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7.綺麗事

「ライノア様はどのようにして公爵様とお知り合いになったのですか?」



 他の夫人たち同様好意的に見えるようロゼッタはふわりと微笑む。



「公爵様とは仕事でお世話になったんです」


「まあ、仕事というのは文官のですか?」


「……そうですが」



 ライノアの反応を見るふりをしながら、ロゼッタはちらりと夫人たちに目配せをする。



(皆様、どうかお気づきになって! この方はただの文官! 皆様が接してきた成功者たちとは格が違うのですわ!)


「たしか、ライノア様は王太子殿下のそば仕えをしていらっしゃるのよね?」



 と、話題を引き継いだのは公爵夫人だった。ライノアは「ええ」と短く返事をする。



「まあ! 殿下は本当に優秀な方しかそばに置かないと有名だから……」


「あなたの年齢で殿下に引き立てられるなんて、本当にすごいことよ」


「将来は宰相かしら?」



 ロゼッタの目論見も虚しく、夫人たちのライノアへの好印象は変わらない。皆、関心を失うどころか興味津々だ。



「今ね、ロゼッタ嬢のお相手にライノア様がいいんじゃないかって話していたの」


「僕が……ですか?」



 返事をしつつ、ライノアがふっと小さく笑う。ロゼッタは思わず目を見開いた。



(まさか、ライノア様はここでわたくしの本性をバラすおつもりなのでは!?)



 二度目ましての際、ロゼッタはライノアに対して「興味がない」とはっきり言い放った。自分には金が全てなのだと主張してはばからなかった。それ自体はなんら恥じることはないけれど、夫人たちに対してその事実を明かしてほしくはない。もちろん、彼女たちはすでにロゼッタがどういう価値観で動いているか気づいているのだけど……。



(やめて……お願いだからやめてよ)



 ロゼッタの心臓がバクバクと鳴る。喉がキュッとしまるような心地がし、ロゼッタはゴクリと息をのむ。



「――そうですね」



 ライノアが口を開く。ロゼッタは思わず目をぎゅっとつぶった。



「こんなに美しいご令嬢のお相手にとおっしゃっていただけて、とても光栄です。ありがとうございます」


「……え?」



 ふと顔を上げれば、ライノアは至極柔らかな笑みを浮かべている。恥ずかしさのあまり、ロゼッタは顔が熱くなった。



「けれど、今の僕はなんの実績もない文官ですから。いつかほんとうの意味でロゼッタ嬢のような女性に見合う、結果を出せる男になりたいと思っています」


「まあ……!」


「なんて謙虚なの!」


「素敵だわ! 私応援しちゃう!」



 夫人たちがライノアを取り囲み、大いに盛り上がる。ロゼッタはもう、口を挟む気にはなれなかった。



***



「さっきはありがとう」



 帰りの馬車に揺られつつ、ロゼッタはライノアにお礼を言う。

 行きは乗り合いの馬車を利用したのだが、公爵夫人のはからいにより、同じ方向であるライノアとともに送ってもらえることになったのだ。



「――なにがですか?」


「わたくしのこと。皆様に言わないでいてくださったでしょう?」


「ああ」



 ライノアは無表情のまま返事をする。それからロゼッタのほうをちらりと見た。



「そのぐらい、当たり前です。女性に恥をかかせるなんて男のすることじゃありませんよ」


「そ……そう?」



 ロゼッタは思わずドキリとする。



(わたくしはライノア様のこと『ただの文官』だって皆様に伝えようとしたのに)



 どうやらライノアという男は大層な人格者らしい。なんだか自分が恥ずかしくなる。

 動揺を悟られぬよう、ロゼッタはライノアからそっと視線をそらした。



「それで? あなたがあのお茶会にいたのは、夫人たちから金持ちと結婚する方法を聞くためだったんですか?」


「ええ、そうよ。だって、成功者に話を聞くのが一番効率がいいでしょう?」


「……僕の記憶が正しければ、あなたは愛人でも構わないとおっしゃっていたと思うのですが、あのご夫人方と競うつもりはないんですね」



 ライノアがふふっと小さく笑う。ロゼッタは思わず唇を尖らせた。



「そりゃあ、まったく選択肢になかったかって聞かれたら、そんなことはないのよ? だけど、あの方々に張り合うのは難しいと思ったんだもの。わたくしだって、自分の分はわきまえてますわ。敵わない相手には潔く頭を下げて学ぶべし。これ、わたくしのポリシーですの」


「そうですか」



 ふわりと微笑むライノアに、ロゼッタは胸がざわざわする。



(なんなのでしょう、この感覚は)



 これまで感じたことのない浮遊感。ライノアと一緒にいると、ソワソワとして落ち着かない。あまり接したことのないタイプだからだろうか? どんなふうに接するのが正解かわからないのだ。



「――ロゼッタ嬢はどうして、そんなにもお金にこだわるのですか?」


「え?」



 ライノアからの問いかけに、ロゼッタは思わず目を丸くする。



「着るに困らず、雨風のしのげる家で眠ることができ、お腹を空かせることもない――それだけでも十分幸せなことだと思います。もちろん、数着に一着贅沢なドレスを持つとか、機能性のいい部屋に住むとか、たまの贅沢で高価な料理を食べること自体は否定しませんけど」


「綺麗事ね」



 自分でも驚くほどの冷たい声。ロゼッタはキッとライノアを見つめた。



「衣食住に困らなければそれでいい? なにを愚かなことを。全部揃っていたほうがいいに決まっているじゃありませんか! そんなの、欲しくても持つことができないものの負け惜しみですわ」


「……ロゼッタ嬢?」



 身体が燃えるように熱い。苦しい。ロゼッタの瞳から知らず涙がこぼれ落ちる。



「お金はね、いくらあってもいいんです! なくて困ることはあっても、あって困ることはないんですから! はじめから持つことを諦めて、今あるもので十分なんて、そんなふうにわたくしは思えません」


「……でしたら、あなたは今、幸せではないのですか?」



 ライノアが静かに問いかける。ロゼッタは「え?」と息をのんだ。



(わたくしが今、幸せかどうかですって?)



 そんなこと、考えたこともなかった。なぜならロゼッタは未来のことしか見ていない。いつか金持ちを捕まえて、思う存分お金を使って、そうして幸せになることしか考えていないのだから。



「し……幸せじゃありませんわ」



 きっと、そう。だって、ロゼッタの願いは叶っていないのだから。幸せであるはずがない。ロゼッタは自分に言い聞かせる。



「そうですか。けれどロゼッタ嬢、世の中にはお金よりも大切なものがあるでしょう?」



 ライノアがまた問いかける。ロゼッタは瞳いっぱいに涙をため、ぶんぶんと大きく首を横に振った。



「いいえ! この世で一番大切なものはお金です! お金なんです! それ以外が存在するはずがありません」


「……そうですか」



 二人を乗せた馬車がガタゴトと揺れる。先程までの和やかなムードから一転、なんとも重苦しい空気だ。



(やっぱりわたくし、ライノア様のことは好きになれませんわ)



 密かにため息をつきつつ、ロゼッタは窓の外を眺めるのだった。


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