13 幕間~生理的に受けつけない~(エルブ視点)
桃梧は薫を促すと同じように無人の隣の教室に入った。
「人の事、言えんのかよ」
開口一番、桃梧は冷ややかに言い放った。
やはり、双子の姉に対するのとは違いすぎる口調や眼差しだ。
「……勝手に君の気持ちを大池さんに言ったのは、悪かったと思っている。すまなかった」
薫は頭を下げた。薫は相手が気に入らなくても自分が悪いと思えば謝罪できるのだ。
人当たりがよく基本的に他人に悪感情を抱かない薫だが、大池桃梧だけは大嫌いだった。
いや、大嫌いという言葉すら生温いほど生理的に受けつけなかった。
桃梧と酷似した容姿を持つ父、岸部賢梧の事は敬愛しているのに、桃梧は、その姿も言動も何もかもが癇に障るのだ。
「謝れば許されると思っているのか?」
「……いや」
今までの薫は謝ったという事実があれば、相手からの許しがなくても、その事柄を忘れられた。終わらせる事ができた。楽になれた。
桃梧は、その薫の甘さを言外に指摘してきたのだ。
桃梧は薫が謝っても許す気などない。そもそも謝罪など求めていない。
自分が隠している気持ちを、よりによって誰よりも知られたくなかった双子の片割れにばらされた――。
桜子が一笑に付したとはいえ、桃梧には到底許せるものではないのだ。
「お前も偉そうに俺を非難できる立場じゃないくせに」
「どういう意味だ?」
本当に分からなかった。
だから、尋ね返したのに、桃梧は彼にしては珍しく素直に驚いていた。
「……知らなかったのか?」
そこで、桃梧は納得したように呟いた。
「ああ、そうか、知らなかったから、あんなに無邪気に桜子に近づいてこれたんだな」
目の前で自分だけ納得されても苛立つだけだ。
「僕に分かるように言ってくれ」
イラッとして答えを促した薫に桃梧は心底馬鹿にした視線を向けてきた。
「弟だよ。お前も桜子の」
「は?」
桃梧の言葉を理解できなかった。
「お前の戸籍上の父親、岸部賢梧は俺と桜子の実の父親だ。父は俺と桜子を認知しているから戸籍上とはいえ、お前も桜子の弟になる。だが、俺のように桜子と血の繋がった弟ではないから想う事は許される。それはよかったな」
桃梧は気づいていたのだ。
薫は桜子に告白はしなかった。
それでも、薫が桃梧の双子の姉に対する劣情や恋情に気づいたように、桃梧も薫の桜子に対する恋情に気づいていたのだ。
同じ女に同じ想いを抱いているのだ。気づかないはずがない。
「……君が嘘を吐く理由がないから、本当の事なんだろうが……信じられない」
いや、「信じたくない」だ。
だが、あまりにも桃梧は、父に、岸部賢梧に、そっくりだ。
まぎれもなく岸部賢梧と桃梧は血の繋がった父子なのだ。
そして、薫と岸部賢梧は実の親子などではなかった。
母が岸部賢梧以外の男との間に子供を作った。
母は夫を裏切るような女ではないと言えなかった。母は乳母や使用人に息子を任せて遊び歩くような女だった。母子として交流した事はなかった。
それは、実の父親だと信じていた岸部賢梧にしても同じだ。仕事が忙しいからだと思っていたが、本当は実の息子ではない薫に欠片も関心がなかったからだろう。
だが、それでも薫は岸部賢梧を、父を敬愛していた。同じ男として、こうなりたいと憧れを持っていたのだ。
その父が、本当の父親ではない上、彼の実の娘が恋した少女というのも衝撃だった。
そんな薫に桃梧は追い打ちをかけるように話を続けた。実際追い打ちをかけているのだろう。薫が桜子に彼の隠している気持ちをばらした仕返しなのだ。
「さすがに、これは知っているだろうが、お前の生家、岸部財閥は能力至上主義だ。一族で一番優れた能力を持つ男が直系の娘と結婚し当主となる」
岸部家は日本に古くからある財閥であり、ずっと日本を陰から支配しているといわれていた。
岸部家は桃梧の言う通り能力至上主義だ。一族の中で最も優れた人間が直系の娘と結婚し当主となる。そうやって血を繋いできた。
「その優れた能力を見込んで、岸部の現当主、お前の祖父は、愛した女がいた賢梧を、俺と桜子の実の父親を、自分の娘、お前の母親の婚約者にしたが、彼女は複数の男と関係を持ち、お前を身籠った」
「賢梧が愛した女」が桃梧と桜子を産んだ母親なのだと薫は分かった。
「父親が誰だろうと、お前はまぎれもなく岸部の直系だ。だから、岸部の当主は堕胎はさせず、そのまま賢梧と結婚させたんだ。岸部の当主になりたかった賢梧は文句一つ言わずに従ったから、どっちもどっちだな」
実の父親に対して冷たい言い方だが、話の内容からすれば当然だとも思う。そもそも桃梧は桜子以外の人間は心底どうでもいいのだ。それが、たとえ実の父親だろうと。
「うちの学園は政財界の子息が多く在籍しているから、お前の耳にも入っているはずなんだが、自分に都合の悪い話は脳が受け入れなかったようだな」
桃梧のこの言葉は、はっきりとした皮肉だが、それに対する不快感よりも薫には気になる事があった。
「……大池さんは知っているのか」
「知っているさ。だから、無邪気に自分に近づいてきたお前に、最初は驚いていたぞ」
全く気づかなかった。
いや、気づこうとしなかったのだ。
両親の事も、周囲の噂も、何より、恋した少女が自分をどう思っているのか。
少しでも見る目があれば気づいたはずなのだ。桃梧の双子の姉に対する劣情や恋情に気づいたように。
「だが、避ける理由もないからな。ごく普通のクラスメートとして接していただろう?」
自分の実の父親の世間的には嫡出子で自分の戸籍上の弟。
複雑な感情を抱く相手だと思うが、桜子にとっては「避ける理由もない」程度の人間なのだ。
(……ああ、そうか)
ようやく薫は分かった。
桃梧が桜子以外の人間は実の父親も含めて心底どうでもいいように、桜子にとっても双子の弟以外の人間は、どうでもいいのだ。
桃梧のように劣情や恋情は抱いていないが、誰よりも信頼して好意を抱いている特別な存在。
それが桜子にとっての双子の弟なのだ。
薫でも他の誰でも、この双子の間に入る隙間などない。
打ちのめされている薫に、もう話す事はないと思ったのか、桃梧は教室から出て行った。
これが、前世の私、岸部薫が見た大池桃梧の最後の姿だった。




