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倭鏡伝  作者: あずさ
13話「未来を奏でる不協和音」
126/153

1封目 時期外れの転校生は不穏と共に

「大樹」


 呼ばれたとき、すぐには自分の名だと気づかなかった。

 日向大樹はくぐもった声を上げ――たかどうかもはっきりしない。

 それでも何度も名を呼ばれ、揺すられ、叩かれ、耳元でフライパンをおたまでがんがん叩かれたところでようやくその目を薄っすらと開いた。

 兄の春樹が覗き込んでいることをぼんやり理解し、時計に目を走らせる。

 そしてまだ六時であることを確認。


 ――六時。早い。早すぎる。


「……はるにい」

「起きた?」


 声をかけられ、無意識の内にうなずいておく。

 横になった状態なのできちんと相手に通じているのかは定かでない。


「……おはよーございます……」

「おはよう」

「おやすみー……」

「待て」


 目を閉じようとした瞬間、布団を引っぺがされた。

 さらにカーテンを開け放つという卑怯な攻撃第二弾が仕掛けられる。このコンボは強烈だ。


「何だよもーっ。ねーむーいー!」

「仕方ないだろ、僕が起こさなきゃ遅刻するんだから」


 眩しさに勝てず、目を開けていられない。

 寝ぼけた頭の中では、先日見たビデオにあった「目がぁ、目がぁああ!」という台詞が無意味に再生されていた。

 大樹は最後の抵抗とばかりに枕にしがみつく。


「いつもはもっと遅いじゃん!」

「それも仕方ないだろ。僕はもう出なきゃいけないんだから」

「…………へっ?」

「僕はもう行くよって」

「――えぇ!?」


 枕を投げて飛び起きる。

 フライパンで枕を叩き落した春樹が心底呆れた顔でこちらを見ていた。

 その彼はしっかりと制服を着こなし、確かに出る準備万端だ。

 どうでもいいが制服+フライパン+ベッドと明らかにミスマッチな組み合わせなのになぜか違和感がないのは春樹の成せる技だろうか。


「へっ? え? 何で!?」

「やっぱり忘れてる……。昨日言ったでしょうが。僕は今日から二泊三日の修学旅行」

「……しゅうがくりょこー」

「だから早めに行かないと。わかった? 朝食はラップにサンドイッチ包んでるから食べたらラップだけちゃんと捨てといて。牛乳もちゃんと飲めよ、冷蔵庫に紙パックが置いてあるから。とりあえずこれで洗い物は出ないし、ゴミは先に出してきたし、戸締りだけは気をつけてよ。あ、それと無駄に火を使おうとしないように。ていうかいじるな。下手なことは絶対にするな」


 息継ぎをしているのかどうかも疑わしい言葉の数々。

 大樹は低く呻くことしか出来なかった。寝起きにこれはキツイ。


「わかった?」

「……サンドイッチ、ラップ、戸締り?」

「牛乳忘れてる」

「知らねーもん、覚えてねぇし!」


 目を泳がせると、はあ、とあからさまなため息をつかれた。

 ムッとする。

 牛乳にこだわる春樹にこそ「はあ」だ!


