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倭鏡伝  作者: あずさ
11話「闇夜に溶ける影の道化師」
107/153

7封目 神憑りに適した者と、それを知る者

「東雲さんが……」


 ――襲われた?

 それは思ってもみなかった言葉だった。

 誰もが反応に戸惑い動けずにいる。

 気まずい沈黙は重さを増すばかり。


「何でまた」


 呟いたのは葉だった。

 彼は空いている椅子へどっかり腰を下ろす。

 足を組み、苛立たしげに息を吐き出した。

 土屋はそれに対し、顔を歪めてかぶりを振る。


「わかりません」

「……あの」


 春樹は恐る恐る土屋を見やった。


「襲われたって……東雲さんの容態は?」

「それは……」


 土屋が口をつぐむ。

 それとほぼ同時にドアノブが音を立てて回った。自然とみんなの注意はそちらへ向く。

 静かに人影が姿を現した。


「――何ぢゃ、しけた顔ばかりおって」

「……………………え」


 彼は、二足歩行だった。

 そのくせなぜか杖を愛用していた。

 髪と髭は隅まで白い。

 シワの刻まれた顔や手にはそれでもしっかり肉がついている。

 とぼけたようで、警戒を怠らない眼光。

 年齢を感じさせない声音。

 しかしベタな老人口調。


 彼は――紛れもなく東雲だった。


「え……えええええ!?」


 なぜこうもあっさり登場しているのか。

 襲われたのではなかったのか!?


「東雲さんは渡威に襲われて病院へ運ばれましたが、ものの数分で回復したそうです。というより、そもそも軽傷だったようですね。襲われたにしては幸いなことです」

「って土屋医師! 何でそれを早く言わないんですか!」

「ドッキリするかと思いまして」

「いやいやいやっ。返してください、あの気まずさ!」


 心配したのが損ではないか。全くもって不謹慎な。

 だが土屋はニコニコと笑い、「強靱な方ですよね」などと言っている。

 さすが元王の主治医なのであろうか。神経が並より図太いようだ。

 今さらながら春樹は彼の本性が見えてきたような気がした。

 こんな大した性格なら、父とも気が合うであろう。


「東雲さん、ご無事で」


 梢が立ち上がり、安堵の息を漏らした。

 百合もホッと笑みを浮かべる。

 土屋の対応より何より、東雲の無事が嬉しかったようだ。

 だが、その横で葉だけがわずかに顔をしかめた。


「しぶとく生きてたか、クソジジイ」

「ワシはまだまだ現役じゃ。小僧こそまだ王なんぞ続いていたもんだ」

「るっせえよ。棺桶は用意しといてやるから眠っとけ」

「青臭い小僧の用意したもんなど信用出来んわ」

「あぁ?」


 バチリと火花が飛び、二人の眼光が絡み合う。

 大樹が恐れをなしたのか春樹にしがみついてきたくらいだ。

 春樹もまた、顔を引きつらせずにはいられない。


(うーわー)


 棒読みで意味のない呟きを漏らす。

 葉の口ぶりから相性は良くないと思っていた。

 だがここまでとは。


「葉兄を止めなくていいの?」


 心配になって梢と百合を見てみるが、彼らの反応は実にあっさりしたものだった。


「大丈夫だろう」

「昔からだもの。一種のレクリエーションみたいなものよ」


 果たして、あんなにギスギスとしたレクリエーションがあっていいのだろうか。


「だいたい人間離れしすぎなんだよ。少しは人間らしくしやがれクソジジイ」

「小僧にゃ届かん領域じゃからって僻むでない」

「脳みそ腐ってんだろ?」

「現役だというのにわからん小僧だ。ワシは小僧にも負けん」

「渡威なんかにやられたくせして何言ってやがる」

「ありゃ仕方あるまい。ハー坊にやられたんじゃ。油断しとった」


 ――え?

