2 幕間~今生の私の事情~
前世同様、今生でも複雑な出生になってしまった。
いいのか悪いのか、今生でも胎児から記憶がある。しかも、前世の記憶を保持したままで。
前世の私は二百年前はまだ王国だった現在はテューダ帝国となったこの国の女王として傘寿(八十歳)まで生きた。ちゃんと天寿を全うしたといえるだろう。
女王として生きたのは、それなりに大変だったが、実際は優秀すぎる王配が統治していたので、さほど苦労はなかったし、私生活では娘に先立たれたのは悲しいが友人や家族に恵まれて充分幸福な人生だった。
どうして前世の記憶を保持したまま生まれ変わったのかは分からないが、どんな制約を科せられていようと生まれてきてしまった以上は生きるしかない。
今生の母、ロージーは娼婦だった。しかも、元はダドリー伯爵家の令嬢。……前世の私の親友だったローズマリーの生家だ。子孫だからか、ロージーは容姿だけはローズマリーに似ている。茶髪に青い瞳、中背で華奢ながらグラマラスな肢体の美女だ。
ロージーの父親(今生の私の生物学上の祖父だ)、当時のダドリー伯爵は不正をし、その金の補填のために娘である彼女を娼館に売ったのだ。結局、不正はばれて彼は死刑台に送られた。ダドリー伯爵家は有能な彼の弟が継いで何とか継続している。
父親が不正をしていた上、娼婦になった元伯爵令嬢。社会的に死んだ人間をいくら姪とはいえ新たなダドリー伯爵が手を差し伸べるはずがない。貴族は肉親の情よりも家を優先する義務があるのだから。
そんなダドリー伯爵の代わりにロージーに手を差し伸べたのが、当時のペンドーン公爵令息だった父だ。
父は妻がいながら伯爵令嬢だったロージーに懸想していた。その母が娼館に送られたと聞くと彼女が客を取る前に身請けし、最初は妾、正妻が亡くなった後は後妻にした。そして、私と年子の弟が生まれたのだ。
……実は、この弟とも前世からの縁がある。
今生でもリカルドと名付けられた彼は、前世では私の息子だったのだ。彼も私と同じく胎児から前世の記憶と人格を保持している。容姿も前世と酷似しているが、瞳の色だけは紫から黒に、前世の父親と同じ色になった。まるで前世と今生でアーサーと容姿が入れ替わったようだ。
前世の夫の生家は二百年前はペンドーン侯爵家だったが、百年程前から公爵に陞爵した。
奇しくも、前世の夫の生家の子孫が今生の私の父親なのだ。だが、それは形式上だ。
今生の弟の父親は、まぎれもなく現在はペンドーン公爵となった人だが、私の本当の父親は違う。
ロージーが所属していた娼館の女将の息子エルブが今生の私の実の父親なのだ。
ロージーは客こそ取っていないが、娼館にいた短い間に気に入った十三歳のエルブを誘惑し、エルブの子を、私を身籠ったのだ。
ペンドーン公爵は知らないだろうが、ロージーは美少年が好きで、伯爵令嬢であった頃から気に入った美少年達と「遊んで」いたのだ。
ロージーが他の客を取る前に身請けした事、何よりロージーとは相愛だと思い込んでいるペンドーン公爵は、ロージーの胎の子の父親は自分以外ありえないと信じ込んでいるようだが。
別に公爵令嬢になりたい訳ではなかったが、だからといって娼婦には絶対になりたくなかったので、ペンドーン公爵の、「お父様」の勘違いを利用した。
今はペンドーン公爵家に私兵として雇われている実の父も自分の娘を娼婦にしたくないと思ってくれたのと公爵令嬢のほうが幸せになれるだろうと自分が私の実の父親である事を黙ってくれている。
エルブの右半身には黒い百合のような痣が無数にあり、それが目立つので一見分からないが、同じ銀髪で淡い緑の瞳で顔立ちも今生の私に似ている。見る人が見れば血縁なのは丸わかりだ。だから、わざわざ私との相似を隠すために髪を黒く染め印象を変えてくれた。
娘の安全のため以上に復讐のために子供を取り替えた前世の生母とは違い、ただ娘の幸せを願って「托卵」した今生の父には人として好意を持っている。
けれど、生物学上以外で彼を父親とは思っていない。精神年齢が老婆だから今更親を慕う気持ちが起こらないのだ。
前世では精神も肉体と同じ年齢の子供だったせいか、私を娘だと思っていたお母様に対して申し訳なさや罪悪感が多大だったが、ちゃんと愛情もあった。
王妃は夫で前世の私の父、リチャード王だけを愛していて、父との間にできた娘だと思っていたから私を愛した。私の人格には興味はなく私自身に対する愛情はなかった。だからこそ真実を知った後は、大嫌いな女の息子だと思い嫌っていた異母弟をあっさり息子だと認められたのだ。……そんな人でも私は母として慕っていたのだ。私を産み愛してくれた生母よりもだ。
けれど、今生の形式上の父親、ペンドーン公爵、「お父様」に対しては、公爵令嬢として恵まれた生活を与えてくれる感謝や娘と偽る罪悪感はあっても愛情はない。
エルブに対してと同様、今生は老婆の精神年齢だから今更親を慕う気持ちなど起こらないというのもあるが、何より、ペンドーン公爵はロージーだけが大切でロージーと自分の子(私は彼の娘ではないけど)であろうと、私と弟はおまけにすぎないと分かっているからだ。そんな男を父として、いや、まず人として敬愛できない。
勿論、公爵令嬢だと偽った事には罪悪感があるし、育ててもらった事には感謝しているから、いずれ全額養育費は払うつもりだった。
貴族の血は引いていないので貴族としての義務に縛られる生活をするつもりはなかった。だから、家のために婚約するつもりなどなかったのだが、ペンドーン公爵が勝手に私の婚約を決めてくれたのだ。
この体が未成年である以上、今はまだペンドーン公爵家の庇護下にいるべきだと思ったので、公爵の決定には逆らえなかった。
……今生で皇帝となったアーサーと出会うくらいなら、さっさとペンドーン公爵家を出ればよかったと後悔している。




