7
翌日。
昨日の騒動で散々疲れたせいか、起きたときに頭が重く感じた。
春樹はため息をついてベッドから抜け出す。
本当はもう少し寝ていたいが仕方ない、朝食の準備もある。顔を洗おうと洗面所に向かい、
「……ええええっ!?」
朝からの大声でさすがに大樹の目も覚めたらしい。
ドタバタと慌しい音、ドスンと何かが落ちた音などが激しく聞こえた。
それから急いで走ってくる。その音もまた激しい。
「どうしたんだよ春兄!? ――えっ」
居間のドアを開けて飛び込んできた大樹の動きが止まる。
しかし世の中には慣性の法則というものが存在するらしく、勢いを殺しきれなかった大樹は思い切り前に転んでしまった。
何となく潰れた音が聞こえた気がする。
「い、てぇ~」
痛みに呻きながら手をつき、大樹は上半身を起こす。
しかしこちらを見た彼は痛みすら忘れたかのように再び動きを停止させてしまった。
春樹が見やれば、それで我に返ったのか恐る恐る指を差してくる。
人に指を向けるのは失礼なのだが。
「え、春、にい? ……猫耳?」
「犬だ馬鹿」
別に犬だからと誇りを持っているわけではないが、間違われるのは何となく悔しい。
――そう。
認めたくはないが、今度は春樹の頭に犬の耳が生えていたのだった。
どう足掻いても現実でしかない状況に頭痛がする。
春樹は沸いたお湯を湯のみに入れながらため息をついた。
今日は学校だというのに何と迷惑な。
むわっと立ち上る湯気にすら目眩を感じそうだ。
「な、何でのんびりお茶いれてるんだ?」
「いや、飲んで落ち着いてみようかと思って」
「……春兄、意外と混乱してるだろ」
「してるよ! 思い切り!」
ヤケになって言えば、怒鳴られた大樹は「あー」やら「うー」やらと曖昧に言葉を濁した。
怒らせないようにという配慮からか、ちょこんと大人しく椅子に座る。
だが足をブラブラさせてしまっているのが落ち着きのなさを表していた。
「え、えっと。それはそれで似合ってると思うぜ。だからダイジョーブ!」
「おまえはこれで学校に行けって言うのか!」
「や、違うけどっ」
「どうすんのさ、冷蔵庫の中身がないから買出しにも行かなきゃいけないのに!」
「えええ!?」
どうやら兄の頭に犬耳が生えたことより、冷蔵庫の中身の方が彼にとって死活問題らしい。
大樹は思い切り立ち上がってうろたえた。
そんな弟に春樹は頭を悩ませる。
薄情というべきか。
それとも春樹がセーガに言ったのと同じように、例え犬耳が生えた春樹でも変わらず兄だと思っているからなのか。
と、そこでふいに気配が増した。
「おはようございます?」
「もっちー!」
なぜか疑問系で登場してきたもっちー。
そして隣には、やはりというべきか二足歩行の大きな犬。
朗らかな様子に作業服のような格好が奇妙なほど目立つ。
左手にはあざといほどの太い骨つき肉。右手にはなぜかジョウロ。
春樹は肩をわななかせた。
わかってはいた。わかってはいたが。
「昨日は猫で失敗だったんで、今日は犬にチャレンジしてみました。本当は、けもみみと言ったらやっぱりウサ耳は外せない気がしたんですけど! でもでも、春樹サンならウサギよりは犬かなって? 同じ猫耳じゃ面白くないですし。そんな多少の妥協と多大な期待を込めてどーんと一発!」
胸を張るもっちーに、横でニヒルな笑みを浮かべて肉を突き出す犬の渡威。
とりあえず。
春樹はいれたてのお茶をもっちーへぶん投げた。
もっちー、おまえ遊んでるだろ!
■幕間「何か生えました」完