表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭鏡伝  作者: あずさ
11話「闇夜に溶ける影の道化師」
105/153

5封目 目覚めと自覚とエゴ

 そこは、暗かった。

 周りが闇で何があるのかわからない。

 そんな漠然とした道をずっと歩いていた。

 危なげだった足取りは徐々に速度を増す。

 しまいには駆け出していた。


 周りは見えない。

 ――だが、いる。追ってきている。ひたひたと自分の背後にくっつくように。


 足を速める。速める。速める。影が追う。追う。追ってくる。ついてくる。


 脳は懸命に命令を下していた。

 もっと走れ。もっと逃げろ。

 だが手足が思うように動かない。重い。

 もがいた。もっと。もっと速く。

 次いで喘ぐ。苦しい。酸素が、届かない。汗が噴き出た。


 来る。何かが。来る。

 叫びは声に、音にすらならなかった。


「――――っ!!」





「――……あ?」


 真っ先に目が捉えたのは白だった。

 それが天井であると気づくのに数分も要し、大樹はぼんやりと身体を起こした。

 喉が微かな痛みを訴え、自分の声で目を覚ましたのだと認識する。


「んぅ――っ」


 奇妙な掛け声でぐっと身体の筋を伸ばす。

 それだけでいくらかすっきりし、大樹はキョロキョロと周りを見回した。

 誰もいない。自分の家でもない。

 だがどことなく見覚えはあるような。


「……あ、病院じゃん」


 ホッと呟く。父の見舞い先と同じなのだ。


「そっか、オレ頭痛かったんだっけ」


 一度合点がいけば色々と思い出してくる。

 大樹は頭痛が治っていることに今さらながら気がついた。土屋が治してくれたのか。

 だが、それと同時に微かな違和感。

 いつもと何かが違うのだが、大樹自身、それが何なのかはよくわからない。


(てか、みんなは?)


 病室にたった一人というのは何とも心細い。

 大樹はのそりとベッドから這い出た。多少目眩がしたが、そうひどくない。普通に歩き回れそうだ。

 よし、とうなずき、ベッドの側に置いてあった自分の靴をはく。

 大樹はそのまま部屋を抜け出した。

 ――そこまでは良かったが、さて、この先どうするか。


「春兄ってばどこ行ったんだよ……。まさか家に帰ったんじゃ」


 ぼやき、すぐに首を振る。

 いくら春樹でもそこまで薄情はあるまい。そう信じたい。


「それとも……あ、父さんの病室とか」


 それならあり得そうだ。それに大樹自身父に会いたい。

 行き先も決まったところで大樹は駆け出そうとし、


「春樹くん、助けてくれてありがとう」

「いえ、当然です。……けど、詳しい話を聞かせてもらえますよね」

「そうだね」


 ――土屋、そして春樹の声に足を止めた。

 そっと声のする部屋を覗き見れば、二人の姿、それだけでなく母と父、葉の姿もあることがわかる。

 大樹はパッと笑顔になった。こんなに早く見つけられるなんて。


(オレってばラッキー♪)


「はる……っ」


 春兄、と呼ぼうとしてとっさにためらう。

 もしかして、今出て行ったら勝手にベッドを抜け出したことを叱られるのではないか。


(食事抜きとか言われたらどうしよう!)


 具体的な罰といえばそれしか浮かばないというのも情けないが、それほど食事抜きは大樹にとって死活問題なのだ。

 食事を抜かれれば飢える。人は水だけでも何日か生きられるというような話を聞いたことがあるが、大樹には到底信じられない。

 ぐるぐるとくだらない考えが回り出した大樹を、土屋の声が引き戻した。


「大樹くんの“力”は」


 ――え?





