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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間「何か生えました」
123/153

 むっくり。

 やはり本来とは少し離れた位置から、猫の尻尾も生えてくる。

 それは力なく垂れていた。


「…………」

 ――“…………”

「…………」

 ――“…………”


「あああセーガ! 落ち込まないで! 大丈夫、どんな姿でもセーガはセーガだから!」


 トボトボと部屋の隅へ行こうとするセーガを慌てて引き止める。

 こんなに彼がしょんぼりしているのは珍しかった。

 そして春樹が言ったことは嘘でない。本音だ。

 それが伝わったのだろう、セーガも気を取り直したように顔を上げてくる。

 その表情もまた、普段と違いどこかしおらしい。


 ――“すまない……”


 その響きがあまりにも憂いを帯びているものだから春樹は苦笑した。緩く左右に首を振る。


「ううん、僕を助けてくれたんだし。ありがとう」

 ――“だが”

「どんなセーガだって僕は好きだよ。信頼してる」

 ――“御主人……”

「こらそこ! 無駄にキラキラするニャー!」


 渡威の耳障りな喚き声で我に返る。

 信頼を深めるのは非常に大切であるが、今は確かにそんな場合でない。

 この根源を封印しなければ何の解決にもならないのだ。

 逆に言えば、封印することでひとまずの収拾はつく。

 つくはずだ。つかなければ春樹は現実から目をそらす。


 とりあえず嫌なことは考えないようにし、春樹はしっかり封御を握り直した。

 だが、それより早く前に飛び出した何か。


「てめえ! 調子乗んなよ!」

「大樹!?」

「セーガを犬か猫か訳わかんなくしやがって!」

「ちょっ、セーガはどっちでもないからね!? 犬に似てるけど別に犬じゃないからね!?」

「春樹サン、ツッコミ所を盛大に間違ってますって」


 もっちーが呆れたように額に手をついている。

 ハッとするとセーガがまた落ち込みかけていた。

 果たして、大樹と春樹のどちらの言葉にショックを受けたのだろうか。

 慌てながらも疑問に思うと、雪斗が「どっちもじゃないですかー?」とのんびり笑った。耳をピコピコさせている。


 ともかく、大樹は渡威に一直線に突っ込んでいく。

 彼は封御を突き出そうと身構えた。

 しかしあちらの方が速い。

 渡威の右手が動く。秋刀魚を持っていない方だ。


「秘技! 猫じゃらしっ!!」

「な!?」


 取り出したのは――確かに、紛うことなき猫じゃらしであった。


 …………。

 …………。


 何の変哲もない、本当にただの、正真正銘、立派な猫じゃらしであった。

 猫じゃらしでしかなかった。

 馬鹿にされたと思ったのだろう。大樹は顔を赤くし、キッと相手を睨みつける。


「てめっ、バカにすんなよ!」


 一振り。


「!」


 二振り。三振り。


「!?」


 緩やかに、徐々に激しく。


「ほれほれニャー」

「っ♪ ――あ゛っ」


 見事に猫じゃらしを追いかけてしまった大樹は、それを捕まえたとたん、彼自身が渡威に捕まった。あっさり担ぎ上げられる。


「ぎゃああ!? こらっ、降ろせバカー!!」

「フゥハハ、アホの子ニャー。この子はアホの子ニャー」


 否定出来ない。

 春樹はどう反応していいものか迷ってしまった。

 恐らく猫耳や尻尾が生えていることも作用しているのだろうが、何と安直な。

 渡威は軽々と大樹をもっちーの方へ放り投げた。

 それを受け止めたもっちーは、渡威へ向かって「どーも」と肩をすくめてみせる。


「もっちー! あいつ投げた! オレを投げた! 物扱いすんじゃねぇーっ!」

「え、大樹サンそこ? 捕まってるのにそこ?」

「だってすっげームカつくじゃん!?」


 呑気なものである。

 一方、渡威の仕事はまだ終わらないらしい。

 完全に目は春樹をロックオンしている。

 春樹も気を改めて渡威へ向き直った。

 やられるものか。ここまで来て猫耳なんて生やされてたまるものか。

 ギラリ、と渡威の目が光る!


「おまえで最後ニャ! ぬこぬこワールドにしてやるニャー!」


 助走、そしてジャンプ。

 身軽で速い。

 こちらの身体が追いつかない。

 あっという間に背後を取られ、


「行くニャー!」

「っ、ザ・秘技返し! 猫じゃらしリターンズ!」

「ニャっ♪」


 自分でもなぜ「リターンズ」なのかよくわからない。

 だが、とっさに繰り出した猫じゃらしに渡威は素早く飛びついた。

 その隙を狙い、封御で足元を払う。

 よろめいたところを身体ごと突き倒した。

 勢いよく仰向けに倒れたその渡威を、春樹は思い切り踏みつける。


「ニ゛ャア゛あああ!? しまったニャー!」

「そっちこそアホでしょう」

「い、いだだだ! 踏むニャア! 降りろニャー!」

「何言ってるんですか。散々はた迷惑な騒動を振りまいておいて」

「ふみゃあああ! Sニャ! おまえ、実はSっ気あるニャ!?」

「失礼な」

「に゛ゃっ」


 封御で額の核を突くと、短い悲鳴を最後に渡威は玉へ姿を変えた。

 それとほぼ同時に、大樹たちに生えていたものがザッと砂となって落ちる。

 もちろんセーガも元通りになった。

 それらを見て、春樹はホッと胸を撫で下ろす。

 良かった。しかし掃除が大変そうだ。


「……えーと」


 ポツリと言葉を漏らしたのはもっちーだった。

 みんなが一斉に見やる。

 近くにいた大樹なんかは思い切りジト目だ。

 その表情に対し、もっちーの表情は非常に気まずそうである。

 無理に笑顔を貼り付けているのが見てわかる。


「今、まずい空気ですかねー」


 あは、とお茶目心満載に笑った彼(今は男性の姿なのでこの表記で問題はないだろう)は、――姿を溶かした。

 ギョッとする間もなくスルスルと窓へ向かう。

 窓を開けることもなく隙間から逃げた。

 とっさに大樹が追おうとしたが、思った以上にもっちーのスピードが速い。

 あっという間に見えなくなる。


「ちくしょっ」

「ダイちゃんストップ~」

「何だよユキちゃん! 放せってば!」

「靴も履かないで追うつもりー?」

「……うううだってさぁ! あーもう訳わかんねぇ! せめて引っかいてやりゃ良かった!」


 不満たっぷりに喚く大樹。雪斗が苦笑する。


「引っかくって……ダイちゃん、まだ猫気分が抜けてないー?」

「え? ……じ、じゃあ噛み付く! これなら犬っぽい!」

「いや、少しは人間らしくなってよ」


 見当違いなことを堂々と言ってのけた弟に、春樹は思い切り肩を落とした。

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