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07

※ここから先、スプラッタ表現を含む残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。




 初めにおかしくなったのは、アロルドルフだった。


 私たちの方を見て、この世のものとは思えない恐怖に引き()った顔をした。


「あ……あ……うぁ……………………あああぁぁぁぁぁ!!!!」


 私たちは驚いて自分の後ろを振り返る。

 でも、何もいない。

 真っ暗な古城の闇がじっとこちらを見ているだけだ。


「アロルドルフ!?」

「アロルド!」


 カミラとクラリッサが同時に叫ぶ。

 慌てて私もアロルドルフの方を見ると、彼はいつの間にか祭壇の白い石板の上に横たわっていた。そして大きく背中をのけぞらせると、人間とは思えない動きで跳ね上がり、まるで見えない腕に頭を掴まれて振り下ろされたかのように、思い切り足から祭壇に叩きつけられた。



 グチャッ

 グシャ


「ギャアアアアアアアアァァァァァ」


 

 肉が潰れ、骨の砕ける音。そして彼の絶叫が響くと同時に、暗闇の中から何百という黒い腕のような影が伸びてきてアロルドルフを掴むと、あっという間に私たちの来た方とは反対側、月明かりも私たちのカンテラの灯りさえも飲み込んだ、ずっとずっと暗い闇の中へと引きずり込んだ。


 私はあまりの光景に目を逸らすこともできず、腰が抜けてしまいそうなのを辛うじてメアリーに支えられていた。

 カミラとクラリッサも凍りついたように、ただ呆然とその有様を眺めていて、私たち四人は声も出さずに空っぽの祭壇の台座を見つめていた。



 グヂャッ

 グシャ

 ぎゃぁぁぁぁぁっ……



 アロルドルフが消えていった闇の方から、また同じような音が響いた。皮膚が裂けて血が飛び散り、どこかの骨が砕ける鈍い音、そしてアロルドルフの絶叫が混ざり合う。


 それは一度ではなく、何度も何度も繰り返された。私たちは誰一人動けずにいて、もちろん助けに行くこともできなかった。



 グチャッ

 グシャ……ぁぁ………



 グチャッ

 グシャ……ぁ…



 グチャッ

 グシャ……



 グチャッ

 グシャ……



 しばらくするとアロルドルフのうめき声は徐々に小さくなって消えていき、最後には体の叩きつけられる音が、規則的に響くだけになった。




*  *  *




 永遠に続くかと思えた死の音は、唐突にやんだ。


 とにかく私たちは、ハッと我に返った。

 静まり返った祭壇の上には、アロルドルフの引きずられた血の跡があとを引いて残されている。


 その血の向かう方。確かめた方がいいのだろうか……。


「や、やだ、アロルドルフったら……」


 震える声で、まるで独り言みたいに、自分に言い聞かせるようにカミラが呟いた。


「こんな手の込んだイタズラなんかして……もう、おバカさんなんだから……」


 アロルドルフのイタズラ……?

 あれがそうとは思えなかったけれど、そうなら良いと私も(すが)るように思った。


「あ、そっか、クラリッサも仲間でしょ? 城に執事たちをこっそり待機させておいて、さっきみたいにアロルドルフを引きずりこんだんでしょ? もう、やめてよー! はいはい、成功、大成功よ。すっごく怖かったんだから。そっか、そうよねクラリッサ。あなた、アロルドルフに頼まれたのよね?」


 クラリッサは真っ青な顔で、無言で首を横に振る。


「もう、演技はそこまででいいわよ。ねっ、アロルドルフはそこに隠れてるんでしょ。ほら、ふたりの仕掛けは大成功よ! 降参するから出てきてよ」


 カミラが無理矢理に明るい口調で呼びかけても、闇の奥は答えを返さない。


「ちょっとクラリッサ、ねえ、アロルドルフを呼んできてよ」


 急に言われたクラリッサは、真っ青な顔で、


「無理っ、無理よ……! だから早く帰りましょうって、私、何度もっ……!」


 そう言うと恐怖のあまりか、ポロポロと涙を流し始めた。


「じゃ、じゃあ皆んなで行きましょうよ。ね、アンナベル様が行けば、アロルドルフだって悪ふざけもやめますわ。彼ったら本当に悪趣味なんだから……きちんと謝罪させますわ」


 アロルドルフがどうなっているのか、見に行くだなんて。

 私も心底嫌だった。


 アロルドルフの消えていった闇の向こうを見る度に、今にもその奥から何百という腕の影が伸びてきて、自分も引きずり込まれるような錯覚に襲われる。


 けれど、私は伯爵令嬢だ。ここに来ると決めたのも、私だ。

 立ちすくんでいても仕方がないと、私は貴族としてのプライドを振り絞った。


「そうね。とにかくアロルドルフを探さなくてはいけないわ。もし本当に怪我をしているなら、手当もしないといけないもの」


 私が懸命に落ち着いた口調でそう言うと、カミラはあからさまにホッとして、クラリッサは驚愕と非難の目で私を見た。そんなことはないと分かっているくせに、とでも言いたげに。メイドのメアリーは、一言だけこう言った。


「アロルドルフ様の落とされたカンテラが割れていますので、ガラスの破片にお気を付け下さい」




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