プロローグ
それは雑音だった。
耳障りな音の塊。それは次第に大きさを増していく。高く高く。刺すように。
「っ、おまえ! 何とか言えよ!」
不自然に軋むような、不協和音。
「ひどいよ……」
怒号と、すすり泣く声。不協和音は徐々に悲鳴じみたものとなる。
「何でこんなことするんだよ!」
「信じて、たのにっ……」
――うるさいなあ。
雑音に慣れていた少年は、どこか遠くを見る仕草でため息を押し殺した。
きっと自分はこのような光景に見飽きてしまったのだと思う。
だというのに、こうして繰り返す。
何度も何度も。馬鹿の一つ覚えだというように。これで一体何回目だろうか。
数えることは出来たが、あえて思い出すことをやめた。
ふと顔を上げ、教室に差し込んできた光で、外はそろそろ日が暮れるのだと知る。
目の前の二人の顔が赤く赤く照らされる。
きっとこちらの表情は逆光で見えない。
「何とか言えったら……!」
歯軋りを堪えて絞り出された声に、――少年は笑った。
「バイバイ」
目を丸くした二人に背を向けて歩き出す。
背後で、一層不気味な不協和音を奏でながら何かが崩れていくのを、少年はあくまでも客観的に感じていた。
――これでいい。これで、いいんだ。
少年が家に帰ると、そこには珍しく母の姿があった。
こちらに気づいた彼女は緩く笑う。
それは疲れているように見えたが、少年は何と言葉を掛けていいかわからなかった。
母親とのコミュニケーションを忘れちゃったのかな、などと馬鹿なことを思う。
そうしている内にあちらから話しかけてきた。
「早かったのね」
「そう?」
「もういいの?」
「うん」
呟き、少年は鞄を下ろす。
それを見た母は、荷造りをしていた手を止めて小さく笑う。
今度は申し訳なさそうな笑みだった。
「ごめんねぇ、何度も」
「ううん」
「でも、次できっと最後だから。これでもう落ち着くから……」
「そっか」
短い言葉を返しながら、少年はわずかに首を傾げた。
何度も何度も繰り返してきたこの生活だが、次で、何が変わるというのだろう。
どんな不協和音を聞くことになるのだろう。
明確な答えは出なかったが――少年は笑うことにした。
それが楽だと知っていたから。そうすることに慣れていたから。
「楽しみだな」
それよりもお腹が空いてきた。さて、今日の夕飯は何だろうか。