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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間「何か生えました」
122/153

「――で、結局逃げられたと」

「……そう」


 椅子にふんぞり返って言われ、春樹は苦笑と共にうなずいた。

 ジロリと一瞥を送られ、拗ねた表情をしていた大樹がビクリと尻尾を緊張させる。

 耳も何やら落ち着いていない。


「……………………ぷっ」

「笑うなぁああ!」


 がぁっ、と唸り声に近い勢いをつけて大樹は目の前の男――兄の日向葉につかみかかった。

 しかし葉は平然としてそれを見下ろす。

 というより笑いが止まらないのだろう。微かに肩が震えているようだ。


「いや、うん、大変だなチビ樹」

「チビ樹言うな!」

「おまえ、それ全国のチビ樹さんに失礼だぜ?」

「そんな名前の奴いねーよ!」

「いるかもしれないだろ。猫とか、犬とか」

「もはや人間じゃねーし!?」

「だって今は猫だろ」

「ちがぁうっ!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いは止まらない。

 部屋の外に漏れないか春樹は心配になった。

 さすがに今の大樹を他の人に見せられるわけもないので尚のこと。


 渡威に逃げられてから、春樹と大樹は途方に暮れて倭鏡へ来たのだ。

 そして今に至る。

 ちなみに流れでついてくることになった雪斗は、現在日向家で待機中である。


「しっかし、おかしな渡威もいたもんだな」


 大樹の攻撃を適当に受け流しながら、葉はやれやれと肩をすくめた。

 それに春樹も同意する。

 正直勘弁してほしい。

 そして大樹の攻撃がいわゆる猫パンチにしか見えないのもやめてほしい。

 さすがに相手をするのが面倒になってきたのか、葉はひょいと大樹を抱き上げた。

 膝の上に座らせる。


「…………」

「あ、大樹が石化した」


 ぶわっと毛が逆立ったかと思えば、尻尾が彼のお腹の方へ巻き込まれた。

 思い切り硬直しているようだ。怯えていると言ってもいい。

 それを見た葉はやや不満そうに顔をしかめたが、解放する気もないらしい。

 あっさり視線を春樹へ移した。


「それより、これからだけどよ。春樹も言ってたが封印するしかないだろ」

「そうなんだけど……逃げられちゃったし、こっちからは手立てがなくて」


 答えながらも、平然と話を続けられる彼に感心してしまう。

 どうも自分の周りは物事に動じない人が多いようだ。

 焦っていた自分たちが馬鹿のように思えてしまう。


「けど、渡威が何の意味もなくやったわけじゃないだろ?」

「だとは思うけど……」

「だったら何かしらのアプローチがあるはずだぜ」

「そんなこと言われても」


 どうすんのさ、と不満げに見上げると葉は笑った。


「いいか、春樹。犯人は必ず現場に戻るって相場が決まってんだ」

「…………」


 聞いたのが間違いだった。そんな気がする。



* * *



 倭鏡から戻ってくると、ふいに違和感を覚えた。

 ゆるりと周りを見回す。

 見慣れた家具。見慣れた壁や床。一見おかしなところは何もない。

 おかしなところは、


「あ、おかえりなさい~」

「ユキちゃ……、!?」


 ――あった。思い切りおかしなところが。

 春樹は目の前の現象に言葉を押し出せず、ただ酸素を取り入れるだけに留めた。

 後ろにいた大樹が怪訝そうに顔を出す。


「どうしたんだよ春兄。――ユキちゃん!?」


 雪斗の姿を見た大樹は慌てて駆け寄った。

 雪斗は困ったように笑っている。

 その頭には、例の耳が。猫耳が。生えているのだ。紛れもなく。


「な、どうしたんだよこれ!」

「あははー。実はー」


 ちらり、と彼は後ろを振り向いた。

 それと同時に、ソファーからにゅっと飛び出てきた何か。

 それはフサフサの毛を纏い、マントを身につけ、頭には長靴をかぶり片手に秋刀魚を携えた大きな大きな二足歩行の猫であり。


「さっきの化け猫!」

「さっきから君は失礼なのニャー」


 渡威は仁王立ちで憤慨してみせた。

 その光景に目眩を感じずにはいられない。それよりなぜここにいるのか。

 ふと葉の言葉を思い出す。


『犯人は現場に戻ってくるって相場が決まってんだ』


(……まさか)