「大樹くんの“力”は」


 そう土屋が切り出し、春樹はわずかに姿勢を正した。

 土屋は言葉を選ぶようにゆっくり口を開く。何度も資料に目をやりながら。

 その口調は先ほどの親しげなものでなく、先生としてのもの。


「もうご存知の通り、二種類存在する、と言って良いでしょう」

「二種類……」

「はい。一つは皆さんと同じ“力”。普段彼が使用しているもので、性質は陽、能力は声を聞く。これについての説明は特に必要ありませんね?」


 はい、とうなずくとふむ、と土屋もうなずいた。ぱらりと資料をめくる。


「問題なのがもう一つの“力”。これについては、正直私共も多くの答えを持ち合わせていません。二つの“力”を持つというケースも初めてですが、その“力”そのものがまた未知数とは……。少なくともわかっていることといえば、彼はその“力”のせいでもう一方の“力”の制御も難しくなっているということでしょうか。それが今回の例です」

「え?」

「今回っつーのは、“力”が暴走して倒れたことか?」


 腕を組んだ葉が割って入った。

 土屋は気を悪くした様子もなく、ただ静かにうなずく。

 彼は軽く白衣のシワを伸ばした。


「はい、簡単に言ってしまえば。……つまりですね、構造としては陽の“力”が上、表に。そしてもう一つの――春樹くんの言葉を借りれば白い“力”、これがその下、奥底に眠っていることになります。けれど白い“力”は押し上げてこようとするのです。よって、彼の陽の“力”は普段から他人より外に飛び出しやすい状態となっています。ですから今回も、一時的に白い“力”が強まったゆえに陽の“力”が溢れてしまったと」

「あの、でもどうして大樹は眠ってしまったんですか? “力”を消費すれば眠ってしまうのはわかります。けど白い“力”も“力”には変わりないんじゃ」

「白い“力”は性質が曖昧ですから、身体が上手く順応出来ていないのでしょう。それに大樹くんはまだ小さい。白い“力”を扱いこなすには負担が大きいのです。きっと、無意識に防衛機能が作用し、眠ることを選んだのではないかと」


 はっきりした自信はないのか、土屋が困ったように眉を下げる。

 春樹はゆるゆると息を吐いた。

 土屋の言葉は理解出来るが、いまひとつ形にならない。


「ちなみに白い“力”の能力は?」

「恐らく、陽の“力”の延長ではないかと思われます。他に質問は?」

「……渡威が、大樹を狙っていました。何か理由、わかりませんか……?」

「残念ながらわかりません」


 土屋の答えは先生として。

 今まで淡々と、だが丁寧に答えていた彼は小さく息をついた。資料を机の上に置く。


「本当にわからないんだ。ただ……未知なものは畏怖や恐怖、憧憬の対象になりやすいからね。そういう面もあるのかもしれない」

「――先生」


 声を上げたのは百合だった。彼女は眉を寄せ、小さく首を振る。

 土屋は瞬き、すぐに頭を下げた。


「すいません。けれど……きっと本当のことです。私も初めて彼の“力”を目の当たりにしたとき、正直、鳥肌が立ちました……」


 それは先生としての興味か。人としての恐怖か。土屋自身にもよくわからなかったという。

 だが――その気持ちは春樹にも少しだけわかった。

 春樹も初めて見たとき、どうしていいかわからなくなってしまったのだ。


「あえて言わせてもらいましょう。彼は、違います。私たちとは決定的に。しかし……」


 ガタン


「!?」


 物音にハッとした。とっさにドアの側にいた葉がドアを開ける。

 そこに立ち尽くしていたのは一人の少年。


「大樹……!」


 目が覚めたのか。それより――聞いていたのか!?

 それは愚問だった。大樹の様子を見ればわかる。


「え、えと。え? 何だよみんな。顔、怖いぜ?」


 彼はひどく狼狽していた。

 そんな彼より一拍遅れて気づく。“力”が白いままだ。それなのに目が覚めてしまったのか。


「オレ、難しい話はわかんねぇけど……」

「大樹くん。話は後だ。まずはベッドに戻ろう。ね?」

「っ!」


 土屋が近づいた瞬間、大樹は身体を強張らせ、突風が部屋に巻き起こった。


「わ……っ!?」

「きゃあ!?」

「春樹、百合、大丈夫か? 葉は?」

「ああ、俺は別に」


 何枚かの窓ガラスが割れ、近くにいた春樹と百合は慌てて離れた。

 だが床も花瓶が割れ資料が散乱している。

 その様子を大樹はボーゼンと見ていた。

 みんなの視線が向けられ、ようやくハッとした様子を見せる。


「あ、あの……オレ……っ」

「大樹……?」

「……っ」


 大樹が駆け出す。先ほどまで眠り込んでいたとは思えない速さで。


「大樹!」


 呼んでも止まらない。

 ――やばい。今の状態で外に出れば何が起こるか。


「僕、追ってくる! セーガ!」

 ――“……御意”

