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手の内に無い結婚話

 ふり出しそうな曇り空を見つめ、警察庁の廊下を歩いていると、中肉中背ではあるが、柔道で鍛え上げられたような、がっしりとした体格の署長に呼び止められる。


「君、犬飼君だよね?」


「はい、そうであります!」


 敬礼の状態で、一体俺は何をやってしまったのか? と、寒い季節であるがスーツの下の、ワイシャツに汗が滲む思いでだった。


「君は、よくお兄さん達に似ているね」


「はぁ……? 兄たちがどうかしたんでしょうか?」


 異能を使う者は案外、狭い世界に住んでいる。だから会う事もあるが、それでも久しく会っていない兄の事を言われ、あまり宜しくないだろうが、気の緩んだ返事をしまう。後は、ただ署長の次の言葉を待つしかないほど、これから続く会話の内容に心当たりがなかった。


「君は長年、実家に帰ってないようだね。一度帰るといいよ。身辺のゴタゴタは早めに決着つけるべきだ。では、伝えたからね」


「はい、ありがとうございました!」


 正直、疑問と戸惑い、そして明確な嫌な予感だけがあった。たぶん、このまま放置してもいい事は無い。そう思い、祖父母に連れて行かれたきり、久しく足を運んでいなかった犬飼の家へと出向いた。


悠翔(はると)さん、貴方は今度結婚する事になりました。出来損ないと言っても、犬飼家の血を引く人間として貴方も、子どもをもつ義務放棄出来ないのよ」


 久しぶりに行った実家は昔と変わらず、大きな家で着物姿の母は、俺とまともに目を合わそうとせず、隠して置きたい過去を打ち砕くように、その言葉は強くその刺を隠してもいないそんな言葉を聞き、来るべきではなかったそう思った。だが、同時に諦めみたいな気持ちもあった。たぶんこれは、家に関わる事ならば、両親たちに引く気はないだろう。


「ええ、いいですよ。俺は犬畜生ですが、俺のつれあいになる女性が、どっかの誰かの様に逃げなければね」


 捨てられた俺は諦め、受け入れたのに、今更、家族の真似事のような事をするためだけに、上官経由で呼び出されれば、いきなりでなくても腹が立つものだ。俺の事を捨てた事など、関係無しにわずらわしかった。


 そんな俺の言葉に、母の蔑むような視線は変わらない。


 俺の結婚は必ず、破断へ向かう事を、俺は身をもって知っていた。たぶん俺の全てを知れば、相手は逃げて……三回も同じ事をすれば、全てがしれ渡るだろう。名家の犬飼の家に墨が付く、隠された三男の真実と共に……。


 だから、売り言葉に買い言葉で言うだけいって。


「婚礼の日には呼んでください。最近もあるんですよ、披露がたまると、犬になってしまう事が……。会えば会うほど、あばかれる機会は増えてしまいますよ。大変ですね」


 そう挨拶をして帰ろうと席を立った。その横で、女中がワゴンの上でお茶と、お茶菓子を、出す用意をしていた。その皿の上のクッキーだけは、一枚貰って食べた。


「まぁ」


 そう言って、眉間に(しわ)を寄せる母を見ると、祖父が生きていた時以来だったクッキーが大変旨く感じた。


 だが、そこへ遅れて来た父親が扉から部屋へ入って来る。父は軍関係者であるが、やはり異能の力に携わる仕事をしている。だから今回もそんな伝手(つて)を使って、俺の所までたどり着いたのだろう。


「遅れて済まなかった、話はついたか? ……って顔ではないな」


「ええ、まあ半分正解ですよ、お父さん。結婚はしてもいいですが、私の様なものが婿となれば、誰も納得しないでしょう。そうは伝えました。でも、母は不服のようですね」


 どうせ、平行線いや、だいぶこちらの、()が悪い。もうこの時点で結果は見えていたが、気は重いが着席し、最後まで聞くことにした。


「大丈夫だ。お前であっても了承し、犬飼の家の為になる娘は見繕ってある。何代も異能の力を発現させる事がなかったが、今なおその資質を秘める、早乙女の人間であれば、お前には申し分ないだろう。お前が人として半人前でも、犬飼の血を引くのならば、その勤めを果たすことも道理だろう」


 そう俺は言い含められる。ならば、受けるのが通りだろう? だろうか? 


 それについてはもう……わからなくなりつつあった。わかる事と言えば、犬飼の家から疎まれ、これ以上拒否すればたぶん、仕事か、それとも別の何かで障りがあるだろう事。声の大きい奴らが親族というだけで、迷惑を被る事になるだろう事ぐらい、簡単に想像できた。 正直、期待する事に疲れた。


「結婚はしますよ。母にはそれは伝えました。 ですが、俺は人間でもありますが、犬なんですよ……疲れるとそうなるって、祖父母が何度も伝えたはずです。人と交わる事は疲れるんです。わかってくださいよ」



 そう祖父母は、何度も伝えていたはずだった。『体力のついた今では、そう犬になる事もなくなったのよ。でも、悠翔(はると)は一人になる事をおそれている。だからお願い、あの子に会ってあげて』祖母の推察は半分あっていて、半分ハズレていた。俺の求めいたの……、いやいや。もう大人だ。今は自分の力で、努力する事が出来る。


 そうして結婚の話については、俺が憎まれ口を聞いても、懇願しても、結婚式への進行は揺るぐ事などなかった。


 そう名家である犬飼家の現当主の父と、同じく名家である生田家の血を引く母は、決めてしまったようだ。


 そうなると誰も止める事は出来ない。昔はそれでも母方の祖母が、子どもの俺に寄り添ってくれた。しかし祖母はもういない。ただ、祖母のお手伝いをしてくれた絹さんは、仕事場の寮へ現れて何かと世話を焼いてくれていたが、彼女には相談も出来なかった。


 続く


見ていただきありがとうございます!


またどこかで。

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