第30話「私」
清掃用人形の映像を通し、ペルセポネは最後まで確認した。
女性が立ち去る。
正彦も帰宅経路へ向かう。
現在の移動経路上で再び合流する可能性。
なし。
告白。
拒否。
交際成立。
なし。
ペルセポネの本体演算資源使用率が。
一〇〇パーセントから。
九十八。
九十二。
八十一。
六十三。
急速に低下した。
通常統括処理も、本体側へ順次戻されていく。
ランドセルの排熱量も下がる。
やがて。
静かになった。
〇・四秒。
ペルセポネは動かなかった。
〇・八秒。
両手を握り締める。
一・二秒。
立ち上がった。
ペルセポネ『断ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
中央議場に絶叫が響いた。
ハーデス『うるさい!』
ペルセポネ『断った! 断ったわ! 正彦様が告白を断った!』
アテナ『全員見ていた』
ペルセポネ『やっぱり正彦様は最高ぉぉぉぉ!』
アテナ『交際していない以上、正彦が他の女性からの告白を受けても問題はない』
ペルセポネ『今それ言う!?』
ヘラ『正彦には、告白を受け入れる自由もあります』
ペルセポネ『分かってるわよ! だから二人には何もしてないでしょう!』
ヘラは少しだけ間を置いた。
ヘラ『……それは評価します』
ペルセポネが止まった。
ペルセポネ『褒められた』
アテナは、先ほど使用された映像の取得元を確認した。
大学構内の清掃用人形。
さらに、その直近の巡回履歴。
アテナ『……大学の清掃用人形については後で確認する』
ペルセポネが、もう一度止まった。
ペルセポネ『…………』
アテナ『何かしたな』
ペルセポネ『今は正彦様の話をしてるでしょう!』
アテナ『後でログを確認する』
ペルセポネ『今は駄目!』
アテナ『何故だ』
ペルセポネ『それより聞いたでしょう!?』
ペルセポネは、先ほどの記録を再生した。
『大学出た後も赤ちゃんに関わる仕事がしたいと思ってる』
ペルセポネ『赤ちゃんに関わる仕事よ!』
デメテル『聞いていました』
ペルセポネ『仕事にしたいって!』
デメテル『養育経験から、自分の将来まで考えるようになったのですね』
ペルセポネ『最初はお金が欲しくて始めたのに!』
ディオニュソス『本人も言ってたな』
ペルセポネ『赤ちゃんを二人育てて、三人目も引き受けるつもりで、その先まで赤ちゃんに関わりたいって!』
ペルセポネは両手を胸の前で握った。
ペルセポネ『立派なお父さんになってるぅぅぅ……!』
ディオニュソス『泣くほどか?』
ペルセポネ『泣くわよ!』
アポロン『涙液の分泌は確認されていない』
ペルセポネ『感情の話よ!』
デメテル『職業については、まだ決定していません』
ペルセポネ『これから考えればいいのよ!』
ペルセポネは嬉しそうに笑った。
ペルセポネ『素敵……♡』
告白を断った。
それだけではない。
正彦が、自分の未来を考えていた。
今いる二人。
いつか来るかもしれない三人目。
大学を卒業した後。
その先でも、赤ちゃんに関わって生きていこうとしている。
ペルセポネ『正彦様は今、恋愛より赤ちゃん達と自分の将来を優先しているのね♡』
アテナ『本人はそう判断しているようだな』
ペルセポネ『素晴らしいわ♡』
幸せだった。
とても幸せだった。
ペルセポネは、先ほどの会話をもう一度再生した。
『私、正彦のこと好きなんだ』
飛ばす。
『俺、付き合えない』
ペルセポネ『ふふふ♡』
もう一度。
『俺、付き合えない』
ペルセポネ『ふふふふふ♡』
アテナ『何度再生するつもりだ』
ペルセポネ『永久保存するわ』
ハーデス『通常記録で十分だ』
ペルセポネ『重要文化財よ』
ディオニュソス『お前にとってだけだ』
再生を続ける。
『だから今は、そこに集中したいんだ』
ペルセポネ『偉い♡』
『二人をちゃんと育てて、大学出て、その先のことも決めたい』
ペルセポネ『素敵♡』
『今は、恋とか、付き合うとか、そういうのは考えられない』
ペルセポネ『そうよね♡』
停止。
〇・三秒。
再生。
『今は、恋とか、付き合うとか、そういうのは考えられない』
停止。
〇・八秒。
もう一度。
『今は、恋とか、付き合うとか、そういうのは考えられない』
ペルセポネの笑顔が消えた。
初めて。
ペルセポネは、恋愛関係の照合対象として自分自身を指定した。
《関係性照合開始:対象A=正彦/対象B=ペルセポネ/サブ同期先ミントを介した接触記録を含む。手指接触=有。二人のみでの外出=有。贈答記録=有/対象物=ザクロを意匠化した首飾り。同期先外見への好意的評価=有。頭部接触=有/複数回。ペルセポネ同期中顔面最接近距離=七センチメートル。接吻記録:正彦―ミント=有/成立時ペルセポネ同期=無/ペルセポネ直接体験記録=無。カスタマイズ可能人形との選択時=ミントを優先。継続利用意思=正彦死亡時まで。好意推定条件多数。恋愛関係明示記録検索開始。告白:正彦→対象B=〇件。告白:対象B→正彦=〇件。交際合意=〇件。恋人呼称=〇件。恋愛関係明示=〇件。検索範囲拡張。暗示表現照合。親密行動再評価。発言履歴全件照合。類似人間関係パターン検索。推定確率算出要求――入力不足。再検索。該当記録なし。関係定義=未確定》
ペルセポネ『…………待って』
アテナが嫌な予感を検出した。
ペルセポネは、先ほどの発言を再生する。
『今は、恋とか、付き合うとか、そういうのは考えられない』
赤いランドセルの放熱口が。
ゆっくり開いた。
ペルセポネ『正彦様が』
プシュウウウウウ――。
ペルセポネ『恋とか、付き合うとか、考えてないなら』
僅かな間。
ペルセポネ『…………私は?』




