的にふさぐ。

 彼がセーガを気に入っていることは知っているが、ここで騒ぐには彼の声は大きすぎる。

 暴れる大樹を無視し、春樹はセーガへ微笑みかけた。


「セーガ。ちょっとお願いがあるんだけど……頼まれてくれる?」


 セーガが黙って顔を上げる。まるで「早く言え」というように。

 そんなセーガの態度に、春樹はホッと胸をなで下ろした。


「この家の中の様子、見てきてほしいんだ。何か変わったことがあったら教えてほしい」


 簡潔に説明すると、セーガがくるりと体の向きを変えた。

 後ろ向きのまま一度うなずき、隙間を利用してするりと家の敷地へ入っていく。

 それを見守っているところで、ようやく解放された大樹が勢い良くこちらを振り返った。

 彼は涙目で見上げてくる。


「~~~~っ」


 通訳するなら、「せっかくセーガと会えたのに!」だろう。

 気持ちはわかるが、今はそれどころではない。

 春樹はセーガへ視線を戻した。

 セーガはカーテンの隙間から家の中を覗いている。

 そこで何を見たのか、彼はわずかに目を細めた。

 軽やかな足取りでこちらへ戻ってくる。

 ――何かあったのだ。


「セーガ、どう……」


 どうだった、という言葉を無意識に飲み込んだ。

 セーガはこちらを見上げ、静かに口を開く。

 ――その報告内容に、二人は同時に叫んでしまった。


「「渡威!!?」」


 お互い、その声の大きさにハッとして口をつぐむ。


「と、渡威って……え?」

「椿の家に?」


 混乱する二人をよそに、セーガがただうなずいた。

 彼の冷静さはいつものことだが、それにしても何という急展開だろう。

 こんなのありだろうか。


(……葉兄が視たのはこのことか……)


 思い当たり、無性に泣きたくなる。

 あの兄はなぜ、こんな大事なことを教えてくれない?


「とりあえずわかった……。ありがとう、セーガ。戻っていいよ」


 呼びかけると、彼は再び姿を消した。

 その際、一度だけこちらに目を合わせる。「頑張りな」と。

 彼の姿が完全に消えると、春樹は気を取り直して家を見上げた。


「……困ったことになったな……」


 まさか渡威が絡んでいたなんて。

 春樹は大樹を見た。彼も戸惑ったようにこちらを見ている。

 きっと考えていることは同じだ。


「どうすんだ、春兄?」

「どうしよう……。封印しなきゃいけないのは確かなんだけど」


 そのためには家の中に入らなければいけない。

 そうなると再び最初の問題に突き当たってしまう。

 これでは堂々巡りだ。

 かといって、渡威を外におびき出す方法も浮かばなかった。


「何とか彼女を説得出来ないかな。いざとなったら一から全部教えてでも」

「倭鏡のこととか? ……無駄じゃねえの? あいつ、そーゆうの全然信じねーもん。オバケとかUFOとか」


 非科学的なことは、というニュアンスに春樹はうなずいた。

 それが当然の反応だろう。

 異世界の存在だなんて、雪斗のように全く疑わずに聞いてくれる方が珍しい。


「でも出来る限りやってみないと……」


 呟いた春樹は、家のドアがわずかに開いていることに気づいた。

 椿がそっと覗いているのだ。

 やはり騒ぎすぎて、中まで声が届いていたのだろう。

 それが気になって少し様子を見に来たに違いない。

 春樹に気づかれたと知り、椿が慌てて奥に戻ろうと身体を引っ込めた。


「椿ちゃん! 待……っ」


 ドアが閉まる!

 ――そう思った瞬間、大樹が間に割り込んだ。


「逃げんなっ!」

「きゃ……っ、大樹!? 手、ドアから放しなさいよ!」

「おまえこそ話くらい聞けっつ~~の~~~~っ」


 今にも閉まりそうなドアを大樹が力ずくで止めようとしている。

 そのとき、ドアの間から女性の姿が見えた。

 全体的にどこかうっすらとした、存在感すら薄い女性。

 その女性はこちらを見て……口元だけで笑む。


(渡威だ……!!)


 額に、渡威の証である核が見える。

 はっきり確信すると、春樹は大樹を手伝った。

 そうなれば当然、彼女が力で勝てるはずもない。

 あっさりドアは開かれてしまう。


「…………っ!」


 彼女は観念したように家から出てきた。

 しかしドアを閉め、それを背にかばいながら、である。


「……何なんですか、一体」


 それは春樹に向けられた言葉のようだった。

 春樹は一呼吸置き、慎重に言葉を選ぶ。


「……さっき、中に女の人がいたよね?」


 この質問に彼女は答えなかった。

 構わずに続ける。


「実はあれ、渡威っていう倭鏡の生き物なんだ」

「と……い? わきょう……?」


 聞き慣れない単語に、彼女が眉をひそめる。

 まあ、大体予想していた反応だ。


「信じられないかもしれないけど……鏡を通して存在する異世界というものがあって、そこが倭鏡なんだ。僕たちの父さんはそこの人間で……。あ、でも母さんはこっちの人間だし、ちょっとした能力があるだけで普通の人と変わらないんだけど」

