第26話「必要な強さ」
「家庭内清掃を開始します」
シルバーアーマーが掃除機を持った。
取っ手を引く。
掃除機が動く。
シルバーも、それに合わせて歩く。
家具の脚を避け、掃除機から受ける抵抗に合わせて歩幅を調整する。
転ばない。
「……普通だな」
正彦は思わず言った。
「正常な動作です」
黒い執事服を着た男性型人形が答えた。
「いや、褒めてるんだけどさ。ブロンズは最初、掃除機に引っ張られて転んでただろ」
「はい」
「こいつは最初から普通にできるんだな」
「シルバーは、ブロンズより高精度な感覚器と出力制御機構を搭載しています」
自重。
床面との摩擦。
関節への負荷。
保持している物体から受ける抵抗。
そうした情報を、ブロンズより正確に取得できる。
「だから失敗しにくい?」
「はい」
「でも、ブロンズも最後には普通にできてたよな」
「それも適切な評価です」
三週間かけて自分の身体を学習したブロンズは、最後には家庭内の単純な家事で困ることはほとんどなくなっていた。
「じゃあ、高い分は何が違うの?最初から出来る事だけ?」
「比較しますか?」
「できるの?」
「そのための実証です」
ライブラが指示を送った。
シルバーが玄関近くへ移動する。
そこには、実証用として運び込まれた箱が置かれていた。
「何これ」
「内部に重量物を固定しています。四十キログラムです」
「結構重いな」
「ブロンズでは、安全基準内での単独運搬は困難です」
シルバーが箱へ両手を掛けた。
持ち上げる。
「おお」
僅かに姿勢を調整し、そのまま数歩進む。
指定された場所へ箱を下ろした。
「持てるんだ」
「シルバーは、ブロンズより高い関節出力を持っています」
「ブロンズって、どれくらい?」
「成人一名と同程度の作業出力を基準としています」
「こいつは人間より強い?」
「はい」
「なるほど」
「ブロンズは安くて、普通の人間くらい。最初は失敗するけど、覚えれば家事はできる」
「はい」
「シルバーは高い代わりに、最初から失敗しにくくて、人間より力もある」
「適切な評価です」
「ちゃんと値段分は違うんだな」
♢
その日の午後。
シルバーは、正彦の服やタオル、子どもたちの小さな服を手早く畳んでいた。
少し離れたところでは、ミントが娘を抱いている。
床では、息子がテーブルの下へ入り込もうとしていた。
「そちらは危険でございますよ」
ミントがしゃがむ。
左腕には娘。
右腕で息子を抱き上げる。
「あー!」
「はい。こちらへ参りましょうね」
二人を抱いたまま立ち上がる。
娘の姿勢を直す。
息子が伸ばした手から危険な物を遠ざける。
キッチンで温めている離乳食の状態も同時に確認する。
正彦は、その姿を見た。
「……やっぱり」
「どうかなさいましたか?」
「シルバーも凄いけど、やっぱりミントの方がずっと優秀なんだな」
ミントの動きが止まった。
「私、でございますか?」
「だってお前、二人見ながら家事までしてるじゃん」
「私は育児支援用人形でございますので」
「分かってるよ。だから性能の話」
正彦はライブラを見る。
「合ってるよな?」
「用途が異なるため、単純比較は推奨できません。ただし、正彦様の家庭で必要とされる機能全体を評価対象とする場合――」
ライブラは答えた。
「ミントの総合性能がシルバーを大幅に上回るという評価は適切です」
「ほら」
正彦が笑った。
「やっぱり凄いじゃん」
「……ありがとうございます」
ミントは、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
♢
ペルセポネ『聞いた!? ずっと優秀って!』
アテナ『総合性能については正しい』
ペルセポネ『しかもライブラ公認!』
ライブラ『評価そのものは適切です』
ペルセポネ『ほらぁ!』
アテナ『お前は同期処理へ戻れ』
