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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

ハズレ者のふたり

掲載日:2026/05/20

 母の地元で暮らすようになって、数ヶ月が経った。


 過疎化が進んでいる町の通りには、灰色のシャッターが並んでいる。駅前はひと目見ただけで廃れていることがわかって、人通りも少なく静かだ。


 騒がしい都会とは真逆の町に引っ越してすぐに、俺は家から歩いて通える距離にある高校に転校した。


 ここらでは滅多に見ない転校生に最初は物珍しさで話しかけてきた同級生たちは、少し日が経つと、興味を失ったのか一人も喋りかけて来なくなった。


 元々コミュ力もなく、同世代との付き合いに苦手意識のあった俺は、静かな学校生活にすぐ適応した。


 ある朝、登校したら教室内の空気がピリついていて、俺は不思議に思いながら、自分の席につく。教室の隅で小声で何か話し合う同級生たちの視線を辿ると、俺が転校してから今までずっと空席だった席に誰かが座っていた。


「…辞めたんじゃなかったんだ」


 席を見ていた男子生徒がボソッと声を漏らす。

 コソコソと交わされる会話をまとめると、どうやら問題児が久しぶりに登校してきたらしかった。まぁ、俺には関係ないと判断して、俺は自分の席で読みかけだった本を読み進めた。


 その日の教室内は、朝のホームルームが始めるまで騒がしかった。


 授業が終わると、部活に入っていない俺は真っ先に家に帰る。


 町の通学路には若者が立ち寄れるような場所は少なく、奇跡的にコンビニが一つあるくらい。お金に余裕がある時は、そこで腹の足しになるものを買って家に帰る。


 その日の俺は、熱々の肉まんが食べたいとふと思った。コンビニに立ち寄って、ガラスケースの中にある肉まんを一つ注文する。コンビニを出て、冷めないうちに食べてしまおうと袋から取り出した。


「ウマそうなもん、食ってんな」


 背後から声が聞こえた。ん? と思いゆっくり振り返る。


「腹へってんだから、オレの前で食うなよ」


 とんでもない言い草だった。




 よくよく顔を見ると、彼は同じクラスの" 問題児 "だった。


 シャツのボタンを何個か開けて着崩している制服、いかにも染めてますな茶髪、片耳にピアス、目つきはキツめ。教科書通りの問題児らしく、できればこういうタイプとは関わりたくない。


 けれど、不良らしい見た目に反して、物欲しそうな目はじっと俺の手の中にある肉まんに向けられていた。


「……食べる?」


 今にも手の中にある肉まんに食いつかれそうな目の圧に負けて、俺はつい尋ねた。相手も、反応が返ってくると思っていなかったのか、少しびっくりした顔をしている。


 俺は、まだ口をつけてない肉まんの生地を指でちぎって、それを彼に差し出した。頭の中で、動物にエサを与えるみたいだなと思う。


 問題児はこちらを睨みつけるように見つめると、しかし誘惑には勝てなかったのか、俺の肉まんをサッと受け取るとそのままパクッと一口で飲み込んだ。


「ウマッ!」


 まるで初めて食べたみたいに表情を緩めた。俺が、問題児である[[rb:砂賀美晴人 > さがみ はると]]に気に入られた日だった。


 餌付け?が成功して以来、砂賀美は俺が視界に入ると絡んでくるようになった。


 最初、砂賀美が馴れ馴れしく話しかけたきた時、同級生たちから向けられる視線が痛かったけれど、今はそれほど気にならない。


 不良らしい見た目のくせに、砂賀美は毎日元気に登校していて、俺はどこが問題児なんだと心の中で突っ込みを入れる。気にならないわけでもないが、過去に何があったのか、砂賀美に直接聞こうとは思わなかった。


 それに何だかんだ役に立つ時もある。


 体育の授業になると、陰キャが一番困る二人一組でのバスケのパス練習で、当然のように砂賀美は俺を誘った。


 一人行動が特に問題ないとは言っても、こういう時に声をかけてくれる存在は、正直助かる。


 わざと取りにくいボールを投げてふざける砂賀美のパスを受けるのに苦戦しながら、砂賀美にとって俺はどういう存在なのか、ふと気になった。


 学校の暇な時間を潰せる相手?

 課題の答えを見せてくれる都合のいいパシリ?