「異世界……? 能力?」

「うん。……それで渡威っていうのは、元々倭鏡の生き物で。よく悪さをしていたせいか、本当は封印されていたんだ。でも、この前それが盗み出されて……封印を解かれた渡威が何体かこっちの世界に逃げちゃって。だから今、僕たちはソレを封印しようとしてるんだよね」

「……あんたも、なの?」


 まだ疑わしげにしながら、椿が大樹に視線を移した。

 突然話を振られて目を丸くした彼が、やがて、バツが悪そうな顔でうなずく。


「そっ。ユキちゃんも知ってるぜ?」

「雪斗が?」


 彼女が小さく目を見開いた。

 だがそれ以上の反応も示さず、そのまま黙り込んでしまう。

 それを境に、「詳しいことはまた後で説明するけど」と春樹は話を戻した。


「だから、あの女の人は渡威なんだ。それは額の核が証明している。……あの人は、椿ちゃんのお母さんじゃないんだよ」

「!!」


 椿がカッとしたように顔を上げる。

 その反応に、春樹は思わず目を伏せた。

 やはり予想は当たっていたのだ。あの女性は彼女の母親の姿だと。


「――信じられません」


 震える声で呟き、彼女は強く拳を握った。

 懸命に平静を保とうとしているが、その姿が却って痛々しい。


「異世界? 渡威? 能力? そんな……そんなこと、信じられるわけないじゃないですか。馬鹿馬鹿しいにも程があります。……私は信じません」

「……何なら、僕の“力”を見せてもいいよ?」

「信じませんっ!」


 彼女は全てを拒絶する勢いで言い放った。とりつく島もない。


「……だから言ったじゃん、春兄」

「大樹……」


 ほら見ろ、と言わんばかりの大樹に苦笑する。

 だが、彼の顔を見てその苦笑も消えた。

 口調からして呆れた顔をしていると思ったのだが、彼はむすっとした顔で椿のことを睨んでいる。

 何やらとてつもなく不機嫌らしい。


「もう帰ってください。早くここから出てって!」

「でも! 椿ちゃん、僕たちは……っ」

「あなたたちなんでしょ!? ママが言ってたのは! だったらもう来ないで!」

「え? 言ってたって何を……」

「ママが言ってたの、『もう会えないかもしれない』『私を消そうとしている人がいる』って! せっかく会えたのに……そんなことさせません! ママは誰にも渡さない……っ!」


 強い口調で言われ、春樹は何も言い返せなかった。

 ふと葉の言葉を思い出す。


『会いたいときには会いに来い。甘えたいときは甘えろ』


 彼女は母親が死んでから、それがしたくても出来ない状況だったのだ。

 だからこそこうして母親が現れた今、必死にしがみつこうとしている。

 もう手放すまいと。二度と失うまいと。

 それを引き離すのは――どうも残酷な気がしてならない。


(どうすれば……)


 どうしようもなくて焦りが募る。

 一旦出直そうかとすら思った。

 その刹那、大樹が突然わめき散らし始める。


「だあぁも―――っ!! 何なんだよさっきから!」

「だ……大樹?」


 どうやら我慢の限界だったらしい。

 彼は地団駄を踏みそうな勢いで椿に詰め寄った。

 もはや暴走しているとしか思えない。


「椿! 信じる信じないじゃねえっ! あれは渡威なの、もう決定なのっ!!」

「違う! ママだもん!」

「さっきからママ、ママって……あれは渡威だって言ってるだろーが! 春兄の言うことが信じられねーのか!? おまえは渡威に騙されてんだよっ!」

「違うって言ってるでしょ!? ママは帰ってきてくれたのよ! 私が寂しがってたから……だから帰ってきてくれたの! そう言ってたもん!」

「しっかりしろよ! ――おまえの母親は死んだんだっ!!」


 パンッ――――

 椿の手が大樹の頬を打った。

 彼女は瞳に涙をため、力一杯に大樹を睨む。

 小刻みに震える身体を必死に抑えながら、――声を絞り出すように吐き捨てた。


「……っ、最低……っ!!」

「あ……椿ちゃん!?」


 走り去る彼女に慌てる。

 何でこんなど修羅場になってしまったんだ!?


「追え! 春兄っ!」

「だっておまえは……!?」

「オレはダイジョーブだって」


 大樹がしっかりとうなずいた。

 彼は真剣な面持ちで家を見上げる。


「オレ、渡威の相手してるから。さっさと椿を説得して戻ってこねーと、春兄の出る幕なくなるぜ?」


 あくまでも強気に笑う彼に、春樹は感心の意味を込めつつ苦笑した。


「……わかった。でも無茶はするなよ」

「おうっ」

「封印の仕方はわかってるな?」

「核を封御で突けばいいんだろ? それくらい覚えてるって」

「無理だと思ったらとりあえず逃げるんだぞ」

「……わかってるよ」

「あと深追いもするな、命取りになるから」

「だぁっ! 春兄細かいっての!」


 大樹がうんざりしたようにわめく。

 しかし仕方ないだろう。彼一人では自分も何かと心配なのだ。

 早く行けと急かされ、春樹は椿の元へ駆け出した。




◇ ◆ ◇



「…………」


 春樹の姿が見えなくなると、大樹は家へと向き直った。

 ズカズカと歩み寄り、ドアの取っ手に手をかける。


「……椿のバカヤロー」


 呟き、一度深く息を吸った。

 気合いを改めて入れ、――思い切りドアを開く。


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