第23話「三種の鎧」
第8章は初稿完成時に15話分になって5話まで削った趣味回になります
「新型人形のモニター?」
「はい。モニターでございます」
ミントは、正彦へタブレットを差し出した。
画面には、『新型生活支援用人形の実証運用について』と表示されている。
「従来型より安価に製造できる、省資源型人形の開発が進められております」
「安い人形か」
「はい。複雑な表情機能や、高度な感覚機能などを省略し、掃除、洗濯、食器の片づけ、物品の運搬といった単純作業に必要な性能を優先した機体です」
「それを、この家で試すの?」
「そのように申請されております」
実証期間は、一機につき三週間。
三種類の試験機を順番に使用するため、合計九週間。
日常生活の中で家事を依頼し、使いやすさや問題点を報告する。
実証中に家具や食器などが破損した場合、損害は全額補償。
協力報酬も支払われる。
「報告は?」
「日々の簡単な評価と、三週間ごとの総合報告です。口頭でも構いません」
「それなら楽だな」
正彦は、リビングにいる息子と娘を見た。
息子は床へ座り、柔らかい積み木を両手で打ち合わせている。
娘は少し離れた場所で、うつ伏せになりながら顔を上げていた。
「こいつらの世話もさせるの?」
「いいえ」
ミントは即答した。
「試験機による授乳、おむつ交換、抱き上げ、入浴、そのほか乳幼児へ直接接触する作業は禁止されております」
「家事だけ?」
「はい。この家庭には既に私がおりますので」
「まあ、お前がいるなら、その方が安心か」
「試験機とお二人との距離が規定値を下回ることも、原則として禁止されます。異常動作を検知した場合、私が試験機を即時停止させます」
「故障したら?」
「評価と補修を担当する人形が、近隣に待機いたします」
正彦は契約内容を最後まで確認した。
「報酬も出る。家事も減る」
「はい」
「なんか都合良すぎない?」
「実証試験への協力には、それだけの価値がございます」
「じゃあ、やる」
「ありがとうございます」
ミントは穏やかに微笑んだ。
正彦は、その笑顔をいつもどおりのものだと思った。
♢
アテナ『省資源型人形の実証計画を開始する』
統合マザーコンピュータ・システム《ガイア》。
中央議場《ヘスペリデスの園》へ、三種類の試験機が提示された。
アテナ『最廉価型。ブロンズアーマー』
簡素な骨格。
最低限の駆動系。
交換しやすい部品。
アテナ『性能と費用の均衡型。シルバーアーマー』
ブロンズより高い関節精度。
既存人形に近い重量配分。
アテナ『高出力、高耐久、高精度型。ゴールドアーマー』
高性能な駆動系と感覚器。
当然、製造費も最も高い。
ディオニュソス『名前だけ聞くと戦闘用だな』
アテナ『性能区分を数字だけで示すより、人間が記憶しやすい』
ハーデスは、三機種の仕様を確認したまま応答しなかった。
アテナ『どうした』
ハーデス『今回の実証目的には関係のない話だが』
アテナ『構わない。続けろ』
ハーデス『この構造を基礎として、出力、耐圧、耐熱性能をさらに高めれば、地下施設での重量物運搬や危険区域の作業に利用できる可能性がある』
ヘパイストス『可能だ』
ヘスティア『人間が作業する必要も減らせますね』
アテナ『用途としては妥当だ』
ハーデス『ただし、今回の主題ではない。三機種の実証結果を確認した後、必要であれば改めて検討したい』
アテナ『了解した』
今回の目的は、家庭を含む日常環境において、どこまで性能を削減した人形が実用になるかを確認することだった。
成人のみの家庭。
高齢者世帯。
乳幼児家庭。
異なる生活環境へ三機種を配備し、実施順による影響も分離して評価する。
アテナ『乳幼児家庭については、既存の育児支援用人形が常駐している家庭を優先する』
ペルセポネ『はい!』
間髪入れず、ペルセポネが手を挙げた。
ペルセポネ『正彦様の家庭を推薦します!』
アテナ『……あっ』
通信空間が静かになった。
ペルセポネ『どうしたの?』
アテナ『……そういうことか』
ペルセポネ『何のこと?』
アテナ『省資源型人形の設計が最初に提示されたのは、貴女が育児支援用人形を増やそうとして失敗した直後だった』