 ここが、現場だというのだろうか。

 夜中に侵入をして仕出かしたことなら、朝いきなり生えていたことにも納得はいく。

 灯台下暗しとはこういうことを言うのだろうかと、春樹はだんだん投げやりになってきた。

 しかし丸投げにするわけにもいかない。

 早く封印しなくては。

 だが迂闊に近づいて、春樹自身まで猫耳を生やされるのだけは避けたい。思い切り遠慮したい。

 警戒していると、ふいに人影が姿を現した。


「どうも~」

「「も……もっちー!?」」


 ぬいぐるみではなく男性の姿で現れたのは、封御の反応からしてももっちーに間違いなかった。

 二人は混乱を隠せない。

 まさか。


「もしかしてこの騒動、もっちーが主犯なわけ?」

「さすが春樹サン。あっさりバレちゃいましたかー」


 バレちゃいましたか、でない。笑っている場合でもない。

 春樹は微かに感じる苛立ちを押しのけた。

 冷静になろうと言い聞かせる。感情を乱されてはあちらの思う壺だ。


「何でユキちゃんまで……」

「家に入った瞬間人がいたから、びっくりして思わずやっちゃったニャー。うっかり屋さんなのニャ」

「何それ!?」


 あまりにもくだらない理由にハリセンをかましそうになる。

 その横で、大樹が改めて雪斗を見やった。

 雪斗は「大丈夫だよ~?」と安心させるように笑ってみせたが、それを見た大樹はうつむいてしまう。


「…………なる」

「大樹?」


 何を言ったのか聞き取れず、春樹は怪訝に彼を見た。

 同時に心配にもなる。声が震えているように思えたのだ。

 幼馴染みに手を出した渡威に怒りを感じているのか。

 それとも巻き込んでしまった大樹自身に責任を感じているのか。


「大樹」


 声をかけた瞬間、彼は勢いよく顔を上げた。


「やっべぇ、これすっげー気になる!」

「は、あ?」

「自分じゃわかんなかったけど、人の見たら触りたくなる!」

「え、ちょ」

「だってフサフサしてるし動いてるし! うわぁ、うわー触りてぇー! あ、もしかして隼人もこんな感じだったのか? オレ、悪いことしちまったかなぁー……」


 そんな反省はどうでもいい。

 目をキラキラさせた大樹が雪斗に触っていいかを尋ね、雪斗はあっさり「いいよー」とうなずいた。

 二人で何やらはしゃいでいる。楽しそうだ。

 楽しそうなのはいいが、今ばかりは空気を読んでほしい。

 渡威が、もっちーが目の前にいるのだ。じゃれている場合ではないだろう。


(ああもう)


「セーガ!」


 ヤケ気味になって呼んだ瞬間、音もなく現れた黒い影。

 それは軽やかに舞い降りた。

 こちらを見た彼は小さく笑う。大変だな、とでも言いたげに。


「セーガ……」


 ――いや、気遣いは嬉しい。だが癒されている場合でもない。


「ニャー! 犬とは卑怯ニャー!」


 渡威が喚き立てて秋刀魚を振り回す。

 春樹は軽く睨んだ。

 セーガは犬でない。

 そして秋刀魚のにおいが部屋に充満しても困るので振り回さないでほしい。


「セーガだ!」


 気づいた大樹が嬉々として駆け寄ってくる。

 それを見た渡威がますます喚き立てた。しかも表情を引きつらせている。


「猫のくせに犬に擦り寄るとは何事ニャー!」

「あー、でも猫も小さい頃から一緒にいると警戒しないって聞いたことが」

「おまえ何納得してるニャ! もっちーなんて名前のくせに!」

「うわ、ひどっ。結構気に入ってるのに。ていうか名前は関係ないだろ」


 仲間割れだろうか。

 セーガの出現で猫の渡威はよほど怯んだらしい。

 ひたすら秋刀魚を振り回している。

 対し、もっちーはやや呆れ気味のようだ。作戦失敗を感じているのかもしれない。


 これなら勝ったようなものだろう。

 そう春樹が思った瞬間、渡威と目が合った。

 ギクリと肩を強張らせたが、それより早く渡威が向かってくる。

 さすが猫なのか動きは素早い。


「ムカつくからおまえも猫にしてやるニャー!」

「!?」

 ――“御主人!”


 渡威が頭の長靴を取り外し、そこから粉のようなものを撒き散らした。

 同時にセーガが前に飛び出す。

 おかげでその粉が春樹に降りかかることはなかった。


 地に降り立つセーガ。

 セーガが近くに来たことで慌てて後退る渡威。


「セーガっ。大丈夫!?」

 ――“ああ、何とも……”


 かかった粉を振り払うようにしたセーガがうなずく。

 痛みや痒みは特にないらしい。

 そのことに春樹はホッとした。

 だが次の瞬間。


 みょんっ、と。

 奇妙な効果音と共に、セーガの耳の脇から猫耳が生えてきたのだった。


「……え、ええええっ!?」

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