彼女とデートでデパートへ
朝起きて天気は、昨日の予報通り晴れていて、ひとまず胸を撫でおろす。
結月さんとデートってだけで、洗面台の前を何度も往復してしまっている。彼女には買い物へとつき合ってほしいとしか伝えてないのに。俺だけが浮き合っている状態であるだろう。
一通りの身繕いは済ませたし、髪もおかしなところはないはず、異能力課は警察署内の他の部署に応援に行くことも多い。だから人並みの身だしなみには、うるさいので問題はないだろう。そう思いたい。
彼女は朝食を終えると、すぐに部屋へ行ってしまったが、スーツならば、それこそ着物女性の横に立っても問題はないずだと思うから大丈夫だ。
「お待たせしました」
彼女は、清楚な桃色のワンピースで現れた。襟つきで、ウエストにある切り替えで、ずいぶん細く見える。長い丈のスカートの裾がふわふわと踊っている。以前犬の姿の時に、彼女の姉から貰った様で嬉しそうに、鏡の前で体に合わせていた……。
そしてただ彼女を見つめてしまっていた俺に、可愛らしい結月さんはニッコリと微笑む。
「いや、全然、待ってないよ。結月さん、凄く素敵だ」
人の姿でにっこりとされると、なぜだか犬の時とは、違う感情がいろいろ沸きて出て忙しい。彼女をもっと見たいのに、それはすこし駄目な事である気がするし、気持ちを確かめるためには必要な事だであるのに選択が出来ない。
「えっ、ふふふ。ありがとうございます。でも、悠翔さんみたいに洋服は、着慣れてないので少し不安で……」
そう言って鏡の前の、俺の横に立ち顔を寄せたり、スカートを少し広げたりしている。
「凄く可愛いから大丈夫。しかしそろそ行かないと、バス遅刻するかもしれない、急ごうか」
「あっ、そうですね。お待たせしました」
「待ってないよ」
そして少し慌てる、彼女の鞄を持つ手に手をのせる。
「バス停まで持って行くよ。大丈夫。祖母は鞄を雑に扱うなって、うるさかったし、魅せる為の鞄だから、ここでは持って歩くわって人だったから、それなりには心得ているいるよ」
そう言って、強引ではない程度に鞄を受けとる。
僕らは家を出て、鍵をかけて彼女の手をつないで歩く。
そしてやっぱり驚いた顔をされる。
今、頬を染める彼女に対して、俺はどんな顔をしているのだろう。自分としては少し積極的である行動を、許して欲しい、彼女には拒まないで欲しい。そういう困った顔をしている気がしてならない。物語の王子のようにはなかなかいかないものだ。
しかし彼女の手の柔らかさに、少し興奮して、俺の心臓がうるさい。嬉しさで心がいっぱいになり、手を握りワクワクとした心持ちで歩く。そこだけはどの王子にも負けず、恋をしている。……気がする。
家を出てバス停までの少しの距離、変わらないいつもの道、ガラスの引き戸に、浮かれてうれしそうな俺が居た。鏡になっているその中の、その手は小さな女性の手を、しっかりと握って、その先には恥ずかしそうな結月さん。
そして俺は振り向く。俺の手の先を追うとこちらの世界でも、振り向く俺に驚いた顔の結月さんが居てくれてる。
そして彼女と、俺は少しだけ見つめ合い下を向く。
「犬の散歩ではなかった……です」
戸惑っている俺の反応に少し驚き、そして少し笑ってくれた彼女。
「そうですね」
「いやいや、すまない犬の散歩と例えるのは失礼だった。ご婦人に対して、配慮が足りませんでした」
「いえいえ、私も歩く速度とか、鏡を見て歩くところとか似てるなっと思いました。貴方に、黒ちゃんがですが」
全くもってその通りなのだが、「そうだろうか? 結月さん、貴方が言うからそうなのかもしれない。いつも黒のことありがとう」
彼女は赤い顔をしていた。嬉しそうな顔だ。犬であった時よりなんだか嬉しい。もっと近くに居たい。俺は今、人であるから二人を隔てるロープはここにはない。
犬の時は出来ない事も、出来る。腕を折り曲げて――。
「腕を組んでいけば、いいと思うのですが……」
腕を組むための雑な言い訳で、苦しいだろうか? しかし彼女の顔が明るい雰囲気となり、ゆっくり花が咲くような笑顔になった。俺はたぶん彼女の、後追いでそうなっている。
「はい」
彼女はそう短く言って、僕の腕に彼女の細い腕を絡めた。ガラスに映る二人の顔は幸せそうだ。この時は、これなら彼女に真実を話せるかもしれないと思った。
この時、俺たちの恋が始まったのように見えた。しかし恋も、愛も難しく、難解でよくわからない。もし俺たちの気持ちが一つになるような、その瞬間が訪れたならば、俺は見逃したくないな。とは、思った。
