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3.実業家ウィルバート

(あーあ、今夜はすることがなくて暇ねぇ)



 王都をひとり歩きつつ、ロゼッタは小さくため息をついた。


 いつもなら仕事か夜会、どちらか予定が入っているのだが、今夜はなにもすることがない。城にこもっていてもつまらないので、こうして街に出てきたものの、ドレスの新作が出はじめるのは数週間後だし、宝石を入手しようにも予算があまりない。靴もバッグも、見ているだけではつまらないので、なんだか憂鬱になってしまう。



(どこかに素敵な出会いが落ちていないかしら)



 ロゼッタの場合、素敵な出会い――というのは、お金持ちとの出会いをいう。だが、お金持ちはお金持ちの集まるところに出没するもの。ぶらぶら街を出歩いて出会える確率は非常に低い。だからこそ、ロゼッタは日毎夜会に繰り出しているのだが。



「もしかして、ロゼッタ嬢?」


「はい……? まあ、ウィルバート様!?」



 声をかけられ振り返る。相手を認識した瞬間、ロゼッタの表情がパッと光り輝いた。


 ウィルバート・ヴァンス――御年二十七歳の実業家で、超のつく金持ち。金色の長髪がよく似合う甘いマスクに、そこはかとなく漂う大人の色気が魅力的な男性だ。服や小物、宝石も一流品で揃えており、ふんわりと香る香水の香りが品格と余裕を感じさせる。

 未婚で婚約者もおらず、恋人らしき存在も確認できていない。

 唯一の欠点は平民であること。けれど、彼の資産はその欠点を補って余りある。ロゼッタが己の相手として付け狙っている者の筆頭だ。



「奇遇だね。今夜は仕事じゃなかったの?」


「ええ。今夜はお休みをいただいておりまして」



 ロゼッタは頬を染めつつウィルバートににじり寄る。



(ここで会えたのはきっと運命! なんとか会話を長引かせなければ……!)



 ウィルバートと最後に会ったのは三カ月前。とある夜会が最後だった。彼にもマルクルに渡したものと同じカードを渡していたがその後連絡はなく、感触としてはいまいちである。


 けれど、ロゼッタは諦めたわけではない。一度目のアタックでダメだったとしても、二度三度と続けていけば関心を持ってもらえる可能性は十分にある。

 なんといっても、ロゼッタは絶世の美女なのだ。どれだけ性格に難があろうと、お金にしか興味がなかろうと、彼女を妻にほしがる男性はきっといる。


 これは彼とお近づきになる絶好の機会だ。



(少なくとも、ウィルバート様はわたくしのことを覚えていて、声をかけてくださったのだし)



 なんとしても、ここで彼とのつながりを確固たるものにしておきたい! ロゼッタは頭をフル回転させながら、上目遣いにウィルバートを見上げた。



「ウィルバート様はお仕事の途中ですか?」


「ううん、もう終わったところ。これから食事でもしようかなって思って」


「まあ、そうでしたの。普段はどんなところでお食事をなさっているのですか? ウィルバート様がお選びになるお店ですもの。きっと素敵なところなんでしょうね」



 一分でも一秒でも会話を長引かせたい。ロゼッタに興味を持ってほしい。なんなら食事に誘ってほしい――ロゼッタはそう念じつつ、うっとりとした笑みを浮かべる。



「そうだなぁ……よかったら、これから一緒にどう? ごちそうするよ」


「いいんですか? 本当に? 嬉しいです……!」



 パッと瞳を輝かせ、飛び上がらんばかりに喜ぶロゼッタを見つめつつ、ウィルバートは彼女の頭をポンと撫でる。



「ロゼッタ嬢は素直だね」


「まあ、そうでしょうか?」



 そう言われてしまうと少し恥ずかしい――頬を染めたロゼッタに、ウィルバートは優しく微笑みかけた。



***



 ウィルバートが選んだのは、王都に住んでいれば誰もが耳にしたことのある有名店だった。一年先まで予約が埋まっているらしく、行きたくても行けない店ナンバーワンと評判だ。



「もしかして、事前に予約をとっていらっしゃいましたの?」


「ううん。オーナーが知り合いなんだ。頼めばいつでも席を用意してくれるんだよ」


「素敵! さすがはウィルバート様ですわ!」



 凡人には決して得ることのできないツテと財力、交渉力。ロゼッタは感激しつつ、嬉しそうに店内を見回している。



(これよ! わたくしが望んでいるのはこういう生活なのよ!)



