4.ロゼッタとクロエ
ロゼッタの朝は早い。
まだ日が明ける前に起き出し、入念にスキンケアを行ったあと、化粧やネイル、着替えを済ませ、朝食代わりのナッツを摘む。
それから熱々のコーヒーを淹れ、その日の新聞すべてに目を通していった。曰く、新聞や経済誌には金持ちの情報が詰まっているらしい。
(脱税で告発……か。この人とつながっていた連中は軒並み道連れね。早々に見切りをつけておいてよかったわ。こっちの業界はこれから成長が見込まれるから……関連事業をピックアップして、情報収集しておかないと)
そうして情報を日々アップデートし、婚活に活かしているのだ。たっぷり時間をかけて準備を済ませ、私室を出る。
「ロゼッタ、昨日は帰りが遅かったのね」
と、すぐに同僚であるクロエから声をかけられた。
「クロエ! 会いたかった! よくぞ聞いてくれましたわ!」
ロゼッタは振り返りざまにニコリと微笑む。実のところ、昨日の出来事を誰かに話したくてウズウズしていたのだ。ロゼッタはクロエにピタリと寄り添う。
「ご機嫌じゃない。いったい誰と会っていたの? 私の知らない人?」
「いいえ、ウィルバート・ヴァンズ様よ。街でばったり出会ったの」
「ウィルバート様!? いいなぁ〜〜それなら私もロゼッタと一緒に出かければよかった」
クロエはそう言って、悔しげに目を細めている。
ロゼッタより三つ年上のクロエは、男爵家出身の文官だ。その優秀さゆえ一年前に王女セリーナの文官に抜擢された。清楚な美人だが、身分や仕事の兼ね合いから婚期を逃してしまったため、ロゼッタとともに夜会に通って結婚相手を探している。
ロゼッタとは違うタイプの美人であるクロエは、ロゼッタにとってよき相棒だ。仮に男性がロゼッタの美貌には興味を示さずとも、クロエがいれば大抵落ちる。金持ちの男性というのは、たとえロゼッタ自身のお相手候補とはならずとも、貴重な情報源には違いない。クロエもロゼッタと同様の考えのため、二人でタッグを組んでいるのだ。
「それでそれで? どうなったの?」
「豪華なディナーをごちそうになって、お屋敷に行ってもいいと言っていただいて、今後も一緒にご飯を食べようって誘っていただいたの!」
「わぁ〜〜いいなぁ! 玉の輿まであと少しじゃない!」
なお、クロエの性格は見た目とは違って非常にサバサバしており、好奇心も旺盛だ。ロゼッタと対等に渡り合えるぐらいなのだから、さもありなんというところだが……。
「だといいんだけど。あんまり油断してると足をすくわれますもの」
ロゼッタはそう言って、首を小さく横に振る。
「お? ということは、これからもお相手探しを続けるってこと?」
「当然ですわ! 広い世界、ウィルバート様よりずっといい条件の方がいらっしゃるかもしれませんもの!」
ロゼッタはグッと拳を握り、瞳に闘志を宿らせる。
「さすがロゼッタ! よくそんなにモチベーションが続くよね。私は最近、もう誰でもいいかも、なんて思うようになってきたなぁ」
「誰でもいい!? なんて愚かなことを! そんな態度では幸せを逃してしまいますわよ!」
シュンと肩を落とすクロエをロゼッタはキッと睨みつける。
「そりゃあ、私がロゼッタと同じ十七歳ならそう思うのかもしれないけど、もう二十歳だし、選り好みをしていたら、いよいよ結婚できないかもしれないじゃない? うちの父がいい縁談を持ってきてくれるなんて期待はできないし」
「クロエなら絶対大丈夫ですわ! あなたほどの美人、この国にはそう存在しませんもの!」
「そ……そう?」
「そうですわ! ここで妥協したらダメ。自分を安売りするなんて、わたくしが許しませんわ! なにがあっても最高の男、最高の幸せを掴みとるのです」
ロゼッタのあまりの力説ぶりに、クロエはたまらずクスクスと笑い出す。「わかった、わかったわよ」と漏らすクロエに、ロゼッタはフッと目元を和らげた。
「だけど、最高の男っていうくくりなら、私出会っちゃったかも」
「え? いつ? いったい、どなたなんですの?」
「数日前の夜会で会った男性。ライノア様っておっしゃったかしら」
「ああ、あの人ですの……」
ロゼッタは言いながら、みるみるトーンダウンしていく。彼女の価値基準が『金』であることは事前に明白だったため、クロエはただただ苦笑を漏らした。
「どういうところが?」
「顔ね。あと雰囲気」
クロエがこたえると、ロゼッタは思い切り顔をしかめた。
「顔と雰囲気? そんなものじゃお腹はふくれませんし、流行りのドレスも買えませんわ」
「え〜〜? でもでも、彼の顔を見つめていたら、一食分ぐらい食べなくても平気なぐらい幸せな気持ちになれそうじゃない?」
「そうかしら?」
ロゼッタはライノアの顔を思い返しつつ、思わずムッとしてしまう。
たしかに、顔はおそろしいほどに整っていた。体型もスラリとしていて美しく、仕事ができそうな雰囲気もあった。
「だけどあの方、ただの文官ですわよ? 父親は爵位すら持っていらっしゃらないし」
ライノア・キーガンという男について、ロゼッタは興味がないなりに一応調べておいた。
現在十九歳の文官で、現キーガン侯爵の甥っ子。ライノアの父親が爵位を持っていないのは、平民との恋愛結婚を選んだことが理由らしく、ロゼッタからすれば理解不能な行動だ。おそらくはライノア自身もロゼッタとはまったく合わないだろう。
「まあ、一応王太子付きではあるみたいですけど」
「え? そうなの?」
「ええ。このあいだセリーナ殿下のおつかいのときに執務室でお会いしましたから」
ついでにそのときマルクルの反応を聞いたのだけど、なびいてくれそうな気配がないので黙っておく。
「だったら将来有能じゃない! 私、本気で狙いに行っちゃおうかな」
「え? 将来性より実績でしょう? 彼からは野心というものを感じなかったし、もしかしたら全然芽が出ないかもしれませんし……」
「ロゼッタは育てる喜びを知らないから」
「それを言うならクロエだって同じでしょう?」
ムッと唇を尖らせつつ、ロゼッタはクロエを睨みつける。
「さあ、そろそろ仕事に行きますわよ!」
「わかってるわよ。ああ、働かずに生きていけたら最高なのに!」
「だからこそ、婚活に力をいれるのでしょう? それに、わたくしたちは仕事中だって素晴らしい縁に出会えるかもしれませんし」
「言えてる」
二人はふふ、と顔を見合わせつつ、仕事場へと向かうのだった。