バス停には、バスは予定時間より、ちょっと遅い時間に来た。バスが止まるとバスガールが、街方面へ行く事を告げる。「「こんにちは」」と言って乗り込むと、切符を買い彼女と並んで座った。
こんなに毎日楽しいのなら、朝の通勤も楽しいのだろうに思いながら、手を使う時以外では、その小さな手を離さずに、ただ黙って乗る。
最寄りの駅に着くと、さすがに温泉街へ向かうための駅であるため混んでいた。手を離して進むのだが、人通りが少なると手をつなぐ。そうすると必ず彼女は驚き、肩をビクッとさせて俺を見る。
「俺が迷子にならないように」そう言うと、彼女はクスクスっと笑って「毎日、通っているのにですか?」と、言った。
「そうだよ。たぶん、結月さんと離れてしまった時に、俺が迷子になる。帰る場所はわかるけど、迷子にはたぶん、そうい事は関係ない」
「難しいですね。悠翔さんの迷子は、でもこうやって手をつないでいれば迷子になりません。だから……うーん、悠翔さんの方が力が強いのだから、繋いでいてください。悠翔さんがですよ。そしてもちろん私もつなぎます、そうすれば迷子になりません」
「うんうん、そうしよう」
目的地である、休日の東京もひどい人通りだ。彼女の手が離れると、永遠の別れの様相をみせていた。
「失礼」と言って彼女の細い肩を抱くが、彼女もさすがに危機感を覚えたのか、私の服などを掴み何やら決心めいた表情を浮かべていた。
そして必要な物を買うために予定していた、デパートへ飛び込む。そこでやっとお互い「はぁ――」と深いため息をついた。
「良かった。迷子にならなかった……」
「東京へは、着物の生地の購入の見立てを、頼まれ時来る程度だったのですが……こんなに人が多いだなんて……」
「でも、大丈夫。結月さんが外に居てくれれば、きっと探し出せるからね。安心していいよ」
「はい、待ってます」
そう言って彼女は俺の腕に絡まる。僕は思わず嬉しさと驚きで、心臓が飛び跳ねた。思わず犬になってしまいそうだった。でも、ならないでくれて良かった。
俺と彼女は、俺たちの家で必要な物を買うために、デパートの中へ進んでいく。
一階にあるのは、最近扱いだしたペット用品売場で、結月さんが俺に差し出しだした物は、コインの付いた黒の皮のベルト。
散歩の時に、今使っているのは、苦肉の策でベストに紐を縫い付けたものを使っているが、さすがに人間の方のお古なので、大きさもあまり合ってはいなかった。
「これ黒ちゃんにどうですか? きっとよく似あいますよ」
目の前で、見本の商品を広げられると、戸惑うものがある。
――正直心の中で、『えっ?』『えっ?』『えっ?』と、三度見した。仕事の関係上、認識票を付けてはいたが……。それでも少し驚きはした。
そして結局、購入をした。納得は出来ないままに。野山に居る事が多いが、人里に降りるのだから買うべきですと、彼女に押し負けられてしまった。
――はははは、新しい扉が開いたらどうしょう?
そして洋服、日用品程度の物の購入を済ますと、最上階のレストランで食事をする。珍しい洋食を食べられるので、店は大変な混みようだった。
「あの……そんなに見つめられると……」
「君は箸の使い方が、上手いからつい……」
なんとか店の前に並び、食べる事が出来ても、人間の俺にはあ~んしてくれないのかな? と考えている。さすがに、それは言えなかったが――。
「そうだ。結月さん、海老フライ食べたいって言ってなかっただろうか? これは小さく切ってあるから、食べるといいよ。あ~~ん」
犬の時の記憶であるが、この際はいいだろう。
「えっ?…… はい。いただきます。あ~~ん」
あ~んした後は、結月さんは手で口元を隠し食べた。
「美味しいですね」と、言ってくれたので俺はとても嬉しくなった。
そして俺も海老フライを食べると、海老フライと結月さんの珍しくつけていた口紅の味がして、改めてこちらまで、とても恥ずかしい気持ちになった。それからぎこちない感じで会話は進み、心ここにあらずって表現がぴったりだろう。
休みに結月さんと、遊びに出歩くのはとても楽しい。今日だけで、今までの新婚生活以上に彼女と話している。いかに俺自身が彼女と面と向かって、それで逆に、彼女と話すことが足りなかったことがわかった。これでは真実を話しても、彼女にとっては、不安しかないかもしれない。そう楽しい時間ながらやはり反省をしたりする。
帰りには足をのばして、橘先輩に聞き込んでいた、海の見える公園へも行くことにしょう。デートと言うもは、こんなにいいものなのか、と認識があらため中であるので。
続く
見ていただきありがとうございました。
またどこかで。