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明ける前の夜の道を歩く

 俺の婚礼の日、その日はとても寒い日だった。


 親に言うがまま、仕事の休みである年の瀬に、早乙女の娘を嫁に貰う。血さえ繋げば自由にすればいい。その言葉を信じ、そうすれば俺は自由になれるかもしれない。愚かな事に切実にそれを信じていた。


 欲に目をくらませ、欲に溺れて実家を破壊する女がいいなぁ……と思い描く。それくらいの女ではないと、地獄の片棒は担がせられない。


 だが、俺の嫁として現れた、可愛らしい人形の様な結月(ゆづき)さんは――。


「不束者ですがよろしくお願いします」


 そう言って、少しだけ俺に笑いかけてくれた。



 正直、顔を覆った。自分の愚かさを初めて目の前に、突き付けられた気分だった。犬飼の家の都合で結納も、お金と品物を送っただけの、どうしょうもない一族出の夫の俺が、どんな顔をすればいいのかわからず、笑顔の彼女に背けてしまった。


 そんな彼女によりそう彼女の両親は、とても赤い目をして、式の間も母親は泣き続け、それがうれし涙でない事ぐらい、誰の目にも一目瞭然だっただろう。彼女の姉は、微笑みもせず怒りに溺れたような目で俺を見ていた。犬飼の家の守るべき事実は、そんなにおおやけのものとなっていたのか? そこは少し疑問に残った。


 俺たちは、そんな明かりの消えたような婚礼を挙げ、俺と彼女は夫婦になった。


 式を終えて宴の後、結月さんにはその日、泊まる部屋へ先に行って貰う。両親に申し合わせ、確認をする必要がった。俺のわずかに持っていた財産である、祖母の家で暮らすと、二人に告げると彼らは激高した。


「お前の為に、祝いの席まで用意したのに、親不孝な事は言うな!」


「そうよ。お父様になんてことを言うの!? 信じられない!」


 本当に会ったのは数えるほどだったので、知らなかったが、二人としては、一緒に住むつもりだったらしい。


 酒も入っているので、いつもに増して、二人は感情的な言い方をし始める。


「犬の姿でも、お前は犬飼の血を引くものだ。ここで暮らし、お前には漏らしてはならない秘密がある事をわきまえ、決してそれを忘れず、あの娘を逃がさず尽くせ。お前たちのこれからの人生その為にあると思え!」


「そして子どもを生み育て、この家を盤石のものとするのです! でも、……もしも、もしもですよ。生まれた子どもが、汚らしい犬の姿だったら、今度こそ捨ててしまいなさいね」


 そう言われたのはわかった。急に頭の中が、白く空白になる。大人しくなった俺は観念したと思ったんだろう。二人はその後、何か楽しそうに話していた。


 気が付くと、暗く広い、とても豪華なダイニングルーム、そこで一人で座っていた。


 そして暗い廊下を通り、荷物を置いた部屋に帰りつく。結月さんは白いネグリジェで、ベットに居て座ってた。俺に気付く様子は何故かなく、彼女のその様子を見て少し安心した。辛いのは俺だけじゃなかった事に。それでおかしな事に、急に仲間意識が芽生え、彼女に話しかける。


「えっと……すみません。ここに居たくないので一緒に来てくれませんか?」


「大丈夫ですか? 一緒に行きます。だから大丈夫ですよ」


 彼女は大変たじろぎそう言った。すると彼女がその手で、僕の頬を拭ってくれた事で、自分が泣いている事を知った。そして俺はふぅっと笑った。そんな思いもかけない行動をする彼女に、俺は少し困ってたから、癖で気持ちが持って行きようがなくなると、思わず笑ってしまう。


「すみません。少し食べ過ぎたようで、お腹を少し壊しました」


 わかりやすい嘘か、お腹を壊して泣いている男か、彼女がどう受け取ったかわからない。でも、彼女は俺の手をとった。


「大丈夫ですよ。すぐに良くなりまよ」


 嬉しかった。そう言われた事が、しかしそう言った彼女も泣いていた。どうやらお互い大丈夫ではなかったようだ。多分、犬飼の家のせいであり、俺のせいだ。


 だから、彼女の握ってくれた手を、痛くないだろう強さで握り返す。


「ありがとう。では、お礼にいつか君の事だけは自由にしますよ。大丈夫、俺はこの家の三男だから、安心して大丈夫です」


 そう良心が痛んで言ってしまった。その時、始終俺は笑い顔だっただろう。


 彼女は俺の想像を超えた動きをする。こっちとしては完敗で、困った俺は諦め、彼女を救う事だけ考えた。さりげない優しさの表し方なんてわからない。


 こっちはこういう状態にはなれているが、さすがに彼女みたいな人を巻き込むのは、やはり良心がうずく、まぁそれが気分的にいやだったんだ。自分だけでも持て余す感情というものを、彼女の気持ちまで抱えて歩くのは至極面倒であった。


 ただそれを早々に切り離すべく、少ないツテを頼る事にした。何故か、目の前の彼女の為なら、それを使おうと思った。なぜなのかはわからない。


 ――でも、今はわかる。


 そして雪の降る、音のない夜の闇に紛れ、結月(ゆづき)さんを連れてあの家を出た。


 都心から遠いが、決して通えなくもない距離である、この家に行く途中まで、誰もいない駅の改札が開くのを一緒に待ったりした。


 そういえば帰り着く途中に、雪が止み、月のその淡い光が雪に反射する。少しだけいつも明るい夜空の下のものたち、それらは神聖で特別のように思えて不思議だった。そんな様子だったのに、彼女は何も言わなかったけど、きっと怖い思いをしていただろう。悪い事をした。


