第23話 〈四月中旬〉隠された傷
昼の暖かな陽気に照らされる中、ミズキは葛の根を井戸の水でよく洗っていた。
葛の根は乾燥させ、すりつぶし煎じれば熱を下げる薬になる。母から教わった巫女として村を支えるための知恵だ。
根をよく洗った後、日当たりの良い場所に平たい石を置き、洗った根を並べていく。
——そんな時だった。
「巫女様……」
弱々しい声が背後から届いた。
ミズキが振り向いた瞬間、胸を突き上げるような衝撃が走る。
「ヒナタちゃん!?その怪我はどうしたの!?」
小走りで近寄ると、ヒナタの体はあちこちから血を流していた。両腕、両足には皮膚が裂け真新しい血が流れ出ていた。
「い、岩場で転んじゃって、その……手当て、してください」
「わかった!一旦家の中に来て!」
ミズキは抱き上げるようにヒナタの体を支え、急ぎ足で拠点の住居へと運んだ。
そして、住居の中でヒナタを寝かせ、ミズキは傷の手当に取り掛かる。
「ちょっと染みるかもしれないけど、我慢してね」
井戸の水で、慎重に傷口を洗い流す。
「いっ……」
傷口に冷たい水がしみこむ。ヒナタは唇をかみ、ぎゅっと目を瞑る。
その後、ミズキは石でヨモギの葉をすり潰す。ゴリゴリと音を立てながら、青臭い薬草の香りが部屋に満ちた。
すりつぶしたヨモギを傷口に塗り込み、幅広の葉で覆って蔦で丁寧に固定していった。
一箇所、また一箇所と終えるたびに、ヒナタの呼吸は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「はい、ヒナタちゃん。これで大丈夫だよ」
ミズキの手当てが終わり、ヒナタの傷口全てに傷当てが当てられた。
ヒナタの体の至る所に葉と蔦が巻き付き、痛々しい見た目だが、ヒナタの表情は柔らかくなっていた。
「巫女様、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ミズキは優しく微笑む。けれどその顔には、どこか曇りが差していた。
そして、ほんの一瞬迷った末、唇を開く。
「……ヒナタちゃん。この怪我、本当に転んでできた傷?」
「うっ……」
ヒナタの心臓が跳ね上がった。目を大きく見開いたまま、言葉を失う。
ミズキは優しく続ける。
「その……傷口が、綺麗に切れすぎているの。まるで尖った石で裂けたみたいに……転んだら、もっと擦り傷が多いはずなの」
空気が張り詰める。
ヒナタは顔を伏せ、服の裾を握りしめた。
ミズキは一呼吸置いて、優しく語り掛けた。
「言いにくいことがあっても、私は怒らない。だから、本当の事を教えてくれないかな?」
ヒナタの唇が震え、何かを言おうとしては口を開き、閉ざす。まるで隠さなければならない理由があるかのように――。
それを何度か繰り返し、やがて搾り出すように口を開いた。
「こ、転んで……怪我した傷です!手当てしてくださり、ありがとうございました!」
早口にそう言うと、身を起こし、走るように出口へ向かった。
「ヒナタちゃん!」
ミズキは慌てて立ち上がり追いかけようとしたが、さきほどヨモギをすり潰していた石の台に足を取られ、転倒してしまう。
「ま、待ってヒナタちゃん!」
床に手をつき、痛みに顔をしかめながら身を起こす。急いで住居の外へ飛び出すが、既にヒナタの姿はどこにもなかった。
「ヒナタちゃん!どこに行ったの!」
声を張り上げ、周囲を見渡す。返事はなく、ただ風に揺れる葉音だけが返ってくる。
胸の奥が冷たく締めつけられるような不安に駆られ、声をあげ必死で探す。
そこに近くで拠点の堀を掘っていたタケルとツチハルが駆けつける。
「ミズキ、何かあったのか」
「巫女様……娘がどうかいたしましたか?」
タケルは冷静だったが、ツチハルの表情には、不安と焦りが色濃くにじんでいた。
「ヒナタちゃんが、怪我して帰ってきたんです!手当はしたのですが、すぐに住居を飛び出してしまって……今、どこに行ったのか分からないんです」
「なんと……!」
ツチハルは鍬を投げ出すように地面に置き、目を見開いた。
隣のタケルは眉を寄せ、短く頷く。
「放ってはおけない。探しに行くぞ」
「巫女様、戦士長。申し訳ありません……娘がご迷惑を」
ツチハルが申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にするな。俺とツチハルは森を探す。ミズキは稲夫様とアキと一緒に住居周辺を探してくれ」
「わかりました!」
ミズキは稲夫とアキを探しに住居の方へ走っていく。
「ツチハル、武器を持っていくぞ。森に何がいるか分からん」
「……わかりました」
タケルとツチハルは武器を手に取り森へ駆ける。
「ヒナタ、無事でいてくれ……」
ツチハルが縋るように呟き、娘の無事を祈った。




