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倭鏡伝  作者: あずさ
11話「闇夜に溶ける影の道化師」
108/153

8封目 覚醒

 セーガに乗ったまま、二人は森の中へ駆け込んだ。

 あの量なら障害物のあった方が逃げやすいかもしれないと思ったのだ。

 だが実際はそう変わらなかった。しつこい追跡が続く。


 大樹はちらりと後方を見やった。

 追ってくる黒い影。嘴と眼が異様に大きい。

 春樹の苦手なカラスでないだけマシだが、鳴き声はカラス以上に耳障りだ。声を聞こうにも“力”がいつもと勝手が違うのか、雑音ばかり。


「春兄! こうなったら封印しちゃおうぜ! 片っ端から!」

「馬鹿言うなっ、あんな量を相手に出来るわけないだろ!」


 痺れを切らして出した案は即座に却下された。

 が。


「!? この……っ」


 一羽(と呼ぶべきなのかすら定かでない)の渡威が追いつき、大樹の服をつかんだ。

 大樹は振り払おうととっさに封御を振り回す。

 それがまずかった。

 そう認識出来たのは、セーガから転げ落ちた後だった。

 幸いなのかニ、三羽の渡威がクッション代わりの下敷きとなったのであまり痛みはなかったが……。


「大樹!」


 引き返した春樹がセーガから飛び降り、渡威を払う。


「春兄……」

「完璧に追いつかれたね」

「……ごめん」

「仕方ないよ。時間の問題だったろうし」


 無理に笑った春樹は渡威の群れを見据えた。

 ギャアギャア喚かんばかりの群れ。薄暗い森の中ではますます不気味だ。


 グムゥ……

 渡威がくぐもった声を上げた。

 それをキッカケに徐々に姿を変えていく。

 鳥の形を成していたものから、手が生え足が伸び――完成したのは、ちぐはぐな人の形。

 それは奇妙としか言いようがなく、どこか気味が悪かった。


「片っ端から封印、か」


 先ほど、彼自身が「出来ない」と評したことを呟く。

 だが大樹にもわかった。

 出来なくてもやるしかない。そんな状況があるとすれば、それは今だ。


「……とりあえず数を減らす。逃げ切れる数になったら逃げることを優先する。その判断はセーガに任せるよ」

 ――“御意”


 うなずき合い、春樹とセーガが駆け出す!


「オレも……!」


 大樹は慌てて封御を握り締め、春樹に加勢しようと追いかける――が。


「っあ!?」


 鋭い痛みが頭を駆け巡る。

 身体が重い。思わず膝をつき封御で身体を支えた。

 だが重みはいくらでも増してくる。押しつけんばかりに。


「な……何だよこれ……!?」


 重い。苦しい。

 身体が、動かない。


(潰される……っ!)


 押し寄せる圧迫感に恐怖を感じた。

 頭の奥がチカチカする。それが目眩なのかもわからない。


「大樹!?」


 いったん手を引いた春樹が戻ってくる。焦りの色を浮かべながら。


「春兄……」

「おまえは無理だよ。今は本来なら眠っている状態なんだし……今のおまえの身体じゃ“力”に振り回されるだけだ」

「ダイジョーブ……ずっと寝てたから動き方忘れただけ……」

「そんなわけないだろ! 馬鹿言ってないで休んでろ!」


 怒鳴るようにし、春樹が渡威に向き直る。

 しかし不利な状況が変わるわけでもなく、彼の表情は厳しかった。

 当たり前だ。

 こんなに多くの渡威を目の当たりにしながら、大樹自身は何も出来ず、彼とセーガのみで立ち向かわなければならないなんて!


「……ジョーダンじゃねぇ……っ」


 “力”がなんだ。こんなものに振り回されている場合でない。


「この……っ」

「大樹!? 無理するな!」

「うるせえ!」

「!?」


 春樹が目を瞠る。

 しかし大樹に気づく余裕はなかった。


 うるさい。

 うるさいうるさいうるさい。

 流れてくる雑音も、流れ出す喧噪も。


 立て。

 ――立つんだ。

 とにかく立て!


「さっきからオレの中で暴れやがって……っ」

「大樹……?」

「オレの“力”だろ? だったら……ちょっとくらいオレの言うこと聞けっつぅのっ……!」


 意思とは別に動き回る何か。

 押し寄せては逃げ、暴れ回っては隠れ。


 ――わかって、いるんだ。

 本当は思い切り駆け回りたくてウズウズしているって。

 だったら。

 解放、してやるから。


(だから)


 あと少し。少しで――。


「オレと一緒に戦ってみようじゃんか、よォッ!!」




「大樹……?」

 今までの様子と打って変わって、大樹はしっかりと立ち上がった。

 そんな彼に呆然とする。


(暴れていた“力”が……消えた?)


 いや、そんなはずがない。もしそうなら、それこそ彼は立ち上がれない。

 だが、現に彼の白い“力”は見えなくなった。

 つい先ほどまで、嫌でもその存在を主張していたのに。


 大樹は静かに封御を構えた。

 幾分目つきを鋭くし――地を蹴る!




 身体が軽い。音が澄む。

 それは先ほどとまるで百八十度違う感覚だが困惑はなかった。

 風が旋律を奏で、木々が歌う。


 大樹は一気に跳躍し、一体の渡威を突き倒した。

 封印されると同時にコピーであった何体かが姿を消す。

 大樹はそれを横目で見るに留め、他の渡威へ向き直る。

 右足を前に出したまま、その膝を軽く曲げるようにし構えをとった。

 封御を軽く握り締める。


 ――“来イ来イ来イ”

 ――“来イ来イ来イ来イ来イ来イ”

 ――“来来来来来来来来来来来来来来来来来来”


 一斉に鳴り立てる。耳鳴りのようで気味が悪い。

 大樹は言葉を返すより早く一歩踏み出し、――向かってきた渡威の腕を封御で受けた。

 その反動で柄を相手の足元に廻し打つ。

 転倒した渡威を跳び越え、追ってきたものを石突で薙ぐ。


「邪魔すんじゃねぇよ」


 コピーに興味はない。

 大樹は下段に構えた封御を振子のように振り、そのまま渡威へ突き出した。

 核を突かれた渡威は玉となり、後ろへ肉薄していたコピーは姿を消す。


 ――“クッ……ハハ、アハハハハ!!”

「!?」


 横。

 狂うほどの笑いに気を取られた瞬間、迫る影に気づいた。

 とっさに封御を盾としたが、思った以上の勢いに足がもつれる。

 後ろへ下がり間合いを取るが瞬時に詰められた。

 渡威の硬く長く変化した腕が上から振り落とされる。


「ちっ……くしょ!」


 封御を下から上へ振り上げる。

 大した威力を出せなかったそれはたやすく止められた。

 嗤う。

 いや、笑う?


 ――“楽シミダ楽シミダ楽シミダ楽シ”

「“黙れ”」


 つかまれた封御をぐっと縮め、逆にこちらから間合いをなくす。

 蹴り飛ばすと共に再び伸ばし、距離をとった。


 ――“ハハハハハハ”


 打たれた左半身を避け、封御を突き出して右半身に構え直す。

 止まることなく突き刺し、さらに奥の渡威へ向かった。

 振り上げられた腕を巻き落とすように絡め、地に伏せさせる。

 後ろ。


「!」


 突くより先に、振り向きざまに背後の渡威を打ち払った。

 どこか冷静に、木々が教えてくれなければ危なかったと思う。


 払われた渡威はよろめき、止まった。

 すぐに迫ってくることはなくその場に佇んでいる。


 ――“何ヲ焦ル?”

「……何」

 ――“力ガ、怖イカ”


 無感情な問いに大樹は笑った。


「“あんまり”」

 ――“ホウ……”

「“だって、ずっと一緒にいたんだぜ?”」


 誰も、自分すら気づいていないだけで、“力”はいつも共にあったのだ。

 大樹はそれを怖いとは思わない。

 むしろ大切な旧友と出会えたような気さえした。

 その旧友は、ひどく気難しくて一筋縄ではいかないけれど。


「“それに焦ってるわけじゃねぇよ”」


 呟き、封御と共に身体を沈め、相手の腕の下へ潜り込んだ。

 その下から一気に突き上げる!


「“さっさと動けって、周りがうるさいんだよな”」


 耳を澄ます。激しく速さを増す旋律。荒々しく猛々しくなる歌声。

 大樹は迷うことなくその流れに身を任せた。



◇ ◆ ◇



 ――封印、してしまった。


 春樹は呆気に取られたまま身動きが出来なかった。

 加勢しなければと思うのに手を出すことがためらわれた。

 そしてとうとう、大樹は渡威の封印を終えてしまったのだ。


 立ち尽くしていると、大樹がこちらを見た。

 なぜかギクリとしてしまう春樹に、彼は――ふいに目元を和ませた。

 そう思った次の瞬間には満面の笑みを浮かべている。

 そのことに春樹は少なからずホッとした。

 いつもの大樹だ。


「春兄! 封印出来たぜ!」

「……無茶しすぎ」

「へへっ♪ どんなもん……だぁ!?」


 ガクンと大樹から力が抜けた。

 彼自身はもちろん、春樹も突然のことにギョッとしてしまう。

 大樹は崩れた体勢のまま目をパチクリさせた。


「あ、あれ?」

「大樹!?」

「春兄……た、立てない……」

「……“力”、やっぱり使いすぎたんだよ」


 深々と息をつくが、大樹は苦笑いを返すだけ。

 春樹は仕方なく肩を貸してやり、彼をセーガの背へ乗せた。

 大樹が呻く。


「ううう、オレめちゃくちゃカッコ悪」

「自業自得」

「あ、ひでー! オレだって一生懸命っ」

「ハイハイ」

「ちょ、春兄! 聞けってばー!?」

「ハイハイ」


 元気だけはいい弟を支えつつ、春樹は不思議とホッとしたのだった。

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