犬である俺と結月さんの結婚生活
宜しくお願いします。
投稿頻度未定です。
江戸時代へを経て、時代は新しい年号になろうとしていた。
そんな時代の中で密かに、様々な異能の力を継ぐ者たちがいる。彼らは家同士の結婚という契約を使い血を引き継ぎで行く、大正の時代になっても、それは続いていた。
俺の実家の犬飼の家は、時代が移り変わっても変わらず、広い土地を維持している。それはやはり、異能の力を受け継ぐ、血のおかげと言って良かった。
犬の能力を身につけて生まれてくる血族の者たちには、風の様な脚力を持つ者、どんな遠くでも匂いを嗅ぎわける者、犬の鋭い牙を持つ者など様々な力が発現する。
しかしそんな名家の犬飼の家の、三男である俺を、母が身ごもった時、異能の力の何らかの作用により、母は俺を小さな黒い子犬として産み落とす。
そんな俺を母は、俺の姿が人間の赤ん坊に変わっても、預けられていた異能の力を持つ者たちのための病院へは迎えには来てくれなかった。
だから俺は、犬飼の苗字であったが、母方の生田の祖父母に育てられた。
そして警察の寮に入り、祖父母が亡くなると、引き継いだ家は、祖父母のお手伝いをしていた絹さんの管理をして貰っていた。
そんな俺にある日、両親から仲裁を頼まれたと言う上司からの、話を断れず、実家に顔を出す事となる。
「悠翔さん、貴方も犬飼の血を誰かに引き継いでいい年頃でしょう。出来損ないと言っても、犬飼家の血を引く人間として貴方も、子どもをもつ義務放棄出来ないのよ」
そう言う母に、抗ってみたけれ……、抗う事に意味なんてどこにあるのか? そう思い聞き入れてしまった。
だから結婚してしまったが、しかし俺は犬でもある。それなのにいつの間にか、夫婦になった彼女の事を好きになっていた。彼女に血を分けた両親の様に拒絶されてしまう事を恐れながら、それでも彼女の傍に居たい、そう考えるようになった。
真実を伝えるべきだとわかっている。でも、犬でもある俺でも、彼女と一緒にいる生活は守りたい。駄目だとはわかっていたのだが……。
◇◆◇◆◇
母方の祖父母が以前の家は、温泉街の近くのにあった。温泉街へと向かう、楽し気な人々を目的にへと、バスが運んでいく。わりと山奥であるこんな土地であるのに、不便なく通うことが出来て助かってはいた。
夜、曇り空で、真っ暗になってしまった、バス停からの道を帰る。祖母の居た頃の様に、家から明かりが今日も窓辺から漏れている。
「ただいま帰りました」
玄関の扉を開け、玄関の棚に紳士用帽子を置いていると、妻である結月さんが俺を玄関まで迎えに来てくれた。彼女は控えめな柄の、着物を着ているがそれでも花の様な可愛らしさだ。
「お帰りなさいませ。今日の食事はいかがなさいますか?」
「すまない、俺はご飯は食べて来た。黒はまだだけどね。出来たらあげてくれないだろうか?」
「本当に黒ちゃんに、私たちと同じ料理でいいのですか? 本当に?」
結月さんは犬を飼った事が無いらしく、しばらく何も疑いもせず、犬の俺と言う存在を傍観者として受け入れていた。
けれど彼女はとても、とても面倒見の良い性格の様で、犬の飼い方の本まで読み、犬でもある俺の面倒をみてくれるようになった。
そのため、犬に人間のご飯を食べさせることに、疑問を持ってしまったようだ。
「ああ、黒は異能力のある変わった犬だから、どうもその方が体調もいいらしいんだ」
「うーん。わかりました……」
少しまだ疑うような目をする彼女も、異能力に携わる家柄の生まれである。なんとか今回は納得してくれたようだ。
今は犬の俺の食事についての心配をしている。事実がばれるかもしれないという事は、正直怖いが、彼女が例え犬の時であっても俺の事を考えてくれている。そう考えると、心配であると同じくらい嬉しい。
――そういうのはいけないなと思いつつ、楽しく思えるのは彼女だからだ。
それにしてもさすが『異能力』。未知である事を理由に、大抵の異能力を身につけている者も『異能力だから』の一言で黙る。それは今、俺の切り札となっていた。
毎日犬である黒が、俺と一緒にバスで黒いケースの中であるが、通勤しているという嘘の違和感について、いつ気付くだろうか? それについては『異能力』で片付く事ではない様で、どうやって言いわけしようか少し恐れおののく。
