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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間「何か生えました」
121/153

 説明しようと前に進み出た春樹であったが、隼人への説明に時間はそう要さなかった。

 何せわかっていることは少ない。それゆえに話せることも少ないのだ。


 話を聞いた隼人は、興味深そうに大樹へ視線を移す。

 蛍も似たような反応を示していたが、決定的に違うのは隼人の瞳が好奇心で輝き出しそうなことだった。

 しかしそれを留め、彼は春樹へ再び顔を向ける。

 他人事だからだろうか、その笑顔もめちゃくちゃ楽しそうだ。

 きっと春樹が大樹の立場なら、春樹は彼を辞書の角で殴り倒したい衝動に駆られたに違いない。

 (ちなみに当の大樹は蛍の後ろで未だに威嚇体勢である。)


「春樹クン、心当たりは何一つとしてないのかい?」

「……ないことも、ない」

「え、マジで!?」


 低く答えた春樹に、大樹が目をひたすら丸くする。

 彼は蛍の背中から飛び出した。

 期待と不満が入り混じった目で見上げてくる。


「何だよ春兄、知ってるなら先に言えよ!」

「おまえ、本当にわからないのか?」

「……へっ?」


 苦笑して尋ねると、大樹はきょとんと瞬いた。

 腕を組み首を傾げ始める。一応本気で考えているらしい。

 しかし彼から出てくるのは唸り声ばかり。何一つとして形になっていない。尻尾はぴたりと止まったままだ。

 春樹はため息を一つ。大樹に考えさせるのは諦めて話を進めた。


「証拠も根拠もないんだよ。自分でも短絡的だってわかってる。……ただ、あまりにも不可思議な現象を起こす原因を、僕は今のところ一つしか知らないから」

「だぁっ、何言ってんのかわかんねぇってば!」

「とりあえず、戻れる可能性はあるってことだろ?」


 むくれる大樹の横で隼人が言葉を挟む。

 それがあまりに近かったからだろう、大樹は慌てて後退った。

 そのときの隼人の顔は妙に楽しげで、春樹と蛍も眉を寄せる。不気味だ。ものすごく。


「もちろん戻ってくれなきゃ困るわけだけど……どうしたの、隼人くん」

「戻っちゃうなら、やっぱり色々やらないともったいないと思ってね♪ こんなこと滅多にないし」

「あったら困るっつーの」

「やっぱり首輪はオプションじゃないかい? オレ、猫じゃらしとかやってみたかったんだよね! あと気になるのはマタタビ。そうだ、忘れずに記念撮影もしておかないとっ。さあ大樹クン、何からいってみようか!」