 一瞬、場がしんとなった。戸惑いは瞬く間に感染する。


「……僕?」

「ああ、いや。もちろんハー坊本人とは違うんじゃが」


 東雲はあっさり首を横に振った。

 土屋の用意した椅子に腰を落とす。

 彼の表情はそのときのことを思い出しているのか苦々しい。


「じゃがそっくりでな。ワシもうっかり騙された。肩を強く打たれたわい」

「……もっちーだ」

「? 春兄」


 ポツリと呟いた春樹を、大樹が怪訝そうに見上げてきた。

 しかし春樹はあえて応えず、東雲へ向き直る。


「それはもっちー、いえ、以前まで僕らといた渡威の仕業だと思います」

「ほう」

「春兄!?」


 大樹が腕をつかんでくる。動揺しているのは明らかだった。


「何言ってんだよ! もっちーはそんな……!」

「本当のことだよ」

「春兄!」


 つかんでいた腕を引っ張られ、春樹は静かにそれを振りほどいた。

 大樹の気持ちもわかる。だが全て事実なのだ。


「大樹。……もっちーは、眠っているおまえを連れ攫おうとしたんだ」

「な……!?」

「今のもっちーは僕たちの封御にも反応しない。それを狙ったんだろうね」


 春樹たちの扱う封御は出雲空の改造により、渡威へのセンサーがついている。

 しかし側にもっちーがいると常に反応することになってしまう。

 それでは困るので、もっちーには反応しないように設定し直されていたのだ。

 渡威にはそれぞれ微かに異なる電波のようなもの(人で言えば指紋や声紋だろう)が存在するため、設定自体は難しくないという。


「今のままじゃ近くに潜んでいてもわからないよ。もっちーの能力は厄介だし……。後でまた封御を直してもらわないと」

「オレは信じない!」

「――大樹」


 声を荒げた大樹を見返す。

 すると彼はキッと睨み返してきた。


「嘘だっ、もっちーが裏切るはずねぇもん! 本当だとしても何か訳が……!」

「その訳を、真実を知るためにこそ。僕は直してもらうよ。……少なくとももっちーは今姿を消してる。見つけ出して話を聞かないことにはどうにもならない」


 強く言うと、大樹は言葉を詰まらせた。

 言い返せないのだろう。

 ぐっと拳を握ったままうつむいてしまう。

 彼にとって、もっちーを疑うのも嫌だが、春樹を疑うこともまた出来ないのだ。


「……ふーむ。何かありそうじゃのぉ」


 髭を撫でながら東雲が呟く。

 だがその「何か」はわかりそうにない。


「まあ、相手がもっちーだろうと違おうと。もう一つわかんねぇことがあるだろ」


 唸るように呟き、葉が懐を探った。

 彼は煙草を取り出そうとし、だがすぐに引っ込める。

 ここが病院だと思い出したようだ。

 また親の手前というのもあるのだろう。

 代わりに彼は小さく舌を打った。続ける。


「チビ樹が狙われた理由もはっきりしてないが……恐らく“力”のせいだろ。じゃ、そこのクソジジイが狙われたのは?」

「いい加減クソジジイはやめんか」

「生きたミイラが何をほざいてんだ」

「……葉兄、言いすぎ」


 いくらレクリエーションだとしても、相手は超のつく年配者だ。もう少し敬うべきだろう。

 しかし葉はフンと鼻を鳴らしただけだった。全く聞く耳を持っていない。

 代わりに、なだめるように土屋が口を開いた。


「けれど確かに気になりますね。それがわからなければまた狙われる危険もあります」

「狙われた理由のぉ。ワシの若さが妬ましかったのかもしれん」

「逆に狙いがわかれば対処出来るかもしれませんよね」

「……ハー坊、無視とは度胸あるの」


 東雲に杖で背を突付かれる。

 春樹は肩を落とした。

 無視するなとは言うが、ハリセンでツッコむわけにもいくまい。


「冗談はともかく、ここに来て一つ心当たりが出来おった。……すまないが医者は席を外してくれんか。ちと聞かれたくない」

