あの日あの瞬間(とき)、私はアナタを好きになりました
この物語は下記作品の別視点のお話になります。
・カレンダーに付けられたハートマークの意味は……?
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読んでいなくても問題ありませんが、1000字ピッタリの短い作品なので、もし宜しければお目通しいただければ幸いです!
才能とは本当に残酷だと思う。
大した努力をしないでも成功する人もいれば、どんなに努力しても報われない人もいる。
才能の差に涙した経験がある人は、恐らく世の中に沢山いるだろう。
私は、どちらかと言えば才能のある側に分類される人間だという自覚がある。
理由は単純で、幼い頃から周囲に褒められることが多かったからだ。
見た目については褒めてもらえることが多いし、勉強も運動も特に努力せずにそこそこできてしまうので、私は常に褒めて伸ばされてきた。
でも、それで人生がイージーだったかというと、意外にもそんなことはない。
下心で近づいてくる人が本当に多くて人間不信気味になってしまったし、頑張らなくても大抵のことはできてしまうため飽きっぽい性格になってしまったからだ。
飽きっぽいということは諦めも早いということで、本当に努力が必要な場面でもそれは顕著に表れた。
私はどんなジャンルでも好成績を出せたけど、一位になれるほど突出していたワケじゃない。
絶対に結果を出したいという意欲もなかったので、早々に見切りをつける悪癖がついてしまったのである。
勝てないジャンルに時間を使うのは効率が悪いし、別のことに時間をかけた方が絶対に良いと本気で思っていた。
だから正直、時間をかけて効率の悪い努力をしている人を見下していたのだ。
――あの人と、出会うまでは。
◇
「辰巳 悠衣子です。短い間ですが、お世話になります」
「何言ってるんだよ辰巳さん! お世話になるのはこっちの方だって! よろしくね!」
高校三年の五月、私は野球部の助っ人マネージャーになった。
経緯としては、部員のモチベーションのためということで部長の沢木君から直々にお願いされたのである。
元々私は、助っ人として色々な部活動を兼任していたのだけど、三年になってからはどの部からの助っ人も断っていた。
理由は、なんとなく後ろめたさがあったからである。
兼任で複数の部活動に参加していた私は、三年間通して同じ競技の練習をしたことがない。
そんな私が三年間真面目に練習してきた子を差し置いてレギュラーに選ばれるのは、正直言って気まずかった。
中には、ほとんど練習をしてない私に勝てず心を折られた子もいたので、雰囲気的にもあまり良くなかったと思う。
戦力として私を求めていた人には申し訳ないけど、部外者がいることで生まれる不和を軽視すべきではない。
そんなワケで暇になった私は、前々から冗談交じりにお願いされていたマネージャーの件を引き受けたのである。
三年生がこのタイミングでマネージャーになるというのは良いとこ取りをしているようなイメージがあるが、ウチの野球部は甲子園を狙えるような強豪でもないし、そもそも他に女子マネージャーがいなかったので誰にも文句は言われなかった。
むしろ、ほぼ全員から歓迎されているように思う。
……あくまでも私の印象としてなので、事実はわからないけど。
私が加入したことによる影響があったかどうかは定かではないが、ウチの野球部は地方大会を順調に勝ち進んだ。
期待が高まれば練習にも熱が入るもので、部員はみんな真剣そうに見える。
その中でもレギュラー入りしているメンバーは、練習以外にも戦略の見直しや対策会議などを真面目に行っていた。
そんな中、誰よりも努力している――ように見えるのが、今も必死にノートにメモを取っている彼だ。
彼は今までマネージャーも兼務していたそうで、ある意味では最も野球部に貢献していた存在である。
私がマネージャーになったことでその任を解かれ、今は選手に専念しているのだけど……、言っては申し訳ないがあまり野球の才能があるうようには見えなかった。
実際、ベンチ入りはしているもののスタメン(スターティングメンバー)に選ばれたことは一度もないらしく、地方大会が開始されてからもまだ試合に出してもらえていない。
正直、私は彼のことを全く理解できなかった。
もっと早い段階で自分に才能がないことに気付けなかったのか?
試合に出してもらえなくて不満はないのか?
マネージャー扱いされて悔しくはなかったのか?