  そしてやっと辿り着いた、祖父母の家は昔と変わらない姿で建っていた。


 だが、俺は女性連れだ。祖父母が見たらなんというだろう。そして少しの間でも、この人が俺の家族ならば、祖父母の様に頑張らなければならない。


「俺は犬飼の家の異能の血を受け継いでいる。だがその血を制御できていない。そして意気地ない俺は、君に真実を伝える勇気がない。そして悪い事に約束はすぐには叶えられない。時間がかかるけど、新婚の振りをして貰いたい。実家へ帰ってもいいけど、……なんなら俺、君の実家の近くへ住もうか? 通勤出来る範囲ならだけどだめだろうか?」


 彼女は少し考えたのち『はい』と、言ってくれた。その間に何を考えたのかは、わからない。


 しかしその言葉を聞いて、何故か俺は彼女を抱きしめてしまった。本当に俺は後先考えない。でも、その時は単純に嬉しかった。


 まぁ、しかし助けると言った割に、結構彼女に妥協して貰う提案をし、暮らすためにふたたびお手伝いの絹さんを頼る。そして両親が不審な動きをしないように、結婚式では会話も交わす事の無かった兄たちや異能の世界で顔が利く橘先輩を頼ったりした。


 兄たちも少なからず、両親とは上手くいってないのか、守るものがあるからなのか、結構しぶられたが、手段は選んでられないので少し脅しておいた。


 俺は今回の事については譲る気がない、とても可哀そうな犬の三男でも、なんでも法にふれなければ、なるつもりな事が相手にわかって貰えたようで、しばらくは大丈夫だと思いたい。


 それにしてもあの寒い夜だったのに、死ななくて良かった。そのお陰で、多くことを知る事ができた。


 ◇◆◇◆ 


 そしてここへ引っ越してしばらくなれない通勤などあり、心労が重なり…………。


 絹さんの助けを得て、新しい結婚生活を、結月(ゆづき)さんと始めて早々、俺は家に帰り着くと犬になってしまうようになった。


 もともと家庭内別居の予定だった。それでも本格的な別居をするために、早々に動く予定だったのにしくじった。絹さんは心得たものだっただろうが、結月さんは事情も何もわからないまま、世話をする犬も増えたのだから大変だっただろう。


 それでも彼女は優しく、甲斐甲斐しく、犬の姿の俺を世話してくれた。


 結月としては、いつの間にか結婚する事になり、その晩、夫と義理の父が喧嘩して、知らない家へ住む事になって、わけのわからない犬にとても困ったと思うんだ……。


 しかし俺は女性に免疫がなく、絹さんや一緒に働く橘先輩に聞いても、犬でもある事は本人が言った方が、いいでしょうという雰囲気の中で……。


 俺は話せなく……疲れていて……目の前の綺麗な結月さんは俺に優しくしてくれる。


「黒ちゃん、お帰りなさいー」


 帰宅した犬の俺をみつけるとそう言ってくれる。もちろん、悠翔(はると)の時も言ってくれるし、優しい。


「悠翔さんが行けないようだから、一緒に散歩にいきましょうか」


 そういう何気ない言葉に、『仲良し』や『可愛い』、『大切』って言葉が見え隠れしているのが、嬉しいのだろうかと、犬の姿で考察していた時もある。


 そして家に帰って来て、優しい嫁ちゃんの手を犬だから……最初ペロって舐めた。やはり不愛想な犬より、可愛げのある方が世話をする方も苦ではないだろう。そう言うのは仕事でも言える事の様に思う。


「わぁ、絹さん、黒ちゃんが舐めましたよ。やっと仲良くなれたみたいです」


「まぁまぁ、仲のよろしい事で」


 その時、二人は凄く嬉しそうだった。


 ――嬉しいそう。(舐めていいんだ)、今までの人生、犬である事は隠すべき事で、それが日常にあるのは結構大変だった。 犬になってしまうほどの体調の悪化は、犬になる事を恐れるプレッシャーになる悪循環。


 そして彼女と過ごして、犬でも嬉しいという感情の表し方を学習した俺は、家へ帰り犬になると嫁ちゃんのそばや、膝の上に座って新婚ライフならぬ、ペロペロライフを満喫してしまっていた……。


 そしていきなり不愛想な犬には戻れない。ない腹を探られる事になるかもしれないし……。


「簡単なお化粧とかしてるから、顔は舐めちゃ駄目って言っているでしょう! 黒ちゃん」


 そう言われても、ここで『はい、わかりました』てすぐに聞き分けよく、舐めるのを止めたら……擬装工作として失敗するかもしれない。


 そうやって有頂天になってた俺は――。


 今更、『いつもそばに寄って来て、甘えん坊で、手や、最近は顔までぺろぺろしている犬は俺です!』なんて言えなかった。でも、おれは犬でもある! あるからってだめかー……。


 だから嫁ちゃんに真実を話し、改めて求婚する作戦は難航し、今は自分のしてしまった過ちを覆し、せめて0にする事に専念する計画が追加された。


 こんな馬鹿な事ばかり考えてる俺は、だいぶまともではなく、幸せだ。


 続く





見ていただきありがとうございます。


またどこかで!

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