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04


「あの、アンナベル様。やっぱり引き返した方が良いのじゃありませんこと?」


 怯えた顔のクラリッサに私は苦笑する。

 まだ古城に着いたばかりだと言うのに。臆病な彼女は馬車の中でもずっと震えていた。

 

「まあ、もう怖くなってしまったの? しっかりなさいよ。あなたの領地なんでしょう?」


 そう言いながら私はメイドの手を借り、軽やかに馬車を降りた。

 続いてカミラが私に愛想笑いをしながら、ふくよかな体を揺らして馬車から降りてくる。


「そうよ、クラリッサったら臆病なんだから〜。ねっ、アンナベル様」

 

 そうだそうだ、と言いながら御者席からやってきたのはアロルドルフ。 


「全くだ。同じ男爵家として恥ずかしいったらありゃしない」


 アロルドルフはカミラの婚約者であり、クラリッサの従兄弟でもある。今日は専属の御者ではなく、彼に馬車を操ってもらいここまでやってきた。


 アロルドルフ・ゴールテンは、男爵家の三男だ。明るい栗色の髪に整った顔立ち、長身でスマート。家柄さえ良ければ、社交界で一世を風靡したに違いない。けれど、所詮男爵家の三男だ。豪華な服を身にまとい立派な貴族を装っているが、私の目には、いつも周りを伺う不安げな男にしか見えなかった。


 そんな彼が家格が上の子爵令嬢・カミラと婚約できたのは、俗な言い方をすればいわゆる逆玉だ。カミラは、見目も調子も良いアロルドルフにすっかり夢中になっている。


 私からすればアロルドルフのことは全く好きではなかったが、それでも好きな人と結婚できるカミラはとても羨ましかった。


 クラリッサは、まだ馬車から降りずにぐずぐずしていた。


「でも、アロルドルフ……、使用人たちからも本当におかしな話ばかり聞くのよ、ねえ、本当なのよ……きゃあっ」


 尻込みするクラリッサの手をアロルドルフが強引に引っ張り、半ば無理矢理に馬車から降ろす。よろめいたクラリッサを支えたのは、一番初めに馬車から降りて控えていた私のメイド、メアリーだ。


「ご安心ください、クラリッサお嬢様。灯りも十分用意してありますし、いざという時には私がお守りいたしますから」


 そう落ち着いた声で言ってクラリッサを立たせる。


 メアリー・レノックスは私の忠実なメイドで、年は私より少し上くらいだったが、いつも冷静沈着で大人びた落ち着きがあった。黒髪で痩せ型、黒と白の仕立ての良いお仕着せを着こなす彼女は、いつも完璧なメイドだった。メアリーは私が幼い頃からずっと仕えてくれている。彼女の母も、祖母も、ずっと私の家でメイドをしていた。


 今日のメアリーは五人分の食料や生活用品などを詰め込んだ背嚢を軽々と背負い、捧げ物を入れたバスケットを抱えているけど、いつもと同じ涼しい顔をしている。


 メアリーは私の方を見て、


「本当に、よろしいのですか?」


と、尋ねてきた。


 私は「もちろんよ」と明るく返事をする。


 私は私の運命を自分の力で作りたかった。そして、その力があると信じていた。




 夏も終わりの季節だった。

 北国の夏はとても短い。あっという間に沈む夕日は、一息ごとに闇色を濃くする。

 昼間は涼しく過ごしやすいが、日が落ちると急に冷え込んだ。あの日は、そういう季節だった。


 夕暮れの風が冷んやりと頬をなでる。

 私は、改めて古城を見た。


 城の高くそびえる塔は空を切り裂くように鋭く尖り、頂きには錆びた風見鶏がカラカラと寂しく回り続けている。城門は半ば崩れ落ち、錆びついた鉄の扉がわずかに開いたまま。その隙間からは、陰湿な闇がこちらをじっと覗いているようだった。




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