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4 私も愛している

「ここではゆっくり話せないな。場所を変えましょうか」


 今生は皇帝だというのに彼は変わらず私に対して敬語だ。前世でも「夫婦になったのだから敬語でなくてもいいのよ」と言ったのだが、彼の私に対する話し方は生涯変わらなかった。


 思いがけない今生での邂逅の衝撃と彼の気迫に呑まれて逆らう気力はなかった。そのまま彼に腕を引かれて会場を出るはずだったが意外な人物が「待った」をかけた。


「お、お待ちください! 皇帝陛下。リズをどこに連れて行くおつもりですか⁉」


 先程、私に婚約破棄宣言した元婚約者、エドワード・ヴォーデン辺境伯子息だ。


「公衆の面前で婚約破棄宣言した奴が馴れ馴れしく彼女の愛称を口にするな」


 アーサーは私の元婚約者に冷たい一瞥をくれた。それだけで元婚約者は固まった。


「ああ、皇帝()の誕生日会で騒ぎを起こした罰は、彼女が見つかったきっかけを作ってくれた事で帳消しにしてやるから喜べ」


 ……元婚約者が婚約破棄宣言して注目されたせいで彼に見つかったのか。


 今生は彼と会う気はなかった。今でも彼を愛しているが、今生は平凡な人生を歩みたいのだ。皇帝となった彼と添い遂げる気はない。


 私は離れた所から心配そうに様子を窺っている(リカルド)を見た。


 いずれ平民になるつもりの私は貴族社会に関わらないつもりだった。だから、婚約者は勿論、他の貴族令嬢や令息とも親しくならないようにしていたし、未成年でも招待されるお茶会に参加した事はなかった。


 けれど、「皇帝陛下の誕生日会にだけは参加してほしい」というリカルドの懇願を断り切れずにやってきたのだ。


 将来ペンドーン公爵となるリカルドは私と違ってちゃんと社交をしていた。だから、何度も前世の父親(アーサー)とは顔を合わせているはずで、聡い二人が互いの「正体」に気づかないはずがない。


 だから、リカルドは私とアーサーを会わせるつもりだったのだと思う(元婚約者が婚約破棄宣言するかどうかまでは分からなかっただろうが)。


 今生も互いを想っているのなら結ばれるようにと。


 私にとっては余計なお世話だが。


「……あの、皇帝陛下」


 今生の平穏な人生のために、いつまでも彼の気迫に呑まれている訳にはいかないと、私は彼の手をそっと外し背筋を伸ばした。


「御前をお騒がせして申し訳ありませんでした。罰はいかようにもお受けしますが、今日は、これで失礼します。ああ、それと、二十一歳のお誕生日、おめでとうございます」


 早口でそれだけ告げると、私は完璧なカーテシーをして、この場からそそくさと去ろうとした。


「ようやく会えたのに逃がす訳ないでしょう」


 アーサーは、がしっと私の肩を摑んだ。


「……今更私に何の用があるのでしょうか?」


 周囲に人がいるので私は敬語を遣ったが、アーサーは、それが気に入らないようで一瞬だけ柳眉をひそめた。伊達に前世で夫婦をしていた訳ではない。わずかな視線の揺らぎや表情の変化で彼の感情はおおよそ分かるのだ。


「決まってる。これからの私達についての話ですよ」


「……今生まで、あなたと添い遂げる気はないわよ」


 私は思わず素の口調で言い返してしまった。


 今生で生を受けた時から思っていた事だから、つい言ってしまったのだが、常に無表情なアーサーにしては珍しく、はっきりに不快そうな顔になった。


「……では、他の男と添い遂げる気ですか?」


「あなたには関係ない」


 他の男とだって添い遂げる気はない。


 私が「私」である限り、アーサー以外愛せないのだから。


 だからといって平穏な人生を棒に振ってまで彼と添い遂げる気はない。前世で相愛の夫婦になれた。それで充分だ。


 今生は一人で生きていく――。


「関係なくないですよ。今生でも貴女を妻にするので」


「は?」


 私は思わず間抜けな声を上げてしまった。


「……ちょっと待ってよ。あなたには皇后陛下が、妻がいるじゃない」


 思いがけない今生の邂逅ですっかり忘れていたが、今生のアーサー、皇帝陛下には、皇后が、正妻がいる。


 三年前、アーサーは皇帝に即位すると同時に、ウィザーズ侯爵家(前世の形式上の母、王妃の生家だ)の令嬢カーラと結婚したのだ。


「……私を妾妃にするつもりなの?」


 いくら愛する男(アーサー)でも、いやだからこそ妾妃は絶対に嫌だ。


 皇帝の女だから妾妃という称号を与えられても、ようは愛人なのだ。世間と国家が認める正式な妻とは違って、いくらでも替えがきく。


 何より、アーサーを他の女と共有するなど耐えられない。


「まさか」


 即座に、さも当然という感じでアーサーは否定した。


「私が貴女をそんないくらでも替えのきく(めかけ)風情に貶めるはずないでしょう」


 彼にそう言われて私が真っ先に感じたのは安堵と歓喜だった。


 前世で相愛の夫婦になれただけで充分だと思っていたはずだのに。


 今生で平穏に生きるためには皇帝となった彼と添い遂げる訳にはいかないと思っているのに。


 彼に軽く扱われるのも嫌なのだと自覚した。


 自分の身勝手さに自己嫌悪したが、同時に、これだけ強く芽生えた想いを否定する事もできなくなった。


(……私はアーサーを愛しているんだわ)


 前世の想いだけではない。


 今、目の前にいる今生のアーサーを愛している。


 瞳の色以外は前世と同じ完璧な美しい姿と私への変わらぬ執着()


 それらを今生でも持っている彼を、アーサーを私も愛している――。


 


 






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