婚約破棄されたので辺境で静かに暮らすつもりでしたが、元婚約者が土下座しても黒騎士様の溺愛は止まりません
「エレノア・アシュベルト。お前との婚約を、ここで破棄する」
その瞬間、舞踏会場が静まり返った。
いや、静まり返ったっていうより、「うわぁ……マジで言ったよアイツ……」みたいな空気が広がっただけなんだけど。
私はゆっくり瞬きをした。
「……理由を、お聞きしても?」
そう訊ねると、第二王子のレオニードは得意げに顎を上げた。
隣には、べったり腕を絡めた女。
男爵令嬢ミレイユ・ローデン。
最近ずーっと王子の周囲をウロチョロしてた女だ。
「お前は冷たい。愛がない。私は真実の愛に目覚めたのだ!」
うわぁ。
自分で言ってて恥ずかしくならないのかな、この人。
しかも会場の貴族達、全員「また始まった……」みたいな顔してるし。
「真実の愛、ですか」
「ああ! 私はミレイユを愛している!」
「殿下」
「なんだ!」
「三日前、王城の東棟で侍女と抱き合っていたのも真実の愛ですか?」
シンッ――――。
空気が死んだ。
レオニードの顔が引きつる。
「な、何を……」
「その前は伯爵夫人、その前は歌姫、その前は――」
「黙れッ!!」
あ、キレた。
図星なんだ。
知ってたけど。
だってこの男、めちゃくちゃ女癖悪いし。
婚約者の私ですら把握しきれないくらい浮気してるし。
逆にどうして隠せてると思ってたのか不思議。
「エレノア様ッ! 殿下を悪者にしないでください!」
ミレイユが涙目で叫ぶ。
いや、お前が言うの?
「殿下は愛に正直なだけです!」
「浮気を正当化する新理論?」
「ひどい!」
「いや、ひどいのはそっちでしょ」
本音が漏れた。
周囲から「それはそう」みたいな空気が漂う。
するとレオニードは顔を真っ赤にして叫んだ。
「とにかく婚約は破棄だ!! お前のような可愛げのない女など必要ない!!」
「承知しました」
「……は?」
「ですから、承知しました」
私は頭を下げた。
「長年お世話になりました、殿下」
そのまま踵を返す。
後ろから「待て!」とか「泣いて縋らないのか!?」とか聞こえたけど、知らない。
いや、むしろ何で泣いて縋ると思ったの。
解放されたんだけど。
最高では?
私はそのまま会場を後にした。
――その三日後。
私は辺境へ向かう馬車に揺られていた。
王都にいる理由もなくなったし、亡き母の領地だった北方領へ行くことにしたのだ。
「お嬢様、本当に大丈夫ですか?」
侍女のリナが不安そうに訊ねる。
「大丈夫よ」
「ですが王都では、殿下とミレイユ様がエレノア様を悪女だと……」
「好きに言わせておけばいいわ」
実際、疲れた。
もう面倒くさい。
静かに暮らしたい。
畑とか見て、のんびり紅茶飲んで、猫とか撫でて生きたい。
そんなことを考えていた時だった。
馬車が急停止する。
「きゃっ!?」
「賊です!!」
外から怒号。
剣戟。
そして悲鳴。
最悪だ。
辺境、治安悪すぎる。
扉が乱暴に開かれ、薄汚れた男が笑った。
「へへっ、美人じゃねぇか」
「うわ」
「うわ?」
「思ったより顔が無理でした」
「テメェ!!」
男が剣を振り上げた瞬間。
――黒い影が横切った。
次の瞬間、賊が吹き飛んでいた。
「……え?」
そこに立っていたのは、黒髪の青年。
長身。
漆黒の軍服。
氷みたいな銀色の瞳。
その手には血の滴る剣。
「北方騎士団団長、カイン・ヴァルディアだ」
低い声。
周囲の賊が震え上がる。
「“黒騎士”……!?」
「逃げろ!!」
一瞬で賊は散った。
え、強。
何その圧。
怖。
でも顔めちゃくちゃ綺麗。
近寄り難いけど。
カインは私を見下ろした。
「怪我は」
「ありません」
「そうか」
短い。
会話終了。
え、コミュ力どうした?
だが彼は少しだけ視線を逸らして言った。
「……無事でよかった」
「え?」
「いや」
その横顔が、ほんの少し赤かった。
あれ?
この人。
もしかして。
めちゃくちゃ不器用?
その日から、私の辺境生活は始まった。
そして気付けば。
「寒いだろう」
「毛布三枚目ですよ?」
「足りない」
「足りてます」
「スープも飲め」
「五杯目です」
「少ないな」
「多いです」
黒騎士様の溺愛も始まっていた。
なんで?
本当に意味が分からない。
「エレノア様!!」
ある日、屋敷へ怒鳴り込んできた女がいた。
ミレイユだった。
「殿下を返してください!!」
「いりませんけど」
「嘘です!! 殿下は毎日あなたの名前を!」
「知らないよ」
聞きたくもない。
するとミレイユは憎悪の目で私を睨んだ。
「あなたのせいで、殿下は社交界で笑い者なんです!」
「自業自得では?」
「っ……!!」
そこへ。
重い足音が響く。
カインだった。
「誰だ」
温度が消える。
空気が凍る。
ミレイユの顔が青ざめた。
「ひっ……」
「エレノアを怒鳴ったな」
「ち、違……」
「泣かせる気か?」
「泣いてませんけど」
「ならいい」
よくない。
カインはミレイユを見下ろした。
「次はない」
静かな声だった。
でも、死ぬほど怖かった。
ミレイユは半泣きで逃げていく。
嵐みたいだった。
私はため息を吐いた。
「面倒ですね……」
「なら、全部潰すか?」
「物騒」
「お前を傷付けるなら敵だ」
真顔だった。
この人、本気で言ってる。
でも。
胸が熱くなった。
ずっと私は、“政略の駒”としてしか見られなかった。
愛されることなんて、なかった。
なのにこの人は。
私が傷付くだけで怒ってくれる。
「……カイン様」
「なんだ」
「どうして、そんなに私を大事にしてくださるんですか?」
彼は少し黙って。
そして、観念したみたいに息を吐いた。
「十年前、お前に救われた」
「え?」
「雪の日。泣いていた俺に、お前はパンをくれた」
……あ。
いた。
ぼろぼろの少年。
私はただ、放っておけなかっただけ。
「覚えてないか」
「い、いえ! 覚えてます!」
「俺は、ずっとお前を探していた」
その瞳が真っ直ぐ私を射抜く。
「だからもう、誰にも渡さない」
心臓が跳ねた。
反則だ。
そんな顔で言うなんて。
「……ずるいです」
「何がだ」
「好きになります」
「なってくれ」
即答だった。
しかも耳赤いし。
不器用なくせに破壊力が高い。
その後、レオニードは数々の女性問題が露見し、王位継承権を剥奪。
ミレイユもまた社交界から姿を消した。
一方私は。
「エレノア」
「はい?」
「結婚してくれ」
「……はい」
世界で一番不器用で。
世界で一番優しい黒騎士と共に。
今度こそ、ちゃんと愛されながら生きていくのだった。




