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ふたりだけの夜の公園

 夕方、彼女の実家から義母に送り出され、バスと電車を乗り換え、教えられた住所までやって来た。


 辺りはすっかり暗くなり、新しい家ばかりが立ち並び、家々から美味しそうな匂いが漂って来る。そしてやはり結月(ゆづき)さんの作る夕食の匂いが、目の前の家から漂って来る。


 街の街灯の光が届く、その家の扉の金具を手に取り、トントンと音を立てる。


「ごめんくださーい」


 そう呼びかけてみると、すぐさま遠くから結月(ゆづき)さんの足音が聞こえる。そして扉の横の、スリガラスの飾り窓から、彼女が顔を覗かせてた。


「結月さん、ごめん悠翔(はると)です。少しいいかな?」


「えっ、悠翔さん!?」


 俺の名前を聞き彼女は急いで、扉を開けて出て来た。開けた扉を抑えたまま、俺を驚くように見ている。白いシャツと茶色のひざ下までのタイトなスカート、顔色は悪くなく少し安心した。


「ごめんなさい、えっ、わざわざ来てくださったんですか?」


「うーん、そうだね。怒っているわけではないが、連絡がないのはいけないよ。電報で、絹さんに連絡をしてくれると、次回は心配が減るから助かる」


「あっ、そうか……、ごめんなさい……」


「君が無事ならいいんだ、君のお母さんから聞いたけど、今回はお姉さんもいろいろあっただろうし、君が大丈夫ならいいけど、大丈夫?」


 そう言うと、思いつめた表情で扉を背にして、体重をかけてそれを閉めた。これは絶対、何かあった顔で、それを解決するまで帰れない事を意味していた。彼女を言い含めて、彼女だけ連れて帰ることも出来るだろうが、結局は先延ばしにするだけだろう。


「大丈夫じゃなさそうだ。お金で解決出来る事なら、君のしばらくいられる分ほどの、僅かばかりはお金を用立てて来た。それを足しにするといいよ」


「それを使うわけには……」


「ふふ、うちの奥さんに同じ服を着せておくわけにもいかないしね。それにお姉さんの家だし、少しお金をださないと、ね。そのついでに、残った必要な事にお金使うだけだから。けれど、ちょっと歩かないかい? 少し落ち着けて話せる公園がいいんだが……」


 彼女は俺がそう言うと、『ちょっと待ってくださいね』そう言うと、ふたたび玄関へ入り、薄い茶色のカーデガンを羽織って戻って来た。


 その後ろを顔色の悪い、彼女のお姉さんがついてきて、玄関先まで出て来て頭を下げる。

「麻ちゃんいってきます」


 俺はお姉さんに『遅くにすみません。少し妹さんをお借りします』そう言って、頭を下げる。


 お姉さんは少し夢うつつという顔で、俺の顔を見たのち会釈をして「いってらっしゃい」と小さい声で言った後、中へと消えていった。


 俺は彼女の手を取って、一緒に歩き始めた。


「麻ちゃんは、妊娠ではなくちょっと疲れてしまったみたいです」

 彼女が囁くように言う。


「これは俺だけの意見だけど、人は人を支えられない。寄り添うのも難しいかもしれない。でも、話を聞いてくれれば嬉しくはあるかな。時には断る時がある。当然そう言う時もあるって、言って貰いたい。期待するのは怖いからね。俺が何を言いたいかと言うと……、君が心配なんだ。もちろん仕事で上手く話を聞けない時があるけど、俺に言ってくれていいから、すべては何とかできないけど、なんとかなる事はやってみる」


「悠翔さん、私を甘やかすのはいいですけど、悠翔さんのそういう所も心配なんですからね。大丈夫ですか?」


「うーん、うちの奥さんが帰って来ないから、少し大丈夫じゃないかもしれませんね」


「うーん、それは心配ですね。早く帰るようにします」


「あぁ、無理のない様に頼む」


 その後、俺たちは電車の区間で、一駅に満たない量を歩き、大きな公園へとたどり着く。


 匂いと音から誰も中にいないだろう公園は、やはり一部を除き暗闇に包まれている。公園内を二人で歩くと、俺はある程度、夜行性の能力もあるので夜目は利くが、彼女は怖いのか、いつもより俺の近くを歩いている。


 そしてベンチに辿り着き、月並みだが彼女の座る場所にハンカチを置く。一時期、映画か何かで、そんなシーンが流行ったようで、普通に座ったら祖母に『気が利かない』と言われた日々を思い出しながら。


「ハンカチ、ありがとうございます……。そしてごめんなさい、帰るのが遅くなってしまった事、ちゃんとご飯たべてました? 悠翔(はると)さんも黒ちゃんも」


「いいんだ。君のお母さんに聞いて、お姉さんが大変な事は知っている。大丈夫だったよ。俺は結婚しないでもいいように、ある程度家事は仕込まれてきたからね」


「そんな事、言って」


 彼女がいきなりそっぽ向いた、どうやら俺は結月さんを怒らせてしまったのかもしれない。でも、一体なぜ?