「俺も行く」


 春樹、葉はセーガを連れて外に飛び出した。

 だが大樹の姿は見当たらない。

 どこを探せばいいのか見当もつかなかった。闇雲に探すしかないだろうか。


「なあ、春樹」

「何?」

「おまえら、夏休み中に東雲のところに行ったろ?」

「……うん」


 なぜ今そんな話をするのか。春樹は怪訝に思い眉をひそめた。ちなみに東雲とは春樹たちのひいひいじいさんに当たる。驚異の生命力で今も尚ピンピンしているはずだ。


「俺は三年くらい前からチビ樹の“力”に気づいてたし、けど大して気にしちゃいなかった。ただ……おまえらが東雲に会いに行った後、奴から俺に手紙が届いたんだ」

「東雲さんから手紙?」

「ああ。チビ樹の“力”は呪われて……いや、のられているかもしれないってよ」

「……のられて?」

「詳しいことは俺にもわからないけどな」


 そう呟き、葉は前へ向き直った。



◇ ◆ ◇



「大丈夫ですか? 怪我はありませんか」

「……ええ」


 土屋に訊かれ、梢と百合は小さくうなずいた。

 百合が不安げに土屋を見やる。


「先生、大ちゃんの様子は……?」

「……“力”がまだ元に戻っていません。本来ならまだ眠りについているはずですが何かの拍子に目が覚めたのでしょう。それ自体に問題はありません、安静にさえしてくれていれば」

「先ほどの風も、大樹が?」

「そうでしょうね。精神が不安定になったせいで白い“力”が暴発したのではないかと。あのままでは危険です、……人をやって必ず見つけましょう」

「……あなた」


 百合が腕にすがってきた。

 梢は彼女の顔を見てうなずく。初めからそのつもりだ。


「――先生」

「はい」

「外出の許可をお願いします」

「……何ですって?」


 土屋が目を丸くする。

 それを梢はじっと見据えた。譲る気はない。何としてでもうなずいてもらう。

 その意思の強さを感じ取ったのか、土屋は困ったように微笑んだ。


「心配な気持ちはわかりますが、困ります。あなたも安静にしていてください」

「大丈夫です。最近はとても調子がいい」

「途中で悪くなったらどうするんですか!」


 語気を強め、土屋は軽くかぶりを振った。


「……無理をしないでください。大樹くんは必ず私たちが連れ戻しますから。ここであなたが無理をする必要はありません」

「しかし大樹は、私たちの子です」

「……はい?」

「出て行った自分の息子を追いかけたいと思うことに理由がいりますか」

「……ですが! 春樹くんたちも追いかけました。私たちも探します。それに……きっと、大樹くんはそこまで弱い子ではありません。信じて待っているのも親の役目なのではありませんか?」

「……確かに、大樹も、春樹も。そして葉も。私が思うよりずっと強い子たちです。驚くほど早く強くなっています」

「それなら……!」

「先生。強い子は、泣かないと思いますか?」


 穏やかに問うと、土屋は口をつぐんだ。


「強い子は痛みを感じないと思いますか?」

「……それは」

「違うでしょう。きっと、痛みを感じずに強くなることは出来ません。

 泣かないから強いのではありません。泣くから強いのでも、苦しいから強いのでもありません。泣いても、挫けてもそこから立ち上がることが出来るから強くなっていくのです。……強くなるというのは、傷だらけになることと紙一重なのではありませんか。そしてあの子たちは今も強くなりつつある。私たちには些細かもしれないことでも悩み、傷つき、必死に立ち向かっています。……きっと、これからもたくさん傷つきます」

「…………」

「まあ……」


 呟き、小さく笑う。梢は表情を緩めて土屋を見た。


「傷ついて、それでも立ち上がった子供を抱き締めてやりたいと思うのは、ただの親のエゴなんですけどね」


 それはもう可愛く、誇らしく思えて仕方ないんです。

 そう付け足すと、土屋は細く息を吐いた。苦笑を向けてくる。


「……わかりました。全く、あなたには敵いません」

「ありがとうございます」

「決して褒めているわけではありませんよ」

「わかっています。けれど先生の皮肉は私にとっていい薬だ」

「……あまり効いてはいないようですが」


 呟き、土屋は笑った。それは思いがけず清々しい笑いだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