「大樹、学校から帰ってきてからは?」

「へっ? ……あ。ユキちゃんの家にお泊まり!」


 自分で顔が輝くのがわかる。


 ユキちゃんというのは、本名を沢田雪斗という。

 大樹の幼馴染みでクラスメイトだ。

 幼稚園の頃から仲良くしており、今回は春樹がいない間、彼の家に世話になる手はずとなっていた。

 両親が家にいない日向家では、専ら中一の春樹が家事担当で、大樹一人で数日の留守番は荷が重すぎるのだ。

 というのも、春樹と一学年しか差がないはずの大樹には壊滅的なほど家事スキルが備わっていない。

 むしろ台所を故意なく壊滅させる方が得意ときている。

 春樹から台所立入禁止令が出されたほどだ。


 何かと信用されていないようで釈然としないものの、幼馴染とのお泊まりは素直に嬉しい。

 大樹は楽しい予感に表情を緩めた。

 ちらと時計に目を走らせた春樹が眉を下げる。


「あのさ。倭鏡にいてもいいんだぞ?」


 倭鏡。

 ――それはこことは違う、もう一つの世界。鏡を通して存在する異世界。

 そこには二人の両親、そしてやや歳の離れた兄もいる。

 大樹は瞬き、大きく首を傾げた。


「わざわざ城に泊まるのか? 逆に面倒じゃねぇ?」

「でも人がたくさんいるし葉兄もいる。……修学旅行の間、僕は何かあっても助けに行けないから……倭鏡にいた方が安全だと思うんだ。渡威の件もあるし」


 倭鏡の生き物の名を出した彼は深々と息をついた。

 大樹にも彼の言いたいことがわかってくる。

 大樹は以前、渡威に狙われ、襲われたことがあるのだ。

 その件は今もまだ解決していない。

 春樹がいない間、再びその襲撃が訪れる可能性は決して低いとは言い切れなかった。


「春兄の心配性」

「無駄に心配をかけてくる奴がいるからだよ」


 笑えばジト目で睨まれる。

 しかし心配をしてもらえるというのは少し嬉しい。


「ダイジョーブだぜ。封御もちゃんと持ち歩いとくし! もし襲ってきたらちゃーんと封印して、春兄が帰ってきたときにたくさん“玉”を渡してやるからっ」

「そうやって調子に乗るから心配になるんだってば……」


 非常に疲れた口調で肩を落とした春樹は、それでも吹っ切れたように笑ってみせた。


「とにかく無茶は避けること。何かあったら葉兄のところに行けよ。――大丈夫だって、信じてるからな?」

「おう! 春兄も気をつけて行ってこいよ!」


 ニッと笑みをつくり、軽く手を叩き合う。

 それは約束。


 とうとう春樹が出て行くと、テレビもつけていなかった家はとたんに静寂に襲われた。

 これほど静かな朝を体験することは滅多になく、大樹は早速不安定な気分を味わった。

 我に返り、いくら何でも早すぎると首を振る。

 いつも一緒にいる兄がいないのは確かに寂しいが、それも数日だ。

 しかも雪斗の家に泊まるのだから決して一人ではない。


 眠気はすっかり吹き飛んでしまったので、朝食を済ませようと居間へ向かう。

 そこで大樹は重要事項を忘れていることに気づいた。

 まずい!


 猛ダッシュ。

 玄関へ。

 靴を適当に踏むようにして一歩外。

 少し遠くに見える春樹の背中。

 大きく息を吸い込み、


「春兄! お土産忘れるなよ――――っ!!」



◇ ◆ ◇



 遅刻ギリギリというところで滑り込んでくる影があった。

 いち早く気づいた沢田雪斗はホッとしてその影に歩み寄る。


「ダイちゃん~」

「ユキちゃん!」


 パッと表情を明るくした彼は勢い余って飛びついてきた。

 押し倒すのが目的ではないのかと思わせるほどの衝撃。

 しかし雪斗は慣れたもの、それをあっさりと受け止めてみせる。

 相手――日向大樹に悪気がないのはわかりきっていたことなので小言は胸に留めた。

 大樹の飛びつき癖はもはや癖なのだ。

 とはいえ、彼の勢いは年々レベルアップしている。

 軽い今だから大丈夫なものの、成長してもこの癖が続くようなら考え物だ。

 いつか止めてくれと頼む日が来るかもしれない。


「ユキちゃんおはよう!」


 そんなこちらの胸中を全く気にした様子もなく大樹が笑う。

 今日も彼は元気の塊のようだ。


「おはよう~。今日からハルさんは修学旅行だねー」

「おう! だからお泊まりだぜお泊まり! 枕投げしような!」


 くるくると回りかねない浮かれた口調。

 雪斗より頭一つ分――もしかするとそれ以上――小さい幼馴染みの頭の中には「お泊まり=枕投げ」という方定式が確固たるものとして存在しているらしい。

 家に枕投げを楽しめるほどの枕は用意されていないのだが、彼の気分をぶち壊すのも気が引けて、雪斗はいつものように「あははー」と笑っておいた。

 まあ、彼の気分は変わりやすい。

 この前買った新作のゲームを見せてやればすぐにそちらへ転ぶだろう。


「そういえば~」


 もはや癖となった間延びした声を掛けると、浮かれていた大樹がきょとんと瞬く。

 反応の良さ、切り替えの速さは犬のようだ。

 雪斗はのんびりと口を開いた。


「今日、転校生が来るんだってー」

「え、マジで!?」

「うん、マジで~」

「男? 女?」

「男らしいよ~」

「へー!」


 大樹の瞳が期待に輝く。

 そこで本鈴が鳴った。

 クラスメイトたちが賑やかに席に戻り、雪斗と大樹も自分の席に着く。

 大樹は前方、対する雪斗は後方だ。

 基本的に席決めはクジで行われているのだが、身長が極端な二人はしばしば入れ替わりを要求されるので必然の結果だった。

 大樹は不満を漏らすことがあるが、雪斗としては気にしていない。

 実際に自分が最前列になってしまえば後ろの生徒たちがかわいそうである。

 中には黒板をフル活用する先生もいるので尚のこと。


 教室のドアがやけに大きな音を立てて開かれた。


「おはよう」


 黒い髪を乱雑に束ねた先生が入ってくる。

 ちらほらと「おはようございます」と声が上がった。

 ふむ、とうなずいた先生が腰に手を当てる。

 細い身ながらもその動作だけで不思議な威圧感を放っている。――らしい。

 雪斗にはよくわからないが、大樹が「先生ってさ! 動くといちいちカッコいーよな! ビーッて光ってパーッてなってドーンって感じじゃね!?」とはしゃいでいたことがあるのだ。

