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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間「何か生えました」
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 朝日が眩しい。

 カラリと晴れた天気に、日向春樹はそこそこ気分も良く朝食を準備していた。

 朝食が完成したところで部屋を見る。

 弟の大樹が寝ているのだが起きる気配は少しもない。

 ヤレヤレ、だ。


「大樹。休みだからっていつまでも寝てると……」


 !?

 揺すり起こそうとベッドへ手を突っ込んだ春樹は、奇妙な感触にしばし硬直した。

 思考回路が停止する。

 一度手を引っ込め、――覚悟を決めて再びベッドの中へ。


(な、何で?)


 何でこんな……フサフサ?


 おかしい。おかしいが、この感触は夢と疑うにはリアルなほどで。

 春樹は恐る恐るソレを引っ張った。

 わずかに伸びるような確かな感触。


「んぎゃあ!? いてっ、いてぇ! 何すんだよ春兄!」


 飛び起きた大樹が涙目でこちらを睨んでくる。

 その姿に春樹は今度こそ自分の目を疑った。


「だ、大樹」

「? 春兄、どーしたんだよ変な顔して」


 ふああ、と大きく欠伸をした彼はガリガリと頭を掻き――ようやくその違和感に気づいたらしい。

 眉をひそめ何度も頭の上に手をやった。


「……ん?」

「大樹、これ」


 彼の姿が映るよう手鏡を向けてやる。


 間。

 認識。


「んに゛ゃあああああああ!!?」


 ――とても気持ちの良い朝、弟の頭にはなぜか猫耳が生えていた。






「ちょっ、これ! これ! 何だよこれぇー!?」

「落ち着け」

「痛い痛いいだだだだぁあ!」


 軽く耳を引っ張ると、それはもう強烈に大樹は痛がった。

 春樹は改めて見やる。

 耳だ。紛れもなく。

 髪を掻き分けてみたが直に生えているようにすら見えた。

 引っ張っても痛がるだけで取れる気配はない。

 髪の色と同化しているような薄茶の耳は彼の感情に呼応として動くのか、今は若干へたれている。

 しかしきちんと人間の耳も存在しているのだ。

 奇妙としか言いようがなかった。


(まあ、今時なら猫耳つけたコスプレなんてざらにあるだろうから……)


 誤魔化せるだろうか、と考えて春樹はかぶりを振る。

 例え誤魔化せてもそれは一時しのぎにすぎない。

 この状態で学校に行くのは無理だ。

 だいたい、コスプレをしている弟なんて複雑な気分に陥る。


「何で春兄はそんなに落ち着いてられるんだよっ」

「おまえが騒ぎすぎるから逆に冷静になっただけだよ」

「うぅう、何だよこれマジありえねぇー」


 テーブルをガンガン叩く彼に春樹はため息をついた。

 本当にありえない。

 ありえないのだが現実に起きているのだから仕方ない。

 問題はどうやって解決するか、だ。

 とりあえず。


「腹が減っては戦は出来ぬ」

「へ?」

「はい、ご飯」

「!」


 トーストやら目玉焼きやらを差し出すと、大樹の耳が忙しなくパタパタ揺れた。

 ――ただでさえ単純でわかりやすいのに、これ以上わかりやすくなってどうするのか。

 春樹はやや的外れな感想を抱いて再び息をついた。


「原因はあるはずなんだよ」

「んむ」

「おまえ、昨日は何ともなかったんだよな?」

「んんぐ」

「何か変なことやらかしたんじゃないだろうな。道に落ちている変なもの食べたとか知らない人から変なものもらって食べたとか」

「ひゃんはよほれ!」

「食べながら喋るなっ」

「ふぐぁっ」


 スパンとハリセンで叩くと、耳が急に伏せられた。

 春樹は思わず手を止める。

 確か猫の耳が伏せられるのは、怒りをむき出しにしているときだったような。

 案の定、大樹はキッと睨んで立ち上がってきた。

 ガタンと大きくテーブルが揺れる。


「食べてるときに春兄が喋りかけるからだろっ!」

「あ、ああ……ごめん。でも、早く何とかしなきゃいけないし」


 焦っていたのだ。表情には出ていないだけで、内心ではものすごく。

 そう説明すると、大樹もそれに異議はないのか大人しくなった。再びトーストをかじり始める。


「拾い食いなんてしてねぇよ。オレ、そこまでバカじゃないぜ」

「……一応信じるよ。他に何か変わったことは?」

「…………ついさっき気づいたんだけどさ」


 ボソリと言うもんだから、春樹も何事かと身を乗り出す。

 歯切れの悪い彼は一度こちらを窺い、何とも気まずそうに視線を落とした。


「大樹?」

「シッポ」

「は?」

「……シッポまで生えて、た」

「え」


 …………。

 …………。


 言葉を紡げず、春樹は恐る恐る視線をずらしていく。

 テーブルやら上着やらで見えていなかったソレは今、確かにその存在を主張していた。

 毛並みの良さそうなソレ。

 触ると気持ち良さそうだなと現実逃避気味に考えた春樹を、一体誰が責められるだろうか。


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