 それとも…


「オイ、安達! ちゃんと取れよぉ〜」


 普通、友達にこんな乱暴なパスは投げないだろう。せいぜい学校にいる暇を潰せる相手くらいだろうなと思いながら、体育館の隅に転がっていったボールを追った。


  放課後、砂賀美から遊びに誘われた。

 どうやら電車で隣の市に移動すれば、駅前に商業施設のある場所に行けるらしい。


 引っ越してきて数ヶ月。学校と家を行き来する日々で、いまだ土地勘がなかった俺は興味を惹かれて、砂賀美の誘いに乗った。


 何駅か乗って、やってきた先はゲーセンだった。


 砂賀美はゲットしたいものがあるらしく、マスコットやフィギュアが押し込められたガラスの向こうを熱心に見つめている。そして目当ての景品を見つけると嬉々として小銭を突っ込んだ。


 俺は特に何もすることがないので、砂賀美が操作するクレーンゲームを茶々を入れながら見守る。

 有名な少年漫画のフィギュアが入った箱を、アームで横にズラしながら、砂賀美は5回目くらいでゲットした。


「うまいな」

「プロだからな〜」


 景品を手にしながら、砂賀美は満足げな表情だった。


「腹へった。メシ食おうぜ、メシ」


 砂賀美がそう言って、ゲーセンの向かいにあるハンバーガー屋に入っていく。


 先に砂賀美が注文して支払う時に、俺は、ふと万札が何枚も

 入っている砂賀美の財布が気になった。


 人の家庭事情に触れるのは微妙なことと分かりつつも、食事中にそれとなく聞いてみる。


「砂賀美の家って、金持ち?」

「ンー?そこそこ?父さんが議員やってっから」

「……議員って?」

「政治家」

「え、それってすごくね?」

「ン〜、よくワカラン」


 口元についたケチャップを手で拭って、興味なさそうに砂賀美が答えた。


 砂賀美と会話するようになってしばらく経つが、お互いの家族の話題が出たことはなかった。


 俺は小さい頃に両親が離婚してから母子家庭で、今の時代にそう珍しくないとは思っても、少なからず世間に引け目を感じている。


 父親が政治家という珍しい職業で、置かれた環境は全く違うにせよ、人に話しづらい家庭環境は容易に想像できる。けれど、砂賀美になら話しても問題ないかと思って口にした。


「俺んち、母子家庭なんだ」

「フーン、そーなんだ」

「うん」


 砂賀美が、メシ食ったし帰るか! と席から立ち上がったのでそのまま店を出た。電車に乗って、何もない町に戻る。


「じゃーなー」


 駅での別れ際、砂賀美が手を振った。変な関係だけど、俺たちはもう友達なんだろうか。去って行く砂賀美の背中に手を振り返した。




 俺の中で砂賀美が正式に友達になった。そう認識は変わっても、学校で暇な時に会話をして、遊びたくなったら隣の市まで移動してだらだら時間を過ごす、付き合い方は今まで通り変わりない。


 いつも通り平穏な日々が過ぎていって、今日の放課後はまっすぐ帰ろうと昇降口で上履きを脱ごうとしている時に、面識のない同学年の男が話しかけてきた。


「お前、砂賀美と仲いいの?」


 突っかかるような言い方が気にかかり、俺が何も答えずに靴を履き替えていると、無視されたことに苛ついたのか、相手の口調が刺々しくなった。


「アイツ、人に暴力ふるったり、頭ヘンなんだよ。付き合うのやめたほうがいい」


 俺から返事がなくて焦れを切らしたらしい相手が、舌打ちをして去って行く。失礼なヤツだなと思いながらその背中を見送った。


 と、あの場ではスルーしたものの、俺が転校する前に何があったのか気にはなっていた。同級生たちもいまだ砂賀美によそよそしい態度を続けているし、話しかけてきたヤツの口から”暴力”という不穏な単語が出てきたことから、何かしら良からぬことがあったのかもしれない。


 ただ砂賀美がそのことについて話す気配はないし、何も知らない俺から聞くのも気まずい。しかし聞けば案外あっさり話してくれるかもしれないと思い至った俺は、


「そういえば、俺が転校してくる前に何かあった?」


 あくまで世間話をするみたいに軽い感じで聞いた。砂賀美は購買で買ったパンに齧りつく寸前でピタッと動きを止める。和やかな昼食の時間が、一気に不穏な空気になった。砂賀美は俺を威嚇するような目つきで睨みつけて、「お前には関係ないだろ」と突き放した。