 幼馴染みの言語は時々宇宙人じみているが、女性のくせに化粧っ気もなくさっぱりとした物言いの彼女は確かに「カッコいい」と生徒たちから評判である。


「朝の会の前に今日はみんなの仲間を紹介する。入って」


 先生の声と同時におずおずと姿を現す、一人の少年。

 周りを窺いながら教壇まで歩いてきた彼は緊張した面持ちをしていた。

 先生に促され、ちょこんと頭を下げる。


「ほ、星山奏一です。あの、よろしくお願いします……」

「親の仕事の都合で転校してきたんだ。すぐには慣れないだろうから何かと助けてやってくれよ」


 先生の補足に、それぞれから上がる「はーい」との声。

 雪斗はどこか意外な気持ちで少年――星山奏一を観察する。


 第一印象は見事に「大人しそう」であった。

 おどおどした表情がただでさえ小柄な体をますます小さく見せる。

 こぼれんばかりのクリクリとした大きな瞳が幼さを際立たせた。

 表情や言動のせいで幼く思われる大樹とは微妙に系統が違う。

 今まで見なかったタイプかもしれない。

 どうでもいいが女生徒から「可愛い」の声が絶えない。


 先生が連絡を終えて教室を出ていくと、とたんに皆は奏一へ群がった。

 小柄な奏一は埋もれそうな勢いにやや怯えている。転校生の宿命だろう。


「あれ、ダイちゃん行かないのー?」


 頬杖をついて自分の席に座っている彼の元へ向かう。

 意外だった。彼なら我先にと話しかけに行くだろうと思ったのに。

 そんな雪斗を見上げた大樹は眉を寄せ、頬を不機嫌そうに膨らませた。


「追い出された」

「ああ……」


 苦笑。

 いくら元気で勢いのある彼でも、小柄なためあの大きな壁には耐えられなかったらしい。


「まあまあ、潰されなくて良かったじゃない~」

「ユキちゃん、オレのこと何だと思って――ぅお!?」

「大樹大樹! ちょっと来て!」

「へっ!?」


 突然一人の女子がやって来て大樹を引きずっていく。

 今度は望んでもいないのに壁の中に引っ張り込まれた。


「はい、ここに立って! びしっと! 背伸びは禁止!」

「へっ? ちょ、何だよ!?」

「奏一くんはこっち!」

「あの……」


 手際よく大樹と奏一を背中合わせで立たせ、皆が一歩離れてそれを眺める。

 取り残された二人は訳もわからず硬直していた。

 雪斗も何事かと覗き込む。


 ――ああ。納得。


 ざわり、とクラスが揺らいだ。


「やっぱり……!」

「かなり微妙にだけど、すっっごくちょっとの差だけど!」

「「大樹の方が高い!」」

「え」


 その言葉に大樹が喜びの色を見せる。

 が。


「てことは……」

「まさか……」


「「「凸凹コンビ解散――――っ!!?」」」


 クラスの大絶叫にその喜びは掻き消された。


「え、何かショック!」

「まさかクラスの名物コンビが解散なんてなぁ」

「こんな日が来るなんて……」


 クラス内は騒然として話し声が止まらない。

 その中で大樹は肩を震わせていた。

 俯いているので表情は見えない。

 だが、雪斗には彼の表情がありありと思い描ける。


「あの……ダイちゃーん?」


 肩に手を置こうとした瞬間、大樹はすごい勢いで顔を上げた。


「だぁあああっ! うるせー! オレとユキちゃんの仲に身長は関係ないだろっ!! そもそもオレは凸凹コンビなんて認めてねえ!!」

「え、でも僕が凸だよねー?」

「オレ凹ぉ!?」


 雪斗の言葉に大樹の素っ頓狂な声が響く。

 それが笑いを誘った。クラスが沸く。


「……あの、凸凹コンビって?」


 状況についていけない奏一が控えめに尋ねると、近くにいた佐倉椿が軽くため息をついた。

 彼女はこのクラスの委員長を務めている。


「見ての通り、あの二人のこと。あのギャンギャンうるさいのが日向大樹で、のんびりヘニャヘニャしてるのが沢田雪斗。クラスで一番小さいのと大きいのが仲良くじゃれてるからそう呼ばれるようになったの。特に大樹はやたら騒がしくて目立つから、自然と名物状態になっちゃったってわけ」


 そう説明している間も二人のじゃれ合い(大樹以外の者にはそうとしか思えない)は続いている。

 奏一はしばらくそれを眺めていた。


「仲、いいの?」

「呆れるほどね」

「…………ふぅん」


 誰にも気づかれないほど低く小さく呟いた奏一が歩き出す。

 大樹をなだめていた雪斗はハタとその足音に気づいた。

 大樹も同じらしく、無意味に振り上げていた手を止める。


「ねぇ、日向大樹くん……だよね」

「オレ?」


 小さく、やや高い、声変わり前の声。

 対する大樹も声変わり前なのだが、奏一と大樹では何かが違うような気がした。

 しかし、何が違うのかまでは雪斗にはわからない。


 奏一は瞳を揺らし、窺うように目を数度さ迷わせた。

 小首を傾げ、わずかに上目で大樹を覗き込む。


「あの……」

「?」

「ボクと、お友達になってくれないかな」

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