しかしそんな毎日は、いろいろ科学変化の様で楽しくもあった。
けれど秘密がれてはいけない、そんな思いが俺の中に強くある。
だから俺たち夫婦の会話はそれだけ。そして風呂に入り奥の部屋へと犬飼悠翔は、部屋へ閉じこもってしまうのだ。
――新妻の結月さんを置いて……。
そしてお風呂から出ると、通勤の疲れや、仕事の疲れで、俺はとっても犬だった。
体調が悪くなると、犬である方が体が楽になる。それが普通。
「人間でなければいけない、なければいけないなんて、大人でも苦痛な事です。この子はこの子です。見守っている、貴方がただけでも、それを認めてあげてくれませんか? そうすれば彼も、もう少し楽に呼吸が出来るようになる。悠翔君はどう思うかな?」
そう異能の血を持つ者たちの、専門医は言った。
「犬の姿は嫌いです。治して欲しい……」
「うーん、そうなのか。異能の力は突き詰めると、全てではないが、自分を、誰かを、守る力なんだよ。だから僕の知る限りは治すことは出来ない」
「えっ……」
頑なに、人間の姿であり続けて、ぶっ倒れ、病院のベットでその話を聞いていた、子どもだった当時の俺は絶望した。
「僕たちの様な人間は、理解者を見つけ自分と彼らを、守る事だけ考える方が簡単だよ。そうすれば普通の人たちもいつかわかってくれるかもしれない。わかってくれないかもしれない。でも、君と寄り添う、誰かを見て過ごせば心が少し落ち着く。そうやって君も生きて行くしかない。そして一番の理解者は自分自身だから……幼い内は、自分の力を楽しむといい」
そう先生は優しく俺に言ったが、俺は凄く不貞腐れた。
「先生、すみません。眠いからねます」
そう言ってベットのシーツに潜り込んで、みんなが居なくなった後で、一人で泣いた。でも……、病院だったからすぐ誰かに見つかって、まぁ……少しだけちやほやして貰った。
それから人間と犬の間を過ごす内に、これが俺だと納得するようにした。異能の力を、いつのまにか享受出来るようになっていたから。
だから、黒い毛はふさふさで、しっぽはクルンとして、耳はピンとなっている。大型犬ではないけど、中型犬にしては大きい。この姿も俺だ。
犬になった俺は扉を一人で開けて、結月さんの元へ走って行く。
「黒ちゃんもお帰りなさい。ご飯ですよー」
犬の俺に向かって、満面の笑みで声をかけてくれる、嫁ちゃん。
(うっひょー、嫁ちゃんただいまぁ~~)と、風呂上がりの俺は、犬の姿で息を弾ませ、ワンワンかハァハァ言って、嫁ちゃんのまわりをうろつき回る。
祖父母も、絹さんも、優しい人達だったが、両親へ帰すために立派に育てる、って事が心情だったように思う。
けれどそんな事と関係の無い嫁ちゃんは、根が優しいのだろう。どんどん、……いい大人っが言っていい事ではないだろうが、俺は甘やかされて嬉しくかった。
いつもそばに居たくなり、声を聞きたい。どこにでも居るありふれた犬の様に、嫁にちゃんの傍で居て、ぺろぺろや嫁ちゃんが喜ぶならお手もしてもいい。そんな俺を見て。嫁ちゃんは素直に喜んでくれる。
それもよくわからない化学変化として、不思議だった。しかしそれを最初、微笑ましく見ていた絹さんに、今ではやり過ぎ、と睨まれるまでになってしまったが――。
結月さんはまだ、人の姿の俺と話をする時、少し緊張しているようだ。俺が現れないことをほっとして、犬の黒ちゃんに癒されているようで、そういう面もあってなかなか真実について言いだせない。
それに正直、今までにない大切にされ具合で、それを堪能しつつある。犬の時は散歩も一緒で、帰ったら手を拭いてくれるなんて、とても凄い事だ。きっと。
絹さんが居る時は、ダイニングテーブルでご飯を食べている二人の、中間の位置で、結月さんだけの時は、彼女の横でご飯を食べる。子どもの頃から使っている、お膳に、犬の時でも食べやすいお皿で食べていると、失ってしまった家族が帰って来たようで嬉しい。
結月さんは凄く優しく、今はとても幸せ。でも、このままでいいはずがないのはわかっている。
――けれど、そう俺は犬でもある。犬でもある俺について話して、好きになって貰うための、チャンスを貰いたい。
続く
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