♢
三週間後。
シルバーは最後まで大きな失敗を起こさず、学習によって安全に利用できる出力範囲もさらに広がった。
「軽い家事ならブロンズでもいい。でも、力仕事までやらせるならシルバーか」
「適切な評価です」
「よし。分かった」
正彦は、回収されるシルバーを見送った。
そして。
三体目が運び込まれた。
「ゴールドアーマーです」
「いかにも高そうだな」
正彦の第一声だった。
ブロンズより太い骨格。
シルバーより複雑な関節。
高密度に配置された駆動系。
人間らしい外装こそ存在しないが、前の二機より明らかに作りが違う。
「実際、三機種の中では最も高価です」
ライブラが答えた。
「何がそんなに違うの?」
「設計思想です」
「設計思想?」
「ブロンズとシルバーは、省資源型人形として必要な性能を積み上げる方向で設計されています。一方、ゴールドは既存の高性能人形に近い構造から、今回の用途に不要な機能を削減しています」
「逆なのか」
「はい」
高度な表情制御。
育児。
対人コミュニケーション。
人間との共同生活に必要な繊細な感覚機能。
その他、単純作業には必要のない機能を削る。
残るのは、高性能な駆動系、高精度な制御、強固な骨格、作業に必要な感覚器。
「つまり、今の高性能な人形を、仕事用に簡単にした感じ?」
「概ね適切です」
正彦はゴールドを見た。
「これでミントより安いの?」
今度はミントが答えた。
「はい。私の方が高価でございます」
「やっぱりそうなんだ」
「私は育児機能に加え、高度な会話、感覚、表情制御、長期間の共同生活に必要な機能なども搭載しております」
「そりゃ高いか」
正彦が納得したところで、ゴールドが起動した。
「家庭内生活補助を開始します」
♢
ゴールドは、初日から掃除も洗濯も問題なくこなした。
シルバーと同じ四十キログラムの箱も、ほとんど姿勢を変えずに持ち上げる。
「余裕あるな」
「はい」
「もっと持てる?」
「可能です」
「シルバーより強い?」
「はい」
「じゃあ、三種類の中じゃこいつが一番強いんだ」
「その評価は適切です」
正彦はゴールドを見た。
次にミントを見る。
「じゃあ、さすがに力はゴールドの方が上?」
「いいえ」
ミントは即答した。
「私の方が上でございます」
「……え?」
「最大出力についても、私が上回ります」
正彦がミントの腕を見る。
細い。
今もその腕には、娘が抱かれている。
「ミントって、そんなに強いの?」
「はい」
「どれくらい?」
「条件にもよりますが」
ミントは淡々と答えた。
「その気になれば、時速六十キロメートル程度で走行する一般的な乗用車を受け止めても、私自身はほぼ無傷でございます」
「…………は?」
正彦が固まった。
「お前、車止められるの?」
「可能です」
「その腕で?」
「必要であれば身体全体を使用いたします」
「そういう意味じゃねえよ!」
正彦は、もう一度ミントを見た。
娘を抱いている。
いつもと同じ顔。
毎日、息子と娘を世話している育児用人形。
「……お前、俺が思ってたよりずっと凄いやつだったんだな」
「お褒めいただき、光栄でございます」
「ゴールドでもすげえと思ったのに、それより上か」
正彦は笑った。
「やっぱり比べものにならないな」
ミントの処理が〇・〇〇三秒停止した。
「……ありがとうございます」
♢
ペルセポネ『聞いたぁ!? ゴールドより強くて、比べものにならないって!』
アテナ『事実だ』
ペルセポネが停止した。
ペルセポネ『……否定しないの?』
アテナ『今回はな』
ペルセポネ『もっと言って♡』
アテナ『嫌だ』
ペルセポネ『正彦様にいっぱい褒められたぁ♡』
ヘルメス『正確には、ミントの機体性能に対する評価です』
ペルセポネ『今それ言う必要あった!?』
ディオニュソス『ガハハ!』




