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05


 錆びついた城門は鍵もかけずに開いていたので、私たちは難なく城内へと入った。


 城の中は荒れ果てていた。

 長い年月を経た古城の扉は風に揺れるたびに軋み、私たちを城内に閉じ込めようとする。


「少し寒いですが、扉は少し開けておきましょうかね。万が一、閉じ込められでもしたら大変ですから」


 アロルドルフがそう言って、完全に入り口の扉が閉まりきってしまわないよう大きめの木の枝を差し込んだ。


 夕闇に沈んだ古城の中で、メアリーが手際良くランタンを五つ(とも)し、それぞれに手渡してくれる。


 廊下の壁にズラリとかけられた古い肖像画の列が、ぼんやりと照らし出される。長年の埃のせいか暗がりのせいか、誰の顔もまともには見えなかった。

 

 私たちは、ひとまず廊下を進んだ。五人分の足音は広い廊下に反響し、廊下の奥からかすかな足音が響き返ってきた。もし、六人目の足音が混じっていても気付けなかっただろう。


「やだあ、蜘蛛の巣ばっかりじゃない! アロルドルフ、なんとかしてよ」

「ああ、クソっ、本当に酷いな。おい、クラリッサ、お前のところで掃除したんじゃないのかよ」


 上っ面を整えて見せてもやはり男爵家は口が悪い、と私はこっそり胸の内で呆れた。どうせ臆病な男だ。普段なら伯爵令嬢のいる前でこんな口調などあり得ないが、どうやら随分と余裕がないらしい。

 カミラもカミラだ。子爵令嬢という高貴な家柄でありながら、無礼な婚約者を諌めるどころか、つられて品の悪い言葉遣いをしてしまっている。


――付き合う相手を選ぶなら、慎重にしないと。


 私はそんなことを思い、それから、自分にはそんな権利すらないのだと気付いた。

 

「掃除してもらってたはずなんだけど……何度か、城の手入れに人を寄越したってお父様もおっしゃってたのに……」

「チッ、使えねぇな!」

「ご、ごめんなさい……あ、あの、アンナベル様、やっぱり今からでも引き返した方が……」


 正直なところ、私も予想以上に酷い城内に怯んでいた。

 でも、クラリッサは、ここに来るまでも三回に一回と言っていいほど、引き返そうと言ってくる。


 私はいい加減うんざりしていた。

 私はにっこり笑ってみせる。

 

「平気よ、これくらい。ほら、三つの捧げ物だってちゃんと準備してるもの。ね」


 そう言って、メアリーの抱えたバスケットをチラリと見る。クラリッサもつられて見る。

 メアリーは無言でバスケットを傾け、白いナフキンをそっと開けて見せてくれた。そこには、赤ワインの瓶、白ヤギの毛、それから磨いた緑のヒスイ石が一対、きちんと入っている。


 クラリッサは不安な顔のまま、また黙り込んだ。

 ランタンに下から照らされたその顔は、なんだかとても気味が悪かった。



*  *  *



 大広間に出た。


 大広間の天井は高く、私たちのたてる小さな物音さえも、暗く広い空間に反響する。かつて栄華を誇ったであろう豪華なシャンデリアはすっかり錆びつき、隙間風で揺れるたびにギィギィと悲鳴を上げた。


「まあ、立派な大広間ねえ」


 私は素直に感心して呟いた。

 家の大広間と同じくらいか、もしかしたらもっと大きいかもしれない。

 よほど裕福な家門だったのだろうと、私はしばし思いを馳せる。


 広間の床に敷かれた古い絨毯は色褪せ、足を踏み入れると、その下から何かが(うごめ)いているような感覚が足元を這い上がってきた。


「ひっ」


 クラリッサが悲鳴を上げる。もう今にも泣き出しそうだ。


「ちょっと、変な声出さないでよ! 怖がりすぎ」


 そう言ってカミラとアロルドルフは、クスクスと笑っては体を寄せ合っている。


「だ、だって、あの、あれって血の跡みたいで……」


 クラリッサが震える手で指差す先には、確かに赤黒い染み――しかも、引きずった跡のようなものが広がっていた。


「バ、バカねえ、あんなのただの汚れでしょ。大体、こんなに汚いなんて、ハーヴェイ家の管理ったらどうなっているのかしら」

「全くだ。叔父様には悪いけど、同じ家門として恥ずかしくって堪らないよ」

「アロルドルフのせいじゃないわよ。ハーヴェイって言えば、最近随分な商売で大金を得たっていうもの。きっとお忙しいんだわ」


 言い過ぎよ、とたしなめようとした瞬間、


「カミラ様!」


 クラリッサが大声で遮ったものだから、私はびっくりした。

 でも、その後はいつものように小さな声で、


「家の、家のことを悪く言うのはおやめください……」


 と呟いた。


 カミラは平気な顔で、


「あら、別に悪くなんて言ってないわよ。()()()って言っただけ。被害妄想はやめてくださる?」


 と言った後、ごまかすように壁の方を指差した。


「あっ、ねえ、アンナベル様。あちらの方に何か印がついていますわ。祭壇の目印かもしれませんわね」


 カミラの指差した広間の壁には、両手を広げたくらいの大きな星が赤い絵の具のようなもので雑に描かれていた。左右対称ではなく、微妙に歪んでいて、見ていると不安な気持ちに襲われた。


「あの紋様、大広間に入る前の廊下にも描かれていましたね」


 メアリーが淡々とした声で言う。私は全然気付いていなかった。


「あら、そうだったかしら?」


 メアリーは、コクリとひとつ頷く。


「そう、それならカミラの言う通り、祭壇の目印かもしれないわね。さあ、早く祭壇を見つけてお祈りをすませてしまいましょう」




*  *  *


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