03
その古城を、友人クラリッサ・ハーヴェイの父親が買い取ったという話は、私の耳にもすぐに入った。
私は政略結婚が決まったばかりで、自分の人生が他人によって決められることに苛立っていて、これはチャンスだと思った。
私は早速クラリッサをお茶会に誘い、頼んでみた。
「ね、クラリッサ。私、その古城の噂を試してみたいわ」
私の言葉にクラリッサはティーカップを取り落とし、こちらが驚くほどに震え上がった。
「と、とんでもありません! あんな恐ろしい場所……」
クラリッサ・ハーヴェイは、いつもおどおどしていて臆病だった。
ハーヴェイ家は男爵家ではあるものの、最近ようやく裕福になって来たばかり。平民とさほど変わらない暮らしのクラリッサは、社交界では日陰者だった。そんな彼女をみかねて、私は時々声をかけている。小柄で華奢な体つき、栗色の巻き髪に茶色の瞳。控えめなドレスを好み、目立たないようにしているが、その怯えた表情は逆に人目を引いた。
「まあ! アンナベル様! なんて勇敢なお考えなんでしょう!」
大げさに私を持ち上げるのは、カミラ・ラチェスター子爵令嬢。
カミラは、いつも私に付き従っていた。彼女は毒舌家で、時には残酷なほど。でも、私には同調する。派手な赤毛に鮮やかな緑の瞳。華やかなドレスを好み、ふっくらとした体型で自信満々にふるまっていた。
「ちょっとクラリッサ。アンナベル様がわざわざ行きたいとおっしゃっているのに、断るなんてあり得ないわ。あなた、自分の立場、わかってるの?」
「で、でも……カミラ様は怖くないのですか?」
「怖くないわよ。だって、“祝福の古城”でしょ」
「祝福って言っても……“祝福に染まる花嫁の古城”ですよ……? なんだか気味の悪い……酷い死に方をした花嫁がいるんでしょう……」
「それは大昔の話よ。無事に過ごせる捧げ物の儀式だってみんな知ってるし、一時期はたくさんの花嫁が訪れたっていうじゃない。大体あなたの家の領地になったんでしょう? 自分の土地を訪れないなんて、貴族として恥ずかしくないの?」
カミラは意地悪くクスクスと笑う。
「でも、カミラ様……うちの領地になってから後、何人か古城に行った使用人たちが変なことがあったって噂してて……」
「臆病ねえ。じゃあ、私の婚約者も連れて行ってあげる。アロルドルフなら頼りになるもの」
「えっ、いえ、それはむしろ嫌というか……困るっていうか……」
「は? なんですって??」
カミラはクラリッサには特別キツくあたる。私への態度との差に、あまりいい気はしない。
私は会話に割って入り、クラリッサに優しく声をかけた。
「大丈夫よ、クラリッサ。だって、三つの捧げ物を用意して、一晩過ごせばいいんですもの」
私はきれいに手入れされた指を、一つ、二つ、三つとスッスッと立てながら話を続ける。
「赤ワインをひと瓶と、たっぷりの白ヤギの毛、それから磨いた緑のヒスイ石を一対ね。簡単にそろうわ。というか、実はもう準備もしちゃっているの。昔は大勢の花嫁がこの捧げ物で幸せな結婚をしたって言うじゃない。幸せを願う風習のひとつよ」
そう、これが“祝福に染まる花嫁の古城”という噂の儀式。
この儀式をやり遂げれば、私は幸せな結婚を手に入れることができるはず。
「それは、そうですけど……じゃあ、どうして廃れてしまったのかしらって……」
いつも弱気なクラリッサにしては珍しく強く拒んできた。でも、あと一押し。
「ねえ、お願い。私の一生に一度のお願いよ。だって、見た事もない方に嫁ぐのってやっぱり不安で。伯爵家に生まれたからには仕方ないとわかっているけど、これからの拠り所にしたいのよ」
私が少し口調を崩して必死な様子で頼むと、カミラも調子を合わせてきた。
「ああ、アンナベル様ったら、なんて健気なんでしょう。素晴らしいですわ! 私も絶対応援します! 馬車の手配などは私にお任せくださいませ。婚約者のアロルドルフは馬の扱いもとても上手いのですよ」
「まあ、カミラ。ありがとう。そうね、私はメイドを一人連れていくわ。身の回りのことは彼女に任せるから心配しなくていいわよ」
カミラが「わあ」と声を上げる。
伯爵家のメイドに仕えてもらえる機会など、そう滅多にない。
「でも、これは家の皆には内緒ね。ハーヴェイ家のお城に泊まらせてもらう、って言えば嘘にもならないし」
「そうですわね。ああ、なんて楽しみなんでしょう!」
こうまで話を進めていれば、クラリッサはもう断れないとわかっていた。
「ねえ、楽しみね、クラリッサ!」
と、私が笑顔で同意を求めると、彼女は「ええ」と小さく頷いた。
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