「ですが……、……わかりました」


 土屋は素直に席を立った。

 不満はあったのだろう。それでも従ったのは東雲の眼光に気圧されたからだ。

 彼は目を伏せ、「何かあればお呼びください」と言い残して部屋から消えた。


「さて」


 東雲は鋭かった気配を消す。のんびりと杖を懐へしまった。


「立ち話もつらいじゃろ。ハー坊とター坊も座れ」

「あ、はい」


 促され、立ったままの二人は慌てて席へ移動した。

 しっかり座ったのを確認し、東雲は重く口を開き始める。


「ワシがここに来て心当たりが出来たと言ったのはな、ター坊を見たからじゃ」

「オレ?」

「今のお主の“力”はあまりに目立ちすぎる。前に見たときは曖昧じゃった。何とも不安定よの……。だがな、ワシは恐らく、それと同じ“力”に会ったことがある」

「「「!」」」


 みんなは一斉に東雲を見た。息を呑む。


「じーちゃん、それマジで!?」

「一体どこで……!?」

「そう急かすな。会ったといってもずい分昔じゃ。梢が生まれるよりもっと、な」


 そう笑い、彼は幾分目を細めた。


「あの坊主ものられる者じゃった……」

「……のられる」


 それは先ほど、葉からも聞かされた言葉。


「――神憑(かみがか)りを、知っておるかな?」

「髪ばかり? っ、だ!?」


 激しい音と大樹の悲鳴が重なる。

 気づいたときには大樹が椅子ごと背から倒れていた。

 その上には東雲が乗っている。

 どうやら東雲が大樹を押し倒したらしい。

 が、その動きは何一つとして見えなかった。なんて速さだ。


「ター坊、話の腰を折っちゃいかんと習わんかったか」

「ご、ごめんってば! 悪かった!」

「それに安心せい。ワシを見てわかるじゃろ、お主の家系はみんなフッサフサじゃー」

「ちょ、近い近い! 顔近い! むしろ髭近いっ! ぎゃああ首絞まるぅううっっ」


 確かに髭が生き物のようにうねっているのは不気味だ。

 葉の言う「人間離れ」はこんなところでも発揮されるらしい。

 そんな様子を眺めながら、百合は首を傾げた。梢を見やる。


「あなた……神憑りって?」

「神霊が人身に乗り移ることだと言われている。そうすることで神の言葉を聞くんだ。昔はそれで政治を行っていたこともあるそうだが……ずい分前に途切れたと」

「そうじゃ。だからワシも思い出すのに時間がかかった。……だが、今ならわかる。ター坊の“力”はあの坊主のもんとそっくりじゃ」


 よっこいせ、と東雲が大樹から降りる。

 当の大樹はグルグルと目を回していた。緊張感に欠ける奴である。


「あの坊主って……」

「ノリワラじゃよ」

「……ノリワラ」


 春樹はその言葉を噛み締めた。

 東雲の説明は信じがたく、だがどこかで納得出来てしまう。


「つまり……その人も、大樹も。神憑りを行う者、神にのられる者だと?」

「恐らくな。そもそもター坊の“力”は自然たちの声を聞くことじゃろ? 可能性は大きい」

「……なるほど」


 神は自然――木や岩などを拠り所として姿を現すと考えられている。

 その考えに従えば、大樹は神の言葉を聞いているのにほぼ等しい。


 しかしあまりにも話が大きくなりすぎ、戸惑いは隠せなかった。

 そっと大樹を盗み見れば、彼は椅子を立て直しその上であぐらをかいている。

 わかっているのだろうか。場違いなほど呑気な奴だ。


 東雲がゴホンとわざとらしく咳払いした。彼も大樹の様子に呆れたらしい。


「まあ、ともかく。ワシが狙われたのは神憑りのことを知っていたからかもしれん。他に直接見知っている者はおらんじゃろうし」

「そうだな……それなら一応、チビ樹とクソジジイの両方が狙われたことにも納得はいく」


 神憑りに適した者と、それを知る者。確かに繋がった。


