5 強い視線
ふと強い視線を感じた。
決して敵意や害意ではない。かといって好意的でもないが。
視線の主は、すぐに見つかった。
玉座の右隣にある皇后だけが座れる椅子に、その人は座していた。
テューダ帝国の現皇后、カーラ……アーサーの正妻。
瞳が青である事を除けば、前世の私に酷似した容姿の女性だ。黒髪で小柄で華奢な肢体(前世の私と同じく胸もさびしい)。
聡明そうで気品もあるが、皇后という立場にいる方にしては華がなく存在感が希薄だった。そのせいか、絶世の美女といっていい容姿だのに残念ながら、そう見えなかった。
けれど、私に向ける視線だけは、やけに強かった。敵意や害意や好意などない。何の感情もこもらない視線が射貫くように私を見ている。
皇后が私を注視するのは当然だ。突然夫が近づき「私のもの」だの「妻にする」だのと告げた女が気にならないはずがない。
だが、そこに敵意や害意や嫉妬が混じってない事が不思議だった。
皇后にとってのアーサーは、ただ政略結婚の相手で、そこに愛はないのだろうか?
前世の若い頃はアーサーに恋しない女はいないと思い込んでいた。
だが、彼という人間を知るにつれ、彼を受け入れられる女性のほうが希少だと気づいたのだ。
私以外、それこそ自分自身すら心底どうでもいいと思っている、ある意味壊れた男だ。
完璧な美しい容姿に心を奪われても、そんな男を愛し続ける事など、まず無理だ。
私が前世で生涯夫婦をやってられたのは、彼が私を逃がすまいとしていたからじゃない。私自身がそんな彼を愛して受け入れていたからだ。
彼の狂気すら感じさせる愛情に恐怖ではなく歓喜を覚えていたからだ。
父からも弟からも愛されていたのに、それに気づかなかった。
形式上の母である王妃とは偽りの上で築いた関係だったから、いつか王妃からの愛がなくなるのだと覚悟していたから彼女とは心の中で一線を引いていた。
生母からは愛されていると分かっていても愛し返せなかった。母親となるまでは私と弟を復讐の道具にしていた彼女が許せなくて、母親となり彼女の気持ちを理解して許せても愛する事だけはどうしてもできなかった。
どうしてメアリーは、自分が腹を痛めて産んだ娘とはいえ、こんな私を愛せたのだろう?
偽りの上での愛ではない。揺るがない確固たる愛が欲しかった。
だから、アーサーの私以外は不要だと言い切る狂気すら感じさせる愛に恐怖ではなく満足感を覚えたのだ。
いずれ貴族社会から離れるつもりだったから、あえて貴族社会の情報は集めなかったし社交も避けていた。だから、皇后がアーサーをどう思っているのかは分からない。
だが、それでも彼女にとって皇帝との結婚は政略で愛がないのだとしても、自分に成り代わりかねない女が現われれば嫌悪したり、あせったりするはずなのだ。
だが、皇后には、そんな感情の揺らぎが感じられない。
彼女にとっては皇后の地位も夫の愛も、どうでもいいのだろうか?