 改めてウィルバートをターゲットとしてロックオンし、ロゼッタは身を乗り出した。

 


「ウィルバート様は外で食事をなさることが多いんですか?」


「そうだね、仕事で外に出ていることが多いから。だけど、早く帰れる日には家でも食事をしているよ」


「そうでしたか……きっとご自宅も素敵なところなんでしょうね。想像していたら楽しくなってしまいますわ」



 そう返事をしたロゼッタだったが、実のところウィルバートの屋敷についてはすでに調査済みだ。


 王都の郊外に建てられた大きなお屋敷で、貴族の邸宅ともまったく引けを取らない。ただ、装飾は比較的少なめで、非常にスタイリッシュな造りとなっており、周りとは一線を画している。


 ついでに言えば、西の海沿い、国境沿いの山間地方に一軒ずつ別荘を持っており、彼の財力を伺い知れる。



「ゆっくりくつろげる場所があるのって重要だからね。内装や使用人の質には結構こだわってるよ」


「素敵ですわ!」



 ぜひともお邪魔してみたい、という言葉を必死にのみこみ、ロゼッタはギュッと目をつぶる。

 恋愛において駆け引きは重要だ。本音をすべてさらすわけにはいかない。先日であったばかりのライノアには『ロゼッタはあけすけすぎる』と思われているようだが、きちんと己を使い分けているのだ。



「――いいの?」


「え?」


「本当は屋敷に来てみたいんでしょう? 今日のうちに約束を取り付けなくて大丈夫?」



 余裕たっぷりに微笑まれ、ロゼッタの顔が赤くなる。



「……ウィルバート様にはなにもかもお見通しですのね」


「だてに君より長く生きてないよ」



 じっと瞳を見つめられ、ロゼッタは胸がキュッとなった。

 と同時に、料理が運ばれてきて、二人は会話を中断する。



(美味しい……! 美味しいっ……! 生きててよかったぁあ!)



 前菜にスープ、魚料理を口に運び、ロゼッタは満面の笑みを浮かべる。と、ウィルバートがそっと目を細めた。



「美味しそうに食べてくれるね。ごちそうしがいがあるなぁ」


「だって、すごく美味しいんですもの。わたくし本当に幸せですわ!」


「それはよかった。普段、お城ではどんなものを食べてるの?」


「そうですわね……お肉料理やお魚料理、煮込み料理が主でしょうか? 美味しいんですけど、素材や調理工程はとてもシンプルなものばかりですのよ」



 それらは庶民が普段食べる料理より数段上なのだが、ロゼッタの理想とする生活とは程遠い。


 ロゼッタは毎日オシャレで可愛く美味しいものが食べたい。人から羨ましがられるような生活を送りたい。普通じゃ満足できない――そんなふうに思うことは、そんなにも悪いことなのだろうか?



「そっか。それじゃ、これからは俺が色々食べに連れて行ってあげるよ」


「本当に? ……いいんですか?」


「うん。ロゼッタ嬢が食べているところを見ていたら俺が楽しいからね」



 ニコリと優しく微笑まれ、ロゼッタの胸が高揚する。

 ロゼッタの考えを先読みし、大きな心で受け入れてくれる大人の男性。きっと彼は、今まで出会った男性の中で、一番理想的な男性だろう。



「わたくし、ウィルバート様のことが大好きですわ!」


「うん、俺も好き」



 ロゼッタの告白に、ウィルバートは笑みを返すのだった。


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