9 恋ではない(リカルド視点)
私の「彼女」への想いは恋に近いが決して恋ではない。
前世では母親、今生では姉であるリズ。
恋情というには肉親としての情が強すぎた。
けれど、完全に母や姉に対する肉親の情とは言い切れない。ほんの少しだけ、それだけではない想いがあったからだ。
前世の弟が妹に向けていた想い。
前世の妹が父に向けていた想い。
あれらは確かに恋だった。
禁断の、決して許されないと分かっていても、消し去る事ができない強い想い。
私は、あれだけの想いをリズに対して抱いてなどいない。
だから、これは決して恋などではない。
完全に肉親の情だと言い切れないとしても――。
前世の父、今生はこの国の皇帝であるアーサーにリズの事を教えなかったのは、「今生こそは平凡な人生を」という彼女の願いを叶えたかったからだが、私自身が嫌だったからだ。
今生は誰にも嫁がず、私だけの姉でいてほしいと思ったから。
だが、私にとって最も重要なのは自分の感情ではなくリズの幸せだ。
リズが今でも前世の夫を愛しているのは見ていれば分かる。
そのアーサーが、外見も人格もリズが愛したままの彼が今生に存在しているのを知っていて黙っているのは、アーサーに対しては何とも思わないが、リズに対しては後ろめたく感じた。
だから、今生のアーサーの誕生日という彼にとって特別な日にリズと邂逅させた。私からの誕生日プレゼントだ。
アーサーがリズを見つけやすいように、ヴォーデン辺境伯の愚息が婚約破棄するようにも仕向けた。
前世とは全く違う、しかも、自分が一番嫌いな女の姿となったリズを「リズ」だと認識できないなら、それまでの男だと思い、もう二度とリズとは会わせないつもりだった。まあ、彼のリズに対する狂気ともいえる執着を思えば、そんな事はありえないと断言できたが。
そして、私の予想通り、アーサーはリズに気づき今生でも妻にすると宣言したのだ。
何だかんだいってもリズもアーサーを愛している。
リズの「平凡な人生を」という願いを壊してしまったが、皇后として生きるのは大変だろうが愛する夫と生きるのだ。幸せになれるはずだから、どうか許してほしい。
今生の父、ペンドーン公爵が勝手に友人であるヴォーデン辺境伯の息子とリズの婚約を決めた時は、怒りや悔しさで、どうにかなりそうだった。
肉体が未成年の今は父に逆らえない。今はまだ姉の婚約を破談にできる権力がない。
いずれリズの有責にならない形で破談に持ち込めばいいと思い直して気を静めた。
外見だけの(それさえ私やアーサーに劣っているが)優男であるヴォーデン辺境伯の愚息では、とてもリズを幸せにできるとは思えなかった。ヴォーデン辺境伯にしても聡明な友人の娘に愚息を支えさせるために婚約を申し込んできたようだし。
幸いというべきか、人格はアレでも外見と能力は完璧な前世の夫を今も愛しているリズは、ヴォーデン辺境伯の愚息に興味はなさそうだったし、今生は生涯独身でいるつもりのようだったから遠慮なく愚息有責での婚約を破談にする方法を模索した。
愚息のほうは可憐で美しいリズに一目惚れしたようだが、そんな事は、私にはどうでもいい。私にとって最も大切なのはリズだ。リズが望まないなら彼との結婚を破談にするのに一切のためらいはない。
愚息はリズを愛しているが、自分に素っ気ない彼女の気を惹こうと他の令嬢と浮名を流していた。心底彼に興味ないリズに、そんな事をしても無駄なのだが。
愚息が好みそうな令嬢の家がちょうど借金まみれだったので、借金を全額肩替わりするのを条件に、彼を誘惑し、皇帝の誕生日会で婚約破棄するように誘導させた。
この騒動のお陰で前世の妻が見つかったアーサーは、さしてひどい罰は与えないだろうが、皇帝の誕生日会で騒動を起こした以上、結婚相手は見つけにくくなるだろうと心配する私に、令嬢はあっけらかんと「私、同性愛者なので、むしろ好都合ですよ」と言っていた。愚息を誘惑するのは彼女にとっては、あくまでも仕事なのだ。
利用したとはいえ、何の恨みもない相手、しかも少女を酷い目に遭わせたくはない。令嬢やその家族には、これからいろいろとフォローするつもりだ。
公爵になるなら、いざとなれば冷酷非情に切り捨てなければいけないのは分かっているが、なるべくそんな事はしたくない。
外見は前世でも今生でも酷似していても、こういう所は私とアーサーは違うのだ。まあ違って結構だと思っているが。
私は人間だし、人間でありたいのだ。
唯一の人にして価値を見出せず、彼女への想いだけで、かろうじて人間であろうとするあの男のようにはなりたくない。