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倭鏡伝  作者: あずさ
13話「未来を奏でる不協和音」
127/153

2封目 いたいけな小動物は獰猛に笑う

 何だよそんな改まってっていうか言われなくても同じクラスなんだしむしろ最初から友達じゃんよろしくな!


 奏一から友達になってほしいと申し出られた大樹は、よくわからないが友好であることは自明の言葉を一気に並べ、笑顔で受け入れた。

 雪斗の知る限り大樹の「友達」という定義はかなり広く深い――困っているときに見知らぬ人に助けてもらったりすれば、もれなくその人は大樹にとって友達となる――ので、彼がその申し入れを拒否するはずがない。

 受け入れられた奏一は安堵に表情を緩め、わずかに頬を染めた。

 嬉しそうな笑顔には母性本能をくすぐるものがあるのだろう。

 背後で女子たちが「癒される~っ」と騒いでいるのが聞こえる。


 一方で男子は、雪斗に「チビちゃん同盟発足か? 大樹取られちまったな」とからかいの声をかけてくる。

 悪意よりもただ面白がっているだけの発言だったので、雪斗はいつもと同様、のんびりと笑っておいた。


 ともかく転校生である星山奏一は、わずか数分にてクラスのマスコット的位置を得たわけである。

 それはいい。


 ――ただ……。


「日向くん」

「んー?」

「あの……今日、家には誰もいないって言ってたよね」

「おう。だからユキちゃんの家に泊まりに行くんだぜ♪」


 放課後、生徒もパラパラと家路に着く頃。

 帰る準備をしていた大樹に話しかけてきた奏一は、ちらりと上目で見やった。

 落ち着きなく両手を組んだり離したりしている。

 もう教室に残っているのは自分たちだけなので、雪斗の耳にも自然とその声は届く。

 ちなみになぜ残っているのが自分たちだけなのかというと、毎回、帰る準備の済む最下位が雪斗だからだ。

 いつも待たされることになる大樹は「のんびりしすぎ」とむくれることもしばしばである。

 ただし最近は慣れたようで文句もほとんど出てこない。

 慣れとは恐ろしいものだ。


 感慨に耽りながらもまったりゆったり準備を進める雪斗。

 それより少し離れたところで会話は続く。


「そのお泊まり……ボクの家でやるのは駄目かな」

「へっ? いいのか?」

「うん。ボクの家、遅くまで両親が帰って来ないから……日向くんが来てくれると、ボクも嬉しいなって」

「奏の家かぁ。せっかくだから行ってみたいなっ」

「ホント?」

「おうっ。あ、ユキちゃんも一緒でいいよな? 元々一緒に泊まる約束してたわけだし」

「あ……」


 笑顔で対応する大樹に反して、奏一の表情が曇りを帯びる。


 星山奏一は一躍、クラスのマスコットとして人気を集めた。

 ――ただ。

 ただ、彼の瞳は決して雪斗を映そうとしないことを、雪斗は先ほどから気付いていた。

 理由はわからない。

 何か知らぬ内に嫌なことをしてしまったのかもしれないが、そもそも何かアクションを起こすほどの接触すらしていない。


「あの、ええと……ごめんね。日向くんにこんなことを言うと困らせるかもしれないけど……」

「奏?」

「ボク、沢田くんって何だか苦手なんだ……」


 しゅんと垂れる頭。伏せられた瞳。縮められたか細い肩。掠れそうなほど震えた声。

 それらは一つ一つが愛らしい小動物を思わせた。

 誰かがお持ち帰りしたくなってもおかしくないほど。

 恐らく大樹もその一人だったのだろう。

 彼は可愛いものが大好きで、もちろん小動物もストライクゾーンど真ん中に値する。

 よって、大樹流に表現するなら彼は今「キューンとしてグッてなってギュッとしたい」状態に違いない。


「奏! ダイジョーブっ!」

「え? え?」


 ぎゅっと奏一の両手を包み込んだ大樹は熱く語り始めた。


「ユキちゃんは大きいから怖く見えるのかもしれないけど! むしろヘニャーってしてすぐフニャーってなるし全然怖くないんだぜ? すっげーいい奴! とにかくすげーの。頼りになるしほんといい奴! 奏もきっと話せばわかるからさ、なっ?」