彼を見ているとそんな言葉ばかり浮かんできて、なんだか凄くモヤモヤした気持ちになるのだ。
人は、自分が理解できないものに直面すると不安を感じたり、ストレスを感じたりするものである。
その結果として叩いたり批判したりする人が出てくるワケだが、そこには嫉妬のような感情が含まれていることも多い。
自分ができない、理解できないからこそ、自らを正当化するために悪感情を向けてしまう……
彼の顔を見るとどうしてもそういった感情が溢れ出してしまうので、私は意図的に彼の顔を見ないようにしている。
意識さえすれば人の顔を見ないのは意外と簡単であり、たとえ目の前に彼がいようとも心の平穏は保てるようになった。
――しかし地方大会の決勝で、私の心は再びかき乱されることになる。
決勝の相手は甲子園の常連校。
ハッキリ言って最初から勝ち目は薄かったが、試合は予想以上に一方的な展開となってしまった。
高校野球の地方大会では点差によるコールドゲームが存在するが、決勝の場合はこのルールが適用されないため酷い点差の試合結果になることもあり得るのだ。
点差は五回の時点で15点差以上あり、最終回の今、その差は20点まで開いていた。
ここまでの時間は拷問のようであり、ウチの選手はみんな、一様に悲痛な表情を浮かべている。
「代打、上野!」
最後の打順で、監督が代打を申告する。
このタイミングで代打に選ばれるという意味は決して何かを期待されてというワケではなく、残念ながら記念の意味が強い。
打っても打たなくても結果は変わらない、ただ試合に出ていない者を記念に参加させるだけの行為――
それは人によっては屈辱と感じるかもしれないが、こんな状況になるまで選ばれなかったのは結局のところ実力不足ゆえだ。
監督だって複雑な気持ちだろうし、その配慮にはむしろ感謝すべきである。
……しかし、頭では理解できても、感情がそれを許さないということは多々ある。
もし私が同じ立場なら、きっと自分が情けなくなり、その感情が表情に出てしまうだろう。
そんな自己分析が純粋な興味となり、私は久しぶりに彼の顔に視点を合わせた。
「っ!?」
驚いたことに、彼はこんな状況でも真剣な表情を浮かべていた。
その眼には、闘志すら宿っているように見える。
チームの誰もが絶望しているこの状況で、……彼だけは未だに心が折れていなかったのだ。
ズキリ、と胸に痛みが走る。
今まで彼に感じていた不快な気持ちとは異なる、切なくなるような気持ち……
私がマネージャーの仕事を引き継ぐ際、彼はヘラヘラとした笑顔を浮かべていた。
それが不快で、あれ以来彼の顔を見ないようにしてきた。
だから、あんな真剣な表情の彼を見たのは初めてで……、それこそ全くの別人と遭遇したような印象を受けている。
『ストラーイク!』
しかし、彼がどんなにも真剣に、全力で挑んだとしても、エースの肩を温存するために出てきた一年生ピッチャーの球にさえ触れることができない。
やっぱり、才能とは本当に残酷だ。
彼の長年の努力が、このほんの一分にも満たない時間で、才能ある者に踏みにじられてしまう。
こんな絶望的な状況、私なら絶対に耐えられない。
だから私は努力から逃げてきたし、簡単にやれることだけをして生きてきた。
私ならこんな絶望的な状況に立つこともないし、もし仮に立つことになったとしても確実に戦意を喪失しているだろう。
……それなのに、彼は今も――
「……がんばれ」
こんなにも胸が苦しくて、息もできないくらい辛いのに、私はかすれた声で応援の言葉を呟いた。
それは私自身意識して発した言葉ではないし、周囲の喧騒にかき消されるほどか細い声だったけど――
次の瞬間、彼はその言葉に応えるかのように、小気味良い音を球場に響かせた。
◇
「まさか、あの日のことを悠衣子が覚えていたなんてな……」
「フフ♪ 多分一生忘れないと思いますよ? だってあの日から、私の価値観は全て塗り替えられたんですから」
あの日彼がホームランを打った瞬間、私の中で全ての感情が裏返るような、劇的な変化が起こった。
努力が実を結ぶ瞬間の喜びと尊さを知った私は、あんなにも嫌いだった努力を好きになり、彼に感じていた不快感――嫉妬の念は尊敬へと変わり、程なくして愛情へと移り変わっていった。
それは私の生き方を変えるほどの変化であり、誇張ではなく生まれ変わったかのような気分だったことを、今でもハッキリと覚えている。
「さ、流石に大袈裟じゃないか? 確かにホームランは打てたけど、試合は結局負けたし――、ってその前に悠衣子とはあの日初対面ってワケじゃなかっただろ?」
「……それがですね、実はあの日――あの瞬間まで、紘さんの名前どころか顔もちゃんと覚えていなくてですね……。だから私にとっては、一目惚れのようなものなんです♪」
「ちょ、ちょっとぉ!? その方が衝撃の事実なんですけどぉ!?」
まあ、私もこんなタイミングでカミングアウトする予定ではなかったんですけどね。
……それなら、もうこれも言ってしまおうかな?
「ねぇ、実はもう一つビッグニュースがあるんですけど、聞きます?」
私はお腹をさすりながら、満面の笑みを浮かべた。
~おしまい~