 確かに関係のないことに踏み込みすぎたかと少し反省したけれど、その会話をした翌日以降、砂賀美が急に学校を休んだので、その原因が俺なのではないかと一人で焦った。


 このままでは埒が明かないと、担任に頼み込んで砂賀美の家の住所を聞いて来てみたはいいが、とんだ豪邸で驚いた。


 引き返すかギリギリまで悩み、決心してインターホンを鳴らす。大きな門の前で少し待っていると母親くらいの年齢の女性が家から出てきた。


「晴人さんのお友達ですか」


 砂賀美の母親かと思ったが顔も雰囲気も似ていない。俺が頷くと、どうぞとすんなり家に上がらせてくれた。


「晴人さんは2階に上がってすぐ右にあるお部屋でお休みになっています」


 そう静かに話した女性はもう用が済んだという雰囲気で1階の奥の部屋に消えていった。


 玄関からすぐ手前にある階段に視線を移して、俺は2階へと上がって行く。言われた通り、階段を上がってすぐ右に部屋があって扉が少し空いていた。


 勝手に入っていいんだろうか。今更自分の行動に怖気づくも、ここまで来て引き返しても意味がないと思って、廊下に立って部屋の扉を開けた。


 部屋の中は6畳の俺の部屋よりちょっと広いくらいの空間だった。しかし、食べかけの菓子だの乱雑に積まれた漫画など床の上が散らかっている。俺だったら母親に片付けなさいと叱られているだろうなと思いながら視線を巡らした先に砂賀美はいた。

 ローテーブルの前にあるソファの上でだらしなく横になっている。


「ハッ? 安達がなんでオレんちにいんの?」


 俺が入ってきたことに全く気づいていなかったらしい砂賀美が慌てて体を起こして、驚いた顔で俺を見つめる。俺は、その間抜けな表情を見て、気が抜けて床に腰を下ろした。


「なんで急に学校来なくなった?」


 それまで状況を飲み込めない様子だった砂賀美は、俺の質問に視線をそらして「別にぃ」と口をすぼめて答える。


「なに? 心配だからオレんちまで来たわけぇ?」

「そうだけど」


 茶化すような口ぶりに真面目なトーンで返すと、砂賀美が一瞬面食らったような顔になった。だからヤなんだよ、と頭をガシガシと乱暴にかいてから観念したように口を開く。


「 バカにしてきたヤツ殴ったら学校くんなって言われたから、休んでたんだよ」

「……けんか?」

「安達が転校してくる前……それが知りたいからわざわざウチまで来たんだろ?」


 一瞬、昇降口で話しかけてきた男子生徒の顔が脳裏に浮かぶ。確かに気になってはいたが 、すでにどうでもいいことだった。


「そうじゃなくて……なんで最近、学校休んでるんだよ」

「ハァ? フツーに風邪だけど」


 タイミング的に俺のせいで休んだと勘違いしていたので、砂賀美があまりにケロッと話したことに困惑した。ハァーっとため息を吐いてから、立ち上がる。そのまま帰る素振りを見せた俺を、砂賀美がもう少しいればいいと引き止めた。


「1階にいる人って母親?」

「家政婦。オレんち母親いねーから家事やってくれてる」


 普段、何となく聞けなかったことを質問する。


「兄弟は?」

「ひとりっ子」

「父親と2人暮らし?」

「ンー……ほぼ帰ってこないから、1人暮らしみたいなもん」


 淡々と答える砂賀美の横顔を静かに見つめる。人付き合いに消極的な俺とは違う理由で、孤独に慣れてるようだった。


「治ったら、学校来いよ」


 すでに体調は良くなっていて、ただ単にサボりで休んでいたようだ。


「オレがいないとつまんない?」


 どう答えるか迷って、俺は素直に頷いた。

 砂賀美がニヤけ面を見て、少し恥ずかしくなった。




「これから、進路とかどうすんの?」


 コンビニの前で棒アイスを食べながら、隣でしゃがんでいる砂賀美に聞いた。砂賀美はすでに食べ終わったアイスの棒を歯の間に挟んでカチカチと音を鳴らせながら、何か考えるようにしばらく目をつぶった後、「ワカラン」と大げさに瞼をあけた。


 俺たちにとって受験はまだ少し先のことで、何も思い浮かばないのも無理もなかった。けれど、砂賀美は不真面目そうに見えても、大学には進学するだろうなと思う。


 そうじゃなくても、砂賀美はいつかこの窮屈な町から出て行く気がした。


「なぁ? 当たった?」

「ハズレ」

「ハズレかよ〜」


 ハズレの文字があるアイスの棒を見て、なぜか嬉しそうに口角を上げた砂賀美が立ち上がる。その場で両手を上げて気持ちよさそうに伸びをする姿を見ながら、こんな関係がそれまでずっと続けばいいと俺は思った。

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