 圧倒的に語彙の足りない、勢いだけの言葉。

 それでも大樹の言葉や想いには一点の曇りもない。

 それがわかっているからこそ、雪斗はこっそり頬を掻いた。

 照れくさい。

 一部褒められている気がしない部分もあったが良しとしよう。

 もう少し空気を読んで声量を下げるべきだという野暮なツッコミも置いておこう。

 奏一も大樹の熱弁に目を丸くしていた。その大きな瞳を無言で瞬かせる。


「よし!」

「え?」

「オレ、えーと、えー、トイレ! 行ってくる!」

「えっ……」


 独りで納得したらしい大樹は、キリッと手を上げて教室を飛び出していった。

 本当にトイレに行ったのか慌しい足音が遠のいていく。

 これで教室にいるのは雪斗と奏一だけだ。


 ――そんな、ベタベタな。

 ある意味非常に男らしい、潔い誤魔化し方ではあるが。


(まあ、ダイちゃんらしいかなぁ~)


 不器用すぎる気の遣い方だと、雪斗は笑いを堪えて奏一を見やった。

 奏一もこちらを振り向く。

 ここまできたならとりあえず何か言わねばなるまい。


「えーと~……」


 机に手をついて立ち上がり、


「勘違いしないでほしいんだけど。オレ、あんたみたいにヘラヘラした奴嫌いなんだよね」


 ――動きも思考回路も、全てが止まったような気がした。


「…………えっと」

「聞こえなかった? オレはあんたが嫌いって言ったんだけど」


 雪斗はまじまじと目の前の相手を見つめた。

 相手は机の上に腰を下ろし、足を組む。

 大きな眼を細めてこちらを鋭く睨めつけていた。

 口の端はわずかに歪んでいる。

 笑っているように見えたが気のせいだと気付いた。鋭い眼差しには感情など見えはしない。

 その相手は、紛れもなく星山奏一だった。


「馬鹿みたいにヘラヘラ笑って。気色悪いね」

「……奏一?」

「気安く呼ぶな」

「……」

「大樹とは幼馴染みなんだって? それで仲良しな友達を演じる児戯ってわけか。凸凹コンビなんて呼ばれてさ、もう見てられない。寒々しくて笑えちゃうよ」


 矢継ぎ早に投げつけられる言葉に雪斗はしばし立ち尽くした。

 首を傾げる。

 とりあえず、笑った。


「うーんとねえ。僕とダイちゃんは、ママゴトをしてるつもりないよー?」

「へえ?」


 窓から差し込む夕日に照らされた彼の表情には、侮蔑の色しかなかった。


「いつまでそんなこと、言ってられるかな」

「……どーゆうこと?」

「壊してあげる」


 クスクスと彼は笑った。眼光は相変わらず鋭いまま、それでいて心底可笑しそうに。

 そのまま彼は身軽に机から降りた。同時に教室のドアが開く。


「ただいまー!」

「日向くん、お帰り。早かったね」


 控えめに微笑む姿は、いたいけな小動物。


「やー、気になってつい。奏、何か話したか?」

「うん……。でも沢田くんは、今日は遠慮するよって。ボクの家にいきなり二人も泊めたら大変だろうからって気を遣ってくれたみたい」

「そーなのか?」


 きょとんと瞬いた大樹は雪斗を振り返った。

 だが、雪斗は何も言えない。

 言葉は詰まったまま形として出てくることがなかった。


「それにもう少し準備に時間がかかるから先に帰っていいよって……」

「ユキちゃん?」


 大樹の表情に怪訝さが混じる。

 一拍遅れた後、雪斗は反射的にうなずいていた。


「あ、うん、そう~」

「でも準備が遅いのなんて今さら」

「ごめんねダイちゃん。実は寄らなきゃいけないところもあって~」

「……そっか」


 遮られたことに目を丸くした大樹だが、それでも納得したのか、残念そうに表情に陰を落とす。

 しかしそれも一瞬。

 大樹は持ち前の切り替えの素早さで気持ちを吹き飛ばした。


「じゃあユキちゃん、また明日な! 明日はユキちゃんの家に泊めてもらうから! 今日、急にキャンセルしてごめんって皆に伝えといてくれな」

「うんー。大丈夫ー」


 いつも通りの大樹の笑顔にどこかホッとする。

 だが、


「沢田くん、――バイバイ」


 奏一のはにかむような微笑みに、身体が急激に冷えるのを感じた。



◇ ◆ ◇



 どれくらいぼんやりしていたのだろうか。

 立ったまま居眠りをしていたような心地で、雪斗は緩く首を振った。

 教室の机の並びは乱雑だが直す気にはなれない。


 何だったのだろう。

 その疑問が頭から離れない。

 見間違いでも聞き間違いでもなかった。

 あの鋭い口調で言葉を叩きつけてきたのも、皆の前でおどおどしていたのも、どちらも奏一のはずだ。

 しかしあそこまでの差を見せつけられては、にわかには信じられない。


(二重人格? まさかなあ~)


