38話 〈四月下旬〉覚悟
ミズキ達は村に戻ると、直ぐに儀式の準備に取り掛かった。
「火を焚きますので、薪の用意を。それと、土器と水の準備もお願いします」
稲夫とアキはその言葉に即座に頷き、それぞれ別の方向へ駆け出していく。
広場に残されたヒナタは、落ち着かない様子で両手を握りしめていた。
ミズキはその前に膝を折り、視線を合わせる。
「大丈夫ですよ、ヒナタちゃん。きっと神々が助けてくれます」
ゆっくり、呼吸を合わせるように声をかける。
ヒナタは小さく息を吸い、怖さをごまかすように、こくりと頷いた。
その時、荒い足音が近づいてくる。
「ヒナタ!」
名を呼ばれ、ヒナタがはっと顔を上げる。次の瞬間、ツチハルが駆け寄り、勢いのまま娘を抱き寄せた。
声が震え、抱きしめる腕に力がこもる。
「お父さん……」
短いその呼びかけに、ツチハルは息を詰め、顔を歪める。何度も小さく頷きながら、しばらく言葉を失っていた。
やがて、名残惜しそうにヒナタから手を離し、今度はミズキの前に立つ。深く、深く頭を下げた。
「巫女様……お願いします。どうか、ヒナタを……」
声が震え、必死に懇願する。
ミズキはその姿を正面から受け止め、静かに答える。
「私は、巫女として出来ることを尽くします。どうか、信じてください」
その言葉に、ツチハルは何も返せず、ただ深く息を吐いた。
そこに、後ろから稲夫が声を掛ける。
「ミズキ、必要な物を持ってきたぞ」
振り返ると水が入った土器を持った稲夫が息を切らしながら立っていた。
後ろには土器を抱えたアキと、薪を担いだタケルが立っている。
「ありがとうございます。助かりました」
ミズキは礼を伝える。
すると、タケルは無言のままミズキに一歩近づいた。
「ミズキ、その腕はどうした」
タケルの視線はミズキの腕に釘付けになっている。
「これは……少し枝に掠っただけです。心配はいりません」
そう言ってミズキは傷を隠し、一歩下がる。
だが、タケルは傷を隠そうとするミズキの手を掴み、さらに一歩踏み出した。
「だめだ、手当てをする。放っておくものではない」
掴まれた手に、ミズキの肩がわずかに強張った。
「……今は、ヒナタちゃんが先です」
ミズキは一瞬だけ息が詰まるが、それでも視線を逸らさず応える。
「儀が終わったら、必ず手当てします。それで、よろしいですね?」
タケルは一瞬、言葉を失った。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「……分かった。だが、必ずだ」
「ありがとうございます」
ミズキは礼を述べると、ヒナタの前にしゃがみ込む。
「ヒナタちゃん。これから、神様にお願いをします。一緒に、できますか?」
ヒナタは小さく息を吸い、こくりと頷いた。
「が、がんばります」
その声を聞くと、ミズキは静かに立ち上がった。
タケルから薪を受け取り、組んでいく。薪を組み終えると、薪を挟むように腰を下ろし、ヒナタと正面から向き合う。
「稲夫様。火を、お願いできますか」
「分かった」
稲夫は懐からオイルライターを取り出し、薪に火を移す。
ぱちり、と乾いた音。
炎はすぐに薪を舐め、赤く、力強く燃え上がった。
「――これより、火の神にヒナタの無事を祈願します」
ミズキは目を閉じ、手を合わせ、言葉を紡ぐ。
「火の神よ。今ここに、幼き命が在ります。その身に巡る穢れを、どうか焼き清め、命の道を、照らしたまえ」
祈りながら、胸の奥が震えた。
(……この祈りで、助かるとは限らない)
火の神への祈願。不浄を払うと母に教えられた。
しかし、毒を清め、命を繋ぐ保証はどこにもない。
もし、この祈りが届かなければ、ヒナタちゃんの命はないかもしれない。
(それでも――私は、巫女です。皆の前で、迷いを見せるわけにはいかない)
火が爆ぜる。
ミズキは覚悟を決め、燃え盛る薪へ木の棒を差し入れる。
赤く輝く炭を一欠片、慎重に取り出し、土器へ落とした。
そして木の枝で炭を砕き、水を注ぐ。じゅっ、と小さな音と共に土器の中で黒い液体が、静かに揺れた。
「ヒナタちゃん、これは火の神の加護を受けたものです。苦いですが、飲めますか?」
そう言い土器を差し出す。
ヒナタは少し怯えたように土器を見つめ、それから両手で受け取り、一息で飲み込む。
「ゲホッ……にがいっ」
咳き込みながらも、残さず飲み干した。
「これで、祈願の儀は終わりです。後は皆で、祈りが届くよう祈りましょう」
アキは震える手を合わせ、ツチハルは額を地に付けた。
稲夫とタケルも、静かに目を閉じる。
ロウはそれを真似るように、ぎこちなく手を重ねた。
ミズキもまた、胸の前で手を合わせる。
(どうか――この子の命が、明日を迎えられますように)