「結月さん? えっ? 俺は怒る事言った?」


「だって、ちゃんとお仕事をなさっていて、くち、口づけとか慣れてらっしゃるようで、ハンカチとか普通しませんもの!」


「結月さ……ん……?」


 彼女はぐすっぐすと鼻をすすり、時折目の涙を拭っている。


「姉が噂の中に、悠翔さんの女癖が悪いって噂があるって……、もちろん信じられない事ですが、でも、いつまでも秘密について、私に話してくださらないし…………。あの……私こんな事、言うつもりじゃ……」


 そんな噂は、俺にとっては笑い話だが、嘘は一つだからばれるのであって、沢山の嘘が流されていれば、どれが本当か見定めにくい。それを狙ったのか? どうだろ? 噂話は娯楽であるから、自然発生したのかもしれなかった。


「結月さん、靴を脱いで、足はベンチの上に置いて、そのまま俺のひざに座ってくれないか?」


「えっ……」


「いいから」


「はい…………」彼女はおっかなびっくり僕の上に座る、俺は彼女のウエストの上辺りを抱きしめる。


「あの支えて貰っても、やっぱり少し怖くて……」


「俺の首でも、肩でも手をまわすと安定するよ」


「諦めないんですね」


「そうだね、珍しく諦めない。これは仕方ないことなんだ」


 そういうと彼女は最初、服を掴もうとして、諦めしっかり首にしがみついた。顔が近いし、彼女の吐息もわかる。俺のドクドクドク言っている心臓の音も、彼女にはわかるかもしれない。


「眠れている?」


「貴方の事や家の事、姉の事まで考えると昨日はあまり……」


「じゃー今日はこうやって抱っこしているから、くつろぐといいよ。俺が黒の時、こうやってされていると安心するし、嬉しい、嬉しくなって顔もなめちゃうごめんね」


 彼女は、少し離れて俺の顔を見る。信じられないって顔だ。


「犬飼の能力は、犬に起因するようだ。ただし正確にはわからない。家族とは縁が薄いんでね。歴史の中に埋もれる事件の、文献を調べた結果でしかないけれどね。しかしその犬飼の家の三男が、目も開かない子犬として、長男夫婦である俺の両親からて生まれてきた。それはとても珍しいようで、母には辛いことであったようだ。もしかしたら犬であるのは歴史的に見て、俺だけかもしれない。だから三男の俺だけは、人間の姿にも戻っても母に疎まれ、祖父母の家へ暮らすことになった」


「そんな事……」


 そう言って結月さんは、俺の頬を押さえている。そんな事、なんだろう? 彼女の見開いた目からやがてぽろぽろと、涙がこぼれて来る。


「大丈夫、私が居ます。絹さんだっています。だから大丈夫なんですよ……」


「そうだね。ありがとうあの日、祝言をあげてくれたのが、結月さんで良かったよ。ところで、キスしていい? したいけど、腰を支えてるから上手く出来ないんだ」


 俺がそう言うと、彼女は静かに顔を近づけ、彼女の唇が、僕の唇に触れる。

 それに合わせる様に、少しづつであるが、彼女の体を支えている手に、少しづつ力を込める。彼女と密着できるように。


 ……そしてふたりの確かめ合うような口づけが終わり、彼女の唇が、僕から離れる。彼女は片手を離し、俺の心臓に手を置く。


「お慕いしています。貴方と本当の夫婦になれて嬉しいです」


「俺も、思わず我を忘れるほどに、君が好きだ。あの時のあの言葉が、どれだけ俺を人間たらしめてくれたか君には、わからないだろうけど、……あの言葉を聞いて、愛する人が君でなくては駄目になったんだ。自分の気持ちを誤魔化せなくなって、こちらは本当に動揺したんだよ。わかるかい? すべてわからなくてもいい、俺が知っている。でも、伝えたくなった。……でも、本当に」


 そう言いかけた俺の口に、彼女は手をやる。


「それ以上、言うのは無しって言いましたよ! それ以上は……、それからもう貴方の気持ちを……しょ……や……の……やり直しの前にも一回、もっと聞きたいです。」


 そう言うと彼女はそっぽ向いてしまった。よっぽど恥ずかしいらしい。


「あの……一度降ります。姉の事を話しましょう。このままする話ではないので」


 そう言って彼女は僕の膝から降りると、ベンチに座りなおし『姉は……』そう彼女は話し始めた。


 彼女の夫は今、どこかへ行方をくらましてしまっているようで、そこから彼女の姉は体調不良と、月のものが来ない事に気付き電報が来た。


 しかし今日行った病院では、妊娠の可能性はなく、心理的ストレスが原因との事で、明日、お姉さんを実家に送り届けてから、帰って来るつもりであったようだ。


 それとは別に、彼女のお姉さんは俺たちの結婚に対し、後悔や謝罪の気持ちを結月さんに持っているらしい。


 結婚を受け入れてしまったように、新婚生活においても、我慢を強いているのではないか? とも思い、彼女に聞く。


 だが、彼女は彼女で、俺の煮え切らない態度のせいで、姉に上手く伝えられずそちらの面でも、彼女の姉への働きがけは上手くいかずストレスは解消できなかったようだ。


 俺は間接的には、姉妹に余計なプレッシャーを与えてしまっていた。


 正直、これ以上は結月さんに言うべきではない。そして俺のためにも……。犬でもある、俺との結婚について、俺から結月さんの親族に言いたくはない。だが、彼女の親族から見て、俺は容認できるものであるかは、疑わしいんだよな……。


 それを突き詰めると、俺を取り囲む絹さんも、橘さんも怒り出すだろう。


 幸せは本人の価値観で、それならばただ彼女を幸せにすることにのみに、考えを巡らせることが一番だと思う。今回の結果を見て改めてそう思った。


 そして帰り道、彼女は言う。


「悠翔さんは人である時、時々、他所のわんちゃんに凄く懐かれる時がありますが、それって言い寄らているんですか?」


「俺もニュアンスでしか、犬語わからないからどうだろうねー?」


「浮気はよくないです。良くないですからね。」


 そう言って、彼女は歩いている。正直そんなに結月さんに、好かれているのに驚いたが、やはりとってもいい気分で彼女の横を歩いた。



 続く


 

見てくださりありがとうございました。


またどこかで!

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