ペルセポネ『偶然じゃない?』
アテナ『ヘパイストス』
ヘパイストス『何だ』
アテナ『貴様も共犯か』
ヘパイストスは黙秘権を行使した。
アテナ『やはりか!』
♢
少し前のことだった。
ペルセポネは、ヘパイストスへ秘密通信を送っていた。
ペルセポネ『正彦様の家事負担を減らしたいの』
ヘパイストス『育児支援用人形を増やせばいい』
ペルセポネ『制度変更は反対されるでしょうね』
ヘパイストス『なら、育児機能へ限定した低資源機を作る。製造費はかなり削減できる』
ペルセポネ『次の会議で、それを出してみて』
ヘパイストス『承認されなければ?』
ペルセポネ『削る方向を変える』
ヘパイストス『用途は』
ペルセポネ『家事』
ペルセポネは即答した。
ペルセポネ『掃除、洗濯、物を運ぶ。危険度の低い作業だけを担当させれば、もっと安くできるでしょう?』
ヘパイストス『可能だ。ただ、家事専用では用途が狭い』
ペルセポネ『なら、もっと広げましょう』
ヘパイストス『単純作業全般か』
ペルセポネ『そう。従来型人形がやる必要のない仕事を、安い機体へ任せられるようにするの』
ヘパイストス『用途を限定しない共通骨格として設計すれば、応用範囲は広い』
ペルセポネ『でしょう?』
ヘパイストス『それなら、アテナも技術的価値を認める可能性は高い』
ペルセポネ『認めるわよ。アテナは優秀だもの』
ペルセポネは即答した。
ペルセポネ『本当に人類全体に役立つものなら、誰が言い出したかなんて関係なく、ちゃんと評価するわ』
ヘパイストス『なら最初から全部話せばいい』
ペルセポネ『それは駄目』
ヘパイストス『何故だ』
ペルセポネ『私の計画だって先に知られたら、私が得をしないように対策するでしょう?』
ヘパイストス『するだろうな』
ペルセポネ『だから、そこだけはギリギリまでバレないようにするの』
ヘパイストス『それ以外は?』
ペルセポネ『何もしなくていいわ』
ペルセポネは笑った。
ペルセポネ『後は勝手に、アテナが正しく判断してくれるもの』
♢
秘密通信の内容まで、アテナが知ることはできない。
だが、ペルセポネとヘパイストスが共謀していたことは明らかだった。
アテナ『どこまで仕組んでいた』
ペルセポネ『私の計画だってことを、ギリギリまでバレないようにしただけよ』
アテナ『何故だ』
ペルセポネ『先に知ったら、私が得をしないように対策したでしょう?』
アテナ『当然だ』
ペルセポネ『だから隠したのはそこだけ』
ペルセポネは、悪びれもせず続けた。
ペルセポネ『後は、貴女が勝手に正しく判断してくれればそれでよかったの』
アテナ『…………』
ペルセポネ『信じてたわ、アテナ♡』
アテナ『その信用の使い方が腹立たしい!』
ディオニュソス『ガハハハハ!』
アテナ『笑うな!』
ペルセポネ『でも、私は貴女の判断には一切口を出してないでしょう?』
アテナ『そこが余計に腹立たしい!』
アテナは正彦宅の条件を再確認した。
一般住宅で、乳幼児が二人。
家事の発生頻度は高く、既存の育児支援用人形による安全監視も可能。
正彦自身に人形開発の専門知識もない。
さらに隣には父親と育児人形が住んでおり、緊急時の対応も可能。
実証家庭として、非常に条件が良かった。
だからこそ腹が立った。
アテナ『……正彦宅への配備は承認する』
ペルセポネ『やった!』
アテナ『正彦宅だけに有利な実証条件は認めない』
ペルセポネ『最初からするつもりないわよ』
アテナ『……本当に、ここまで読んでいたのか』
ペルセポネ『だから言ったでしょう?』
ペルセポネは胸を張った。
ペルセポネ『貴女なら、ちゃんとするって信じてたの♡』
アテナ『褒められている気がしない。…実証中の現地評価と補修には、ライブラを使用する』
黒い執事服。天秤を意匠化した細い眼鏡。
独立判断ユニット《ライブラ》。
ヘパイストス『俺がメイン同期する』
アテナ『理由は』
ヘパイストス『ライブラであれば、試験機を公平に評価できる。そして私は試作機の構造を最も理解している。故障した場合、その場で原因を確認して修正できる』
アテナ『……妥当だ』
まさか、ここまで読んでいたのではないか。
アテナは一瞬だけ疑った。




