08
血まみれの祭壇を迂回し、血の跡を辿るとすぐに分厚いカーテンに行き当たった。
暗闇で見えなかったが、祭壇は古くカビ臭いカーテンに半円状に囲まれていたようだった。窓際というわけでもなく、そのカーテンは明らかに不自然な位置にあったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
血の跡は、カーテンの向こうに消えていた。
音のしていた距離的にも、先ほど聞こえたあの恐ろしい音は、このカーテンの向こうでしていたとわかる。
そっと手をカーテンに伸ばすと、じっとり嫌な湿り気と、長い年月を経た恨みのような重さが腕を伝わり、全身がブワリと総毛だった。
――開けてはならない。
不意に、そう思った。
このカーテンを、開けてはならない。
自分のどこかにあった生存本能のようなものが、全力で警告を発している。
でも、私はそれを無視した。
怖気付く姿を見せることは伯爵令嬢としてのプライドが許さず、それは私の恐怖心にほんのわずかだけ勝った。私はカーテンをゆっくりと引いた。
ズ…………
重い布が床をこする音が不快に響き、私たち四人はカーテンの向こうをカンテラで照らした。
最初、私はそれがアロルドルフだとわからなかった。
おそらく私以外の三人もそうだっただろう。誰もしばらく声を出さなかったから。
まず目に入ったのは、古い年代もののワインの瓶だ。どうしてこんなところに、と場違いにも不思議な感覚があった。ガラス瓶はすっかり埃に塗れているが、中身はたっぷりと入っている。
その横にはいびつで真っ黒な塊が一山。今にも崩れそうに不恰好に積み上がっていて、その隣に目を移した瞬間に、全てわかった。
アロルドルフの頭部だけが床に置かれていた。
血まみれの顔は、この世のものとは思えない苦悶の表情でこちらを見ている。
そして隣にあった塊は……何十とバラバラになった体の肉片だった。ぐちゃぐちゃに潰され人の形がわかるようなものではなかったけれど、私は直感的にそれを理解した。
「いやあああアアアアアアアアーーーーーー……!!」
誰かの絶叫を合図に、もしかしたら叫んだのは私だったのかもしれないが、私たちはてんでバラバラにその場から逃げ出した。
私も無我夢中で走った気がする。
でも、どこを?
その時のことは思い出せない。
気がついた時、私は回廊の途中に座り込んでいて、側にはメアリーがいた。
私はメアリーがいたことに気づいて、それでようやく落ち着きを取り戻した。
「お嬢様、いったんお気持ちを確かになさって」
「ああ……メアリー、私、私、どうすれば」
「捧げ物がまだ終わっていません」
メアリーはしっかりと例のバスケットを手に持っていた。カンテラも持っている。私は自分のカンテラをどこかに落としてしまっていた。
「どうぞ、予備のカンテラです」
そう言うと、メアリーは背負っていた背嚢から新しいカンテラを私に用意してくれた。
こんな時でも冷静なメアリー。なんて頼もしいのだろう。
「さて、まずはカミラ様とクラリッサ様。お二人と合流いたしましょう」
「はぐれてしまったの?」
「ええ、そのようです。けれど城内なのは間違いありません。私たちが一番出口に近い場所ですから」
「そう、では探しに行かなくてはね」
メアリーは、いつものように「はい、お嬢様」というと、私が立ち上がるのに手を貸してくれた。
* * *