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婚約破棄されたので辺境で静かに暮らすつもりでしたが、元婚約者が土下座しても黒騎士様の溺愛は止まりません

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/13

「エレノア・アシュベルト。お前との婚約を、ここで破棄する」


 その瞬間、舞踏会場が静まり返った。


 いや、静まり返ったっていうより、「うわぁ……マジで言ったよアイツ……」みたいな空気が広がっただけなんだけど。


 私はゆっくり瞬きをした。


「……理由を、お聞きしても?」


 そう訊ねると、第二王子のレオニードは得意げに顎を上げた。


 隣には、べったり腕を絡めた女。


 男爵令嬢ミレイユ・ローデン。


 最近ずーっと王子の周囲をウロチョロしてた女だ。


「お前は冷たい。愛がない。私は真実の愛に目覚めたのだ!」


 うわぁ。


 自分で言ってて恥ずかしくならないのかな、この人。


 しかも会場の貴族達、全員「また始まった……」みたいな顔してるし。


「真実の愛、ですか」


「ああ! 私はミレイユを愛している!」


「殿下」


「なんだ!」


「三日前、王城の東棟で侍女と抱き合っていたのも真実の愛ですか?」


 シンッ――――。


 空気が死んだ。


 レオニードの顔が引きつる。


「な、何を……」


「その前は伯爵夫人、その前は歌姫、その前は――」


「黙れッ!!」


 あ、キレた。


 図星なんだ。


 知ってたけど。


 だってこの男、めちゃくちゃ女癖悪いし。


 婚約者の私ですら把握しきれないくらい浮気してるし。


 逆にどうして隠せてると思ってたのか不思議。


「エレノア様ッ! 殿下を悪者にしないでください!」


 ミレイユが涙目で叫ぶ。


 いや、お前が言うの?


「殿下は愛に正直なだけです!」


「浮気を正当化する新理論?」


「ひどい!」


「いや、ひどいのはそっちでしょ」


 本音が漏れた。


 周囲から「それはそう」みたいな空気が漂う。


 するとレオニードは顔を真っ赤にして叫んだ。


「とにかく婚約は破棄だ!! お前のような可愛げのない女など必要ない!!」


「承知しました」


「……は?」


「ですから、承知しました」


 私は頭を下げた。


「長年お世話になりました、殿下」


 そのまま踵を返す。


 後ろから「待て!」とか「泣いて縋らないのか!?」とか聞こえたけど、知らない。


 いや、むしろ何で泣いて縋ると思ったの。


 解放されたんだけど。


 最高では?


 私はそのまま会場を後にした。


 ――その三日後。


 私は辺境へ向かう馬車に揺られていた。


 王都にいる理由もなくなったし、亡き母の領地だった北方領へ行くことにしたのだ。


「お嬢様、本当に大丈夫ですか?」


 侍女のリナが不安そうに訊ねる。


「大丈夫よ」


「ですが王都では、殿下とミレイユ様がエレノア様を悪女だと……」


「好きに言わせておけばいいわ」


 実際、疲れた。


 もう面倒くさい。


 静かに暮らしたい。


 畑とか見て、のんびり紅茶飲んで、猫とか撫でて生きたい。


 そんなことを考えていた時だった。


 馬車が急停止する。


「きゃっ!?」


「賊です!!」


 外から怒号。


 剣戟。


 そして悲鳴。


 最悪だ。


 辺境、治安悪すぎる。


 扉が乱暴に開かれ、薄汚れた男が笑った。


「へへっ、美人じゃねぇか」


「うわ」


「うわ?」


「思ったより顔が無理でした」


「テメェ!!」


 男が剣を振り上げた瞬間。


 ――黒い影が横切った。


 次の瞬間、賊が吹き飛んでいた。


「……え?」


 そこに立っていたのは、黒髪の青年。


 長身。


 漆黒の軍服。


 氷みたいな銀色の瞳。


 その手には血の滴る剣。


「北方騎士団団長、カイン・ヴァルディアだ」


 低い声。


 周囲の賊が震え上がる。


「“黒騎士”……!?」


「逃げろ!!」


 一瞬で賊は散った。


 え、強。


 何その圧。


 怖。


 でも顔めちゃくちゃ綺麗。


 近寄り難いけど。


 カインは私を見下ろした。


「怪我は」


「ありません」


「そうか」


 短い。


 会話終了。


 え、コミュ力どうした?


 だが彼は少しだけ視線を逸らして言った。


「……無事でよかった」


「え?」


「いや」


 その横顔が、ほんの少し赤かった。


 あれ?


 この人。


 もしかして。


 めちゃくちゃ不器用?


 その日から、私の辺境生活は始まった。


 そして気付けば。


「寒いだろう」


「毛布三枚目ですよ?」


「足りない」


「足りてます」


「スープも飲め」


「五杯目です」


「少ないな」


「多いです」


 黒騎士様の溺愛も始まっていた。


 なんで?


 本当に意味が分からない。


「エレノア様!!」


 ある日、屋敷へ怒鳴り込んできた女がいた。


 ミレイユだった。


「殿下を返してください!!」


「いりませんけど」


「嘘です!! 殿下は毎日あなたの名前を!」


「知らないよ」


 聞きたくもない。


 するとミレイユは憎悪の目で私を睨んだ。


「あなたのせいで、殿下は社交界で笑い者なんです!」


「自業自得では?」


「っ……!!」


 そこへ。


 重い足音が響く。


 カインだった。


「誰だ」


 温度が消える。


 空気が凍る。


 ミレイユの顔が青ざめた。


「ひっ……」


「エレノアを怒鳴ったな」


「ち、違……」


「泣かせる気か?」


「泣いてませんけど」


「ならいい」


 よくない。


 カインはミレイユを見下ろした。


「次はない」


 静かな声だった。


 でも、死ぬほど怖かった。


 ミレイユは半泣きで逃げていく。


 嵐みたいだった。


 私はため息を吐いた。


「面倒ですね……」


「なら、全部潰すか?」


「物騒」


「お前を傷付けるなら敵だ」


 真顔だった。


 この人、本気で言ってる。


 でも。


 胸が熱くなった。


 ずっと私は、“政略の駒”としてしか見られなかった。


 愛されることなんて、なかった。


 なのにこの人は。


 私が傷付くだけで怒ってくれる。


「……カイン様」


「なんだ」


「どうして、そんなに私を大事にしてくださるんですか?」


 彼は少し黙って。


 そして、観念したみたいに息を吐いた。


「十年前、お前に救われた」


「え?」


「雪の日。泣いていた俺に、お前はパンをくれた」


 ……あ。


 いた。


 ぼろぼろの少年。


 私はただ、放っておけなかっただけ。


「覚えてないか」


「い、いえ! 覚えてます!」


「俺は、ずっとお前を探していた」


 その瞳が真っ直ぐ私を射抜く。


「だからもう、誰にも渡さない」


 心臓が跳ねた。


 反則だ。


 そんな顔で言うなんて。


「……ずるいです」


「何がだ」


「好きになります」


「なってくれ」


 即答だった。


 しかも耳赤いし。


 不器用なくせに破壊力が高い。


 その後、レオニードは数々の女性問題が露見し、王位継承権を剥奪。


 ミレイユもまた社交界から姿を消した。


 一方私は。


「エレノア」


「はい?」


「結婚してくれ」


「……はい」


 世界で一番不器用で。


 世界で一番優しい黒騎士と共に。


 今度こそ、ちゃんと愛されながら生きていくのだった。

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