「話聞けってばぁああ!?」


 HAHAHAと嘘くさい笑い声を上げる隼人は正直怖い。

 ただでさえ普段からテンションがおかしいのだ。

 それが暴走しているとなると誰の手にも負えそうになかった。

 人に猫耳やら尻尾やらが生えたのを見ても動じないのは素晴らしいが、それより今のテンションを出来るだけ控えていただきたい。手をワキワキと動かすのもやめてほしい。


「あの、隼人くん。遊んでいる余裕はないんだけど……」

「フフフ……さあ、何からしよっかなぁ~?」

「……!」


 大樹を突き動かしたのは動物的な本能、要するに恐怖心だったのかもしれない。

 一瞬表情を引きつらせたかと思うと、彼は素早く隼人の横をすり抜けた。

 一目散に玄関へ走り出す。

 小柄なせいもあるのか、物にぶつかることもなくスピードも落ちない。

 あっという間に彼は家の外へ飛び出した。

 一拍遅れて反応。

 慌ててその後に春樹が続き、それを隼人が追おうと――その間に蛍が割り込んだ。


「行けっ」

「杉里くん!」

「抑えとくから。今の内に早く行け」

「ありがとう!」


 戸惑っている暇はない。短くお礼を言い、春樹はそのまま外へ飛び出した。



 ――前を塞がれた隼人はその姿を見送り、軽く肩を落とす。

 彼はジト目で蛍を睨んだ。


「蛍クン、何で邪魔したんだい? せっかくのチャンスなのに。もったいない!」

「あのな……おまえがあの立場だったら、嫌だろ」

「え、喜んで記念撮影するよ?」

「…………」


 まるで別の生き物を見るかのような視線に、隼人は大きく首を傾げてみせた。



* * *



 大樹を追いかけながら、春樹はわずかに顔をしかめた。

 元々素早さでいえば大樹の方が有利だ。

 しかも明らかに今の彼は逃げることに必死になりすぎている。

 そのせいでなかなか距離は縮まない。


「大樹! 大樹ってば!」


 こんなときばかり集中力が発揮されているのか、気づく気配はない。

 どうするべきか悩んでいると、ふと前方に影が見えた。

 見覚えのある、ひょろりとした影。

 とっさに叫ぶ。


「ユキちゃん! 大樹を捕まえて!」

「……はい?」


 さすがに大樹も、前にいる影には気づいたらしい。

 顔を上げた彼は――春樹からの位置では見えないが、きっと、いや確かに表情を明るくしたのだろう。

 スピードを一気に速め、


「ユキちゃん!」


 むしろ自らユキちゃんこと沢田雪斗に飛びついた。

 飛びつかれた雪斗は目を丸くしながらも大樹を受け止め、しかし状況がつかめず首を傾げている。

 それでもオロオロした様子が見えないのはさすがだった。マイペースなだけある。


「えーと、おはようー?」


 のんびりした声音に、ヘラリと笑顔。

 さすが幼馴染み、長い付き合いで大樹の奇行にも慣れているのだろう。

 いつも通りの反応に大樹も安心したらしい。

 彼は尻尾を立て、ぎゅうとそのまましがみついた。


「ユキちゃん! ユキちゃんありがとう! 大好きだっ」

「あははー。ありがとう~」

「ていうか大樹! 尻尾隠せ! 出てる!」


 安心はしたが、混乱も続いていたらしい。

 大樹のセリフは全くといっていいほど脈絡がなかった。

 しかしそれすら笑顔で受け止める雪斗。大物だ。


 追いついた春樹はとりあえず、ぐいとパーカーを引っ張った。

 尻尾をきっちり隠し、肩を下ろす。

 全力疾走だったので苦しい。

 一体なぜこんなに運動しなければいけないのか。


「ねえダイちゃん、一体何があったのー?」

「……えーと」


 今度こそ落ち着きを取り戻した大樹は、ようやく雪斗から離れた。

 説明しようとし、しかし言葉に出来ず春樹を見る。

 見られた春樹は苦笑した。仕方ない。


「信じられないかもしれないけど」


 前置きし、説明を試みる。

 朝、起きたときには大樹に猫耳と尻尾が生えていたこと。

 原因を探すために歩き回っていたこと。

 途中で春樹の友達である蛍の家に寄り、そこで隼人が暴走したこと。

 そのため大樹が逃げ出したこと。


「隼人の奴、動物虐待で訴えられるぜ!」

「――ちょっと」


 最後の説明で大樹は憤慨してみせた。

 だが、春樹としては「動物虐待」にツッコまずにはいられない。

 自分で「動物」と言うなんて、もはや人間であることを忘れているのではないだろうか。冗談ではない。

 そう指摘すると、詰まった大樹は慌てて首を振った。


「あれだぜ、あれ! 動物も人間だし!」

「ダイちゃんー、それ、逆じゃないかなー?」

「ぁうっ。……あんま変わんないだろ!」


 大きく変わる気もするが。

 だが、雪斗はあまり気にしていない。

 彼特有の笑い声を上げて大樹の頭を撫でた。

 ムッとした様子で大樹は頬を膨らませたが、相変わらずの笑顔に気が抜けたようだ。

 文句が音になることはなかった。

 帽子の上からでも違和感はあるのだろう、雪斗は興味深そうに撫でたり軽く叩いてみたりしている。


「ところで、原因はもしかして渡威ですかぁ?」

「え」

「……多分、ね」


 首を傾げた雪斗に大樹は瞬き、春樹は小さくうなずいた。

 のほほんとしているようで意外と鋭い。


 そう、この不可思議な現象を目にしたとき、真っ先に思い浮かんだのが渡威だった。

 渡威なら、理由や理屈はともかく不可能な話ではない。

 とはいえ原因が渡威だとすれば、解決方法は封印に限る。

 しかし渡威の正体はわからない。

 現状ではどうにもならないに等しいのだ。

 それもあって春樹は大樹と共に外を歩き回っていたのである。

 もしかすると渡威の方からやって来るかもしれないと思ったのだが……。


「バレたら仕方ないのにゃー!」

「「「……え」」」


 ふいに謎の声が空気を裂き、三人はそちらへ目をやった。息を呑む。

 そこにはあったのは信じたくないような光景で。


「化け猫!?」

「失礼な子だニャー!」


 指を差して叫んだ大樹に、ソレ――長靴を履いた、二足歩行の猫らしきものは憤慨したように大きな秋刀魚を振り回す。

 その身には赤いマントを纏い、身長は大人の男性ほど。

 近くで見るとなかなかの迫力だ。

 大樹が「化け猫」と言ったのはむしろ正しいような気がした。

 頭の上に長靴を乗せているのも春樹たちは理解に苦しむ。長靴マニアか何かなのだろうか。


「おまえがやったのか!?」

「フゥハハ、今頃気づいたのかニャー」

「うわ、何かこいつムカつくっ」

「落ち着け」


 いちいち語尾が「ニャ」であるのも癪に障るが、逆上してはあちらの思う壺だ。

 春樹はそっと封御を取り出した。

 封御は淡く光っている。

 見た目だけであからさまに怪しいが、確かにあれは渡威のようだ。


「……って、あれ? この反応は……」


 気になることがあり、春樹は周りを見回した。

 その間に渡威はマントをばさりと翻す。

 キラリと目が光ったような気が、した。


「早くしないともっと猫になるのニャーハハハッ」

「――え、ちょ、こらぁあ!? 逃げるんじゃねぇーっ!」


 聞き捨てならないセリフを吐いて逃げ出した渡威。

 大樹がとっさに追いかけた。

 しかし渡威はヒラリと軽い身のこなしで塀を駆け上り、そのまま屋根へ屋根へと走っていく。

 その格好がこれまた素晴らしいほどしなやかで、不気味さは増すばかり。

 とはいえ明るい日の下では滑稽さと紙一重なところである。

 頭上の長靴はパコパコ揺れている。


「春兄! 何だよあれ!」

「……僕に言われても」


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