3 幕間~私も転生者、ただし異世界からの~(エルブ視点)
私、エルブ(平民だから姓はない)には前世の記憶がある。
ここではない世界の日本という国で生きた男の記憶だ。
けれど、人格は、あくまでも今生の私、エルブだ。
前世の記憶や知識だけが今生の私に与えられたようなものなのだ。
驚く事に、私の近くにも前世の記憶を保持している人間達、転生者達がいた。
実は私の娘だが形式上はペンドーン公爵令嬢となったリズとその異父弟リカルドだ。
たまたま通りかかった時に、姉弟の会話を盗み聞いてしまったのだ。
ただ姉弟は私と違い異世界からではなく同じこの世界の転生者で、これまた私とは違い人格も前世からのものだったが。
しかも、前世では母子で……「彼女」とも深い縁があった。それを知るのは後になってからだが。
私は姉弟が転生者だと知ってしまったが、姉弟は私が異世界からの転生者だと知らない。
別に隠しているからではなく訊かれていないから答えていないだけだ。
ここより文明が進んだ異世界で生きた男の記憶や知識があった所で何ら役に立つ訳ではない。チートできるのは余程の天才くらいなものなのだ。
だから、異世界からの転生者だと知られても、さして困らないが、好奇な目にさらされるのも遠慮したい。
姉弟も、それが嫌だから周囲に転生者である事を隠しているのだろう。
今生の私、エルブの母は娼婦だ。父親は知らない。
母の客の中に「父親」がいると思うが、わざわざ探す気はない。肉欲を満たすために娼館に来て娼婦を抱いた男だ。生物学上の父親という認識しかない。
今現在、娼館の女将をしている母は美しい女だ。娘の外見は母(リズにとっては祖母)譲りだ。
私も髪と瞳は母やリズと同じ銀髪に淡い緑の瞳で顔も似ているのだが……顔から足までの右半身全てが無数の黒い百合のような痣に覆われている。
それ故に、一見母にもリズにも似て見えない。更には念には念を入れて髪を黒く染めて印象を変えリズとは似て見せないようにした。
お陰で、ペンドーン公爵はリズを自分の娘だと思い込み彼女は娼婦にならずに済んだ。
親子として交流できなくても、リズが、愛する娘が尊厳を踏みにじられる事なく公爵令嬢として何不自由なく暮らせられるなら、そのほうがいい。
できた経緯はどうあれ母が息子を愛してくれているように、私も娘を愛している。
けれど、リズの母親、今はペンドーン公爵夫人となったロージーは愛していない。
私には愛する女性がいるのだ。……前世の記憶の中にしか存在しない女性、いや少女だが。
娼婦の子は見目が良ければ娼婦か男娼になる。美しい母に似た顔だが、私の場合は右半身のこの痣が気味悪がられ男娼にならずに済んだ。代わりに、母がいる娼館で用心棒やら事務などをしていた。
何がしかの重い事情を抱えて苦界に堕ちた娼婦達は、私のこの痣を見ても顔色一つ変えず、ごく普通に接してくれていた。
その中でもロージーは、私のこの顔と痣が気に入ったようで誘惑してきたのだ。
前世の記憶持ちで精神は老成していても体は当時十三の少年、性が芽生え始めた頃だった。生理的に受けつけないという理由でないなら女性に誘惑されれば喜んで応じる。……「父親」の事は言えない。ロージーから誘ってきたとはいえ私も肉欲だけで彼女を抱いたのだから。
私がペンドーン公爵に身請けされるロージーについていけたのは、ロージーと母のお陰だ。
事務をしていても用心棒としても優秀だった私を一生娼館に縛りつけたくないという思いと、私の我が子の傍にいて守りたいという気持ちを見抜いて、母はペンドーン公爵に私を雇うように懇願してくれたのだ。お陰で、今はペンドーン公爵家専用の諜報員兼リズの護衛ができている。
ロージーも、この時はまだ私を気に入っていたので傍に置きたがった。
愛する女の傍に若い男がいるなど普通なら絶対嫌がるだろうが、幸いというべきか、ペンドーン公爵は、私の痣のある顔を醜く思い見下している上、見目の良い自分に自信がありロージーと相愛だと思い込んでいたので、あっさり私を雇う事を了承してくれた。
何にしろ、愛する娘の傍にいられるのだ。
親子として過ごせなくても、それで充分だ。
私はエルブ。
前世の記憶あろうと、ただの一人の平凡な男。
このまま何事もなく生きていく。
そう思っていたのに――。
運命の悪戯か、前世の縁や因縁故なのか。
「彼女」が生まれてくるのだ。
しかも、私の孫として。
大池桜子。
前世と今生の私が唯一恋した少女が――。