 どこか呑気に考えながら鞄を手に取る。

 そこで教室のドアが開いた。


「あ」

「委員長~」


 入ってきたのは佐倉椿だった。

 女子の中でも特に気軽に話せる相手で、雪斗はニヘラと笑っておく。


「どうしたの? まだ帰ってなかったんだ~」

「うん……先生に頼まれていた用事があって、その後、友達から気になる話聞いちゃって」

「……委員長?」


 首を傾げる。

 彼女の普段は気丈な表情が今ばかりは曇っていた。考え込んでいるのか、眉間にシワを寄せている。

 だが、ふと顔を上げて瞬いた。


「あれ? 大樹は?」

「え?」

「珍しいじゃない、別々なんて。今日、お泊まりなんでしょ?」


 なぜ椿にまで情報が知れ渡っているのかと苦笑したが、すぐに大樹が話したのだろうと思い直す。

 大樹と椿は遠慮なく話し合える仲であるし、そもそも大樹には遠慮する相手などいない。


「えーと……そのはずだったんだけどー……予定変更で、ダイちゃんは奏一の家にお泊まり~」

「え……」

「委員長?」


 再び椿の表情が曇る。

 ためらうような素振りを見せ、綺麗な黒髪を掻き上げる。

 次いで深いため息。


「雪斗は? 一緒じゃないの?」

「僕は~……うーん、ちょっとねえ」


 あははーと笑っておく。何と言っていいかわからなかったし、第三者の椿を巻き込むことに気が引けた。

 何より雪斗には未だに事情が呑み込めていない。


 しかし、その曖昧な返事に何か思うところがあったらしい。

 椿は周りに誰もいないことを確認し、そっと口を開いた。


「あのね、これは噂話で証拠があるわけじゃないから言うつもりはなかったんだけど」

「うん?」

「友達から聞いた話ってのが、星山くんについてなの」

「奏一について?」


 瞬くと、彼女はコクリとうなずいた。


「その友達の友達が、転校前の星山くんと同じ学校だったんだって。そこで星山くんが、友達の仲をメチャクチャにしたって……。詳しくは知らないけど、裏切られたって女の子が泣いちゃったみたい。そのままこっちに転校してきたらしいんだけど、そーゆう話、一つ二つじゃないらしくて」


 そこまで言い、椿は一息ついた。

 あやふやな話を勝手にしたことが後ろめたいのか、わずかに眉を下げる。


「名前が一緒だからって本人とは限らないし、そもそも友達の友達から聞いた話なんて真実味に欠けるんだけどね。ただ……何となく、ちょっと気になって」

「あははー。もしかして委員長、僕とダイちゃんのこと心配してくれたー?」

「そんなわけないじゃない」

「そうー?」

「そうなの! 教えたのは念のため。あんたたちの仲が簡単に壊れたら盛大に笑ってやるわよ。できないけどコサックダンスでグランド一周してもいいわ」

「できないのに?」

「できないから言ってるんでしょ?」


 なぜか腰に手を当て胸を張る椿だが、雪斗はどう捉えていいのかわからない。

 一応信用されているのだろうかと頭を捻った。それなら嬉しいのだが。


「あー……でも、大樹は超がつく単純だものね。あっさり騙されそう。あいつの頭は年中春よ、エイプリル・フールよ」

「あはは~。でもダイちゃんはけっこー敏感さんだよー」

「敏感肌ってこと? 確かにかなりのくすぐったがりだけど」

「うーん、それもあるけどそうじゃなくてぇ」

「野生の勘が強い?」

「そんな感じかなぁ」


 それ以上説明するのはためらわれ、雪斗は曖昧に笑って誤魔化した。

 上手い言葉も見つからない。自分は説明が下手だなとつくづく思う。


「とりあえず委員長、ありがとう~」

「お礼を言われるほどのことは何もしてないけど……」

「ううん、助かったよー。色々突破口になりそう~」

「?」


 椿がきょとんと瞬く。

 彼女自身は奏一の一面しか見ていないのだから仕方ない。

 そしてまだ一面しか見ていないという点では大樹も同じだ。


(単に僕が嫌われてるだけなら構わないけどー……)


『壊してあげる』


 ――雪斗以外にも事が及ぶのなら、構わないわけにいかない。


 雪斗は笑いかけた。いつものようにのんびりと。


「ねぇ、委員長。お願いがあるんだ~」

「お願い?」

「そうー。その話をしたお友達、紹介してほしいなぁって」

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