 それからは、今後の対策について話された。

 理屈では、もう神憑りについて話してしまった東雲は狙われない。

 しかし絶対とは言い切れないため、幾人かの護衛をつけるということで話は進んだ。

 最初は渋っていた東雲も、葉のぶっきらぼうな勧めで仕方なくうなずいたのだ。

 やはり何だかんだといって認め合っているのかもしれない。

 もしくは認め合っているからこその言い合いなのか。


 一通りの話が済んだ頃には日も傾き始めていた。

 本当に軽傷だった東雲は入院の必要もないということで、帰る準備をしようと部屋を出る。

 その際、彼は大樹を見やった。表情を引き締めて。


「ター坊」

「へっ?」

「お主の“力”が呪われとると言ったのは嘘でもないぞ」

「な、……」

「巨大な力は諸刃の剣じゃ。扱い切れず呑まれるようなら、お主は確かに呪われとる。人を惑わし、自分を惑わし、やがてその重さに潰されることになる。あの坊主のようにな……」


 だから。

 ――だから、呪われるな。


 東雲の強い眼差しはそう言っていた。

 彼が何を見てきたのかわからないが、その眼には確かな迫力が宿っている。

 その眼差しを真っ向から受けた大樹は――いつものままに笑った。


「オレはオレだぜ。前も今もそれは変わんねーもん。……ああ、でも」


 屈託がない、無邪気な笑顔。


「神様と友達になれるんだったら、それって楽しそうだよな!」



◇ ◆ ◇



 その後、大樹にも家に帰る許可が下りた。

 “力”が元に戻るのも時間の問題だという。土屋の話では早ければ明日には治るそうだ。


「人騒がせな奴」

「んなこと言われたってさぁ」


 ぼやくと、大樹がぎゅっと腰にしがみついてきた。

 今は病院からセーガで飛行中。大樹が復活したので乗る場所は定位置だ。


「帰ったらユキちゃんと椿ちゃんにお礼言いなよ。二人共すごく心配してたんだから」

「わかってる」


 うなずいた大樹は、ふと腕の力を緩めた。

 微かに身体が強張ったのが伝わってくる。


「大樹?」

「春兄……これ」


 大樹が示したのは封御だった。

 槍状のそれは――力強く灯っている!


(渡威が近くにいる……!?)


 そんなまさか。また来るなんて。


 速まる鼓動を落ち着けつつ、春樹はそっと下を見下ろした。

 眼下には一見平凡な家々が並んでいる。そう高い家はあまりない。ほとんどが二階建て程度だ。

 これといって目立つものも、渡威の潜めるような場所もない。

 だがこの光の強さならそれなりの数がいるはずだ。

 普通なら人が騒ぐだろう。

 しかしそんな様子すら見受けられない。

 おかしい。どこだ?


(どーゆう……)


 怪訝に思った瞬間、大樹の声が鋭く飛んだ。


「春兄っ、上!!」

「!?」


 鳥に憑いたのだろうか、大量に舞う渡威の姿――。


「つかまれっ!」


 大樹に叫び、それと同時にセーガの高度をぐっと下げた。

 疾走。

 だが追ってくる。

 まずい。

 振り切れない!?


 城に入れるわけにはいかない。その前にどうにかして追い払わないと。

 だがどうやって?


 気が急く。考えがまとまらない。


「なぁ、春兄」

「何!?」

「あの中にもっちー、いるのかっ?」

「……わからないよ。いたとしてもあんな数じゃ見つからない」


 そんなことより、狙いは大樹なのだ。もっと気を引き締めろ。

 そう叱咤したかったが、春樹はあえてその言葉を飲み込んだ。代わりに別のことを問う。


「いたらどうするつもりなんだ?」

「決まってんだろ」


 呟かれた言葉ははっきりしていた。それは怖いほど真剣で。


「ひっ捕まえて訳